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78:ずっと、ずっと



 私の体調の回復を待つことおよそ二週間後、ジジの墓をエデュアルトと共に訪れた。

 先日黒竜によって踏みつけられてしまった花束は街の人々が片づけたのか見当たらず、墓の前には瑞々しい新たな花束が供えられている。その光景に思わず頬が緩んだ。

 大きなローネの花束を持って、墓の前で祈りを捧げる。

 あなたに出会えてよかった。あなたのおかげで私の大切な人は戻ってこられた。どうか、安らかに――



「オリエッタ」



 隣で一緒に祈りを捧げていたエデュアルトに呼びかけられて、私は顔を上げる。



「何? エデュアルト」



 絡んだ視線にエデュアルトは微笑んだ。

 そして。



「君が好きだ」


「……へ?」



 歌うように軽やかな口調でサラッと告げられたため、私は最初、彼の言葉をすぐに理解できなかった。

 ――君が、好きだ?

 思考停止してしまった私に念押しするように、エデュアルトは再び口を開く。



「俺も、君のことが、好きだ」


「あ……!」



 二度言われてようやく理解した。彼は二週間前の告白の返事をしてくれたのだ。

そう理解はしたものの、今度は信じられない気持ちでいっぱいになる。

 だってあのエデュアルトが! 王子様みたいな彼が! 優秀な騎士である彼が! 私みたいなポンコツ聖女のことを――好き?

 信じられないあまり、私の脳はとんでもない結論を弾き出した。

 優しい彼のことだ。呪いを解いた聖女からの告白を無下にできるはずもなく、応えようとしてくれているのだ――と。

 途端に押し寄せてきたのは大きな後悔。なぜあのとき告白なんてしてしまったんだろう。優しい彼を困らせるだけだと分かっていたはずなのに。

 引きつる口元をどうにか上げて、私は早口で捲し立てた。



「こ、告白のことなら、その、変に気負わないで? あのときは死ぬかもしれないって思ったからで、別に、その、恩を着せようとかそういうつもりは全くなくて……もし今回のことを気にしてそう言ってくれたなら――」


「好きだ。ずっと。初恋なんだ」



 言葉を遮るようにぎゅ、と手を握られる。

 ――エデュアルトの初恋。彼のお母様であるマリエッテ様から聞いた話では、初恋の相手は私にそっくりだという。

 私は一度、時の女神であるアラスティア様の力の影響で過去のエデュアルトと会ったことがある。だからもしかしたら、という思いはあった。けれど、そんなまさか、本当に?



「……初恋って」


「女神が愛した湖に現れた妖精。あれは君だろ? それと、アラスティア」


「き、気づいてたの!?」



 エデュアルト少年の初恋が自分であったことにも、そして青年エデュアルトが初恋の相手の正体に気づいていたことにも驚いて、思わず大声が出てしまう。



「アラスティアの姿を最初に見たとき、まさかと思ったよ。オリエッタだけなら他人の空似かもしれないと思っていたが、手のひらサイズの女性なんてこの世界に二人といないからな」



 アラスティア様に出会ってすぐに気づいたということは、今の時代の私が過去に遡るより前に、エデュアルトは私が少年時代に会った妖精だと気が付ついたということになる。なんだか頭がこんがらがりそうになる話だが、好きな人の初恋の相手が自分だという事実に、私の心は浮足立った。

 正直、私の告白はなぁなぁになってしまうと思っていた。そもそも呪いに意識を飲み込まれていたエデュアルトには聞こえていないと思っていたし、改めて告白する勇気もない。このまま聖女と専属騎士として、一緒にいられたらそれだけでいいと思っていたのに――



「竜の呪いを失ったただの騎士でよければ、これからも俺を君の専属騎士でいさせて欲しい」



 細められる銀の瞳に、彼と初めて出会ったときのことを思い出した。

 美しい銀の竜に恐怖すら忘れて見惚れたことを覚えている。あの日から、そう長い時間は経っていない。けれどたくさんのことがあった。

 ろくに女神の力すら使えなかったポンコツ聖女が竜に呪われた騎士と出会い、女神様と出会い、同じ立場である聖女や騎士たちと出会い――きっとこれからも、様々な出会いが私を待っていることだろう。まだまだ未熟な私は、時に壁にぶつかる日だってきっとある。

 けれどそんなとき、エデュアルトが専属騎士として傍にいてくれたなら――怖いものは何もない。



「もちろん!」



 大きく頷くと、エデュアルトはその場に膝をつき、腰から鞘ごと剣を抜いた。そして両手で私に向かって剣を掲げる。

 聖女わたしに向かって傅く専属騎士エデュアルト。この光景には見覚えがある。コレット大修道院の庭園で、彼と初めて専属契約を交わしたあの日。一生忘れられないであろう、全ての始まりの日。



「どうか、聖女の祝福を」



 あの日と全く同じ言葉がエデュアルトの美しい唇から紡がれる。

 繊細な加工が施された鞘に手を添えた。そして私も、あの日と全く同じ言葉を、あの日とは全く違う心境で紡ぐ。



「騎士エデュアルトに祝福があらんことを」



 エデュアルトは深々と頭を下げ、誓いの言葉を口にした。



「我が剣は、聖女オリエッタ、あなたと共に」



 銀の瞳がちらりと見上げる。にやける口元を抑えきれなくなって、湧き出る喜びのままエデュアルトに抱き着くと、彼は力強く抱き止めてくれた。

 ポンコツの汚名を返上しつつある――と思いたい――聖女と、竜の呪いから解放された騎士。そして忘れちゃいけない、若干やさぐれ度が改善された女神様。

 私たち三人の旅は、まだまだこれからも続いていく。

 ずっと、ずっと。



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