74:選択
浄化任務を終えデュシュネの町に戻ると、ガブリエルは任務の終了報告を伝えなければ、と駆け足で町長の家へ向かった。
私まで同行する必要はないと判断し、ジジの体調も心配だったため、取り急ぎ宿屋へ向かう。そして先にジジを部屋に戻らせてから、私は受付近くでガブリエルの帰りを待っていた。
からん、と扉に着けられたベルが鳴る。てっきりガブリエルかと思いきや、純白の制服を身に纏った第三の聖女が現れた。
たいそう慌てた様子の聖女にあ、と思う。もしかすると彼女がガブリエルと合流する予定の聖女だったのではないだろうか。
受付前で佇む私の姿を見つけた途端、第三の聖女は額に浮かんだ汗も拭わずに駆け寄ってきた。
「あの、聖女ガブリエルですか?」
「いえ、違います。私は別件で立ち寄っただけで――」
そのとき、再び宿屋の扉のベルが鳴った。
慌てる聖女の肩越しにガブリエルの姿を見る。ナイスタイミングだ。
私は「あちらに」と聖女に手で示した。勢いよく振り返った聖女はガブリエルの姿を見つけるなりバッと頭を下げて、その体制のままににじり寄っていく。
本人は至って真面目に謝罪しているのだと思うが、中々に面白い光景だった。
「申し訳ありません! 土砂崩れで道が塞がれてしまって……!」
ガブリエルが予想していた通り、事故で到着が遅れていたらしい。トラブルが起きた訳ではないようで安心した。
私は会話を交わす二人の聖女を後目に、邪魔にならないよう自室へ戻ろうと踵を返す。しかしそんな私の姿を見逃さなかったガブリエルによって呼び止められた。
「あ! 待って! オリエッタ!」
階段の一段目に足をかけた状態で私は振り返る。
ガブリエルが笑顔でこちらに駆け寄ってきたので、体勢を直して彼女に向き合った。
「本当にありがとう。助けられたのは二回目ね」
「気にしないで。力になれたのならよかったわ」
微笑みあって握手を交わす。
不意にガブリエルの視線が私の後ろに向けられた。一体そこに何があるのかと疑問に思い、
「エデュアルトさんも、本当にありがとうございました」
ガブリエルの言葉に、慌てて背後を振り仰いだ。
そこにはいつの間に自室から出てきていたのか、エデュアルト――ジジの姿があった。顔色こそ若干悪いものの、先ほどよりも落ち着いているように見える。
聖女からのお礼に、ジジは大きく頷いた。
「護ることができて、よかった」
僅かに上がった口角。“小さき者”を慈しむかのような表情。
なぜだろう、胸がきゅっと締め付けられるような思いだった。
***
その日の夜、アラスティア様を呼んでジジと竜の呪いについて意見を交わした。
「アラスティア様が仰っていた通り、呪いはもはやジジの制御下にないと思います。むしろ、エッセリンク家当主の体の中で長い月日を過ごすうち、関係のない穢れや呪いまで集めてしまって、ジジの意識より呪いの方が強くなっているような気が……」
頬杖を突きながらも頷くアラスティア様。私の推測に異論はないようだ。
「あんたの言う通りでしょうね。だからエデュアルトが体を取り戻すために、まずジジが呪いを己のモノにする必要があるのよ」
「……どういう意味ですか?」
呪いを己のモノにする、という言葉の意味をうまく理解できなかった。
飲み込みの悪い私にアラスティア様はため息をついて、しかし丁寧に解説してくださる。
「離れてしまった呪いとジジの意識をもう一度一体化させる。その上で、エデュアルトがジジの意識に打ち勝たなければならない」
「呪いとの一体化……」
女神様の言わんとしていることは分からないでもなかった。しかしうまくイメージが湧かない。
とにかく今、ジジと竜の呪いが離れ、全く別の存在になってしまっていることが厄介なのだ。だからそれを再びくっつけようとアラスティア様は画策している、のだと思う。
ジジが呪いを己のモノにする、とはそういう意味だろう。
「そのために奴の記憶を辿るのよ。当時のことを振り返って、当時の記憶を思い出させて、エッセリンク家に向けられた憎しみだか未練だかをもう一度抱けば……呪いはジジの許に“帰って”くる」
徐々にアラスティア様の狙いを理解し始める。それと同時に、先日彼女が急に“ジジの思い出巡り”に乗り気になった訳を悟った。あのときのアラスティア様は既に、ジジと呪いの一体化という結論に辿りついていたのだ。
なるほど確かに、エデュアルトを呪いから解放するにはそれしか手がないかもしれない。けれどジジと呪いが一体化した状態でエデュアルトが目覚めれば当然、呪いだけでなくジジの意識も消えてしまうことになる。そして何より、呪いと一体化するということがジジにとってどれほどの負担になるのか、見当もつかない。
「でも呪いと一体化してしまったら、ジジはまた苦しむことに……」
もうジジは死んでしまった存在だ。だから今こうしてエデュアルトの体を借りて未来に干渉できるだけ、恵まれているというべきなのかもしれない。しかし先ほど「護れてよかった」と微笑んだ彼が、再び未練と憎しみに苛まれ呪いの親と化すところを見たくはなかった。
躊躇いを見せる私をアラスティア様は鼻で笑う。
「何浮かない顔してんのよ。確かに呪いから切り離された今のあいつは穏やかだけど、紛れもなく呪いはあいつから生まれてるのよ?」
「そう、ですね」
私の煮え切らない様子に腹が立ったのか、先ほどよりも強い口調でアラスティア様は続ける。
「ジジがかわいそうだからって、エデュアルトが二度と目覚めなくてもいいってワケ?」
「そんなの駄目です!」
エデュアルトの目覚めが最優先事項だ。その思いはもちろん変わっていない。しかし私はジジの心に触れる中で、愚かにも思ってしまったのだ。
「でも、エデュアルトだけでなくジジのことも、できることなら救いたいんです。二人とも呪いから解放してあげたい」
甘ちゃんね、とアラスティア様は吐き捨てて消えてしまった。それきり呼びかけても彼女は姿を現そうとはしない。甘ちゃんな私に呆れてしまったのだろう。
女神様の言うことは最もで、エデュアルトとジジ、どちらも捨てられない己の心に嫌気がさす。
優しいのではない。ただ恐れているのだ。一つを救うために一つを捨てるという選択を。捨てたものを一生背負い続けなければならないという、重い責任を。




