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71:偶然の再会



 翌朝、ジジが護っていた二つ目の町・デュシュネに訪れた。

 森の近くにポツンと存在している集落は、町というより村といった方が近いかもしれない。村人たちは突然訪れた余所者に警戒するよう家の中に戻ってしまって、人の話し声一つ聞こえてこなかった。



「とても静かね」



 どこか張り詰めた空気を和ませようとジジに声をかけるが、彼は頷くばかりでそれ以上話題に乗ってこようとしない。

 村人からは警戒されているがやましいことは何もないので、私たちはとりあえず散策を始める。とある建物に掲げられた見慣れた看板に、こんな小さな村にも宿屋があるのかと驚いた瞬間、木の扉があいた。

 余所者の気配を嗅ぎ付け出てきたのか――と思いきや、出てきたのは純白の制服を身に纏った少女。その傍らには、一人の騎士。

 あ、と思った刹那、



「オリエッタ?」



 名前を呼ばれた。

 緩いウェーブを描く焦げ茶の髪に、こちらを見つめる蜂蜜色の大きな瞳。――見間違えるはずもない、同期である聖女ガブリエルだ! そしてその傍らに立つのは当然、彼女の専属騎士であるアロイスさん!

 なぜ彼女たちがここにいるのか見当がつかず、驚きのあまり数秒固まってしまう。こちらに駆け寄ってくるガブリエルが再び私の名を呼んだことで、はっと我に返った。



「ガ、ガブリエル! アロイスさんも! どうしてここに?」


「穢れの浄化任務で。オリエッタたちこそ、どうして?」



 まさか任務中のガブリエルに再会するとは! 普段であればその偶然に感謝するところだが、今回ばかりは冷や汗が背筋を伝った。

 ――今エデュアルトの体を動かしているのはジジの意識だ。ネローネ様からそれを隠すようには言われてはいないし、ガブリエルたちならきちんと説明すれば分かってくれそうだけれど、出会って早々雑談交じりに話せるような話題ではない。

 とりあえず私は適当に濁すことにした。



「あ、あー……ちょっと、お休みを頂いて。二人でゆっくりしていたの」



 ジジは私たちの会話から何となくガブリエルの正体――聖女であり、私の友人である――を察したのか、一向に口を開かず数歩後ろでおとなしくしている。

 私の答えにガブリエルは肩を落とした。



「なんだ。やっぱり同行してくれる聖女はオリエッタじゃないのね」


「……聖女を待っていたの?」



 眉間に皺を寄せてぼやいたガブリエルの言葉から察するに、彼女は“同行してくれる聖女”を待っているようだ。穢れの浄化任務のため、別の聖女とこの村で合流予定があるのだろうか。



「えぇ。もうかれこれ二日。道中事故にでもあっているのかしら。……はやく浄化しないと、村の人々に被害が及んでしまうのに」



 村の人々に聞かれないようにするためか、ガブリエルは声を潜めて言った。

 二日も合流に遅れるなんて、何かあったとしか考えられない。ガブリエルの予想のように、事故にあっている可能性も考えられるが――

 ううん、と腕を組んだときだった。



「私たちでよければ力を貸そう」


「ジ……エデュアルト!?」



 ずっと黙っていたジジが突然そんなことを言い出した。

 幸いガブリエルたちはジジの様子に違和感を覚えなかったのか、普通に会話を続ける。



「それはとてもありがたい申し出だけど……構わないの? 二人は休暇中なんでしょう?」



 蜂蜜色の瞳がこちらを向いた。私に答えを求めているようだ。

 ――正直、聖女の話を聞くまで適当に取り繕って、さっさとこの場を離れてしまおうと考えていた。しかし話を聞いてしまった以上、放っておくことはできない。懸念事項であったジジ本人が手を貸すことに乗り気なら、断る理由もない。

 私は小さく頷いた。そしてジジを見上げる。



「気にするな。小さき者を護るのが私の使命だ」


「……なんかエデュアルトさん、雰囲気変わった?」



 ガブリエルの指摘にどきりとした。ジジが話せば話すほどぼろがでそうで、私は慌てて話題を変えるように問いかける。



「でもガブリエル、いいの? 命令も受けていない私たちが出しゃばって、もし問題があれば注意を受けるのはガブリエルだわ」



 ジジから意識を逸らすために咄嗟に振った問いだったが、私たちが勝手に手を貸したせいでガブリエルが大修道院から注意を受けることは避けたい。しかし私の心配とは裏腹に、ガブリエルは眩しい笑顔で首を振った。



「元々今日の午前中に聖女が到着しなければ、私たちだけで向かおうと思っていたの。責任は私が取るわ。早く穢れを浄化しないと」



 聖女として、穢れの被害を受ける村人たちのためにガブリエルは決断したようだった。その表情はとても凛々しい。

 彼女が腹を決めたのなら、私も同じ聖女として決断しなければ。ジジのことは若干気がかりではあるけれど、ガブリエルたちの力になりたいという思いも、村に被害が出る前に穢れを浄化したいという思いも本物だ。



「分かった、力を貸すわ。その前に少し身支度をしてきて構わないかしら?」


「ありがとう! 宿屋にいるから、支度ができたら声をかけて」



 宿屋に戻っていくガブリエルたちの背中を見送る。二つの背中が宿屋の扉をくぐり、完全に消えたことを確認してから、私はジジの腕を引っ張って村の入口まで向かった。



「エデュアルト! ちょっと、こっち!」


「私はジジだが……」


「分かってるわ!」



 村の入口付近であたりを見渡し、周りに誰もいないことを確認してから切り出す。



「さっきの彼女……聖女ガブリエルとその騎士アロイスさんとは、以前別の任務で深く関わったことがあるの。私はもちろん、あなたの体の持ち主・エデュアルトも」



 ガブリエルとの出会い等は省略して、とにかく彼女たちはエデュアルトのことを知っているのだとジジに分かってもらえるよう端的に説明する。



「別に彼女たちにならばれてしまっても構わないけれど、説明がややこしいから、ガブリエルたちの前ではエデュアルトとして振る舞ってほしいの。お願い」



 顔の前で手を合わせて、軽く腰を折ってジジに“お願い”する。彼は「分かった」とも「いやだ」とも言ってくれなかったけれど、その代わりに手を差し伸べてきた。そして、



「行こう、オリエッタ」



 ――ほんの一瞬、エデュアルトが目覚めたのかと錯覚しそうになった。

 優しい声に、穏やかな笑み。そして私の名前を呼ぶ心地よい低音。確かに高鳴った心臓は、エデュアルトに向けられたものだ。

 固まってしまった私に、エデュアルト――ジジは首を傾げた。



「エデュアルトの言動をなぞってみたつもりだったのだが、違っただろうか」



 先ほどよりも硬い“ジジ”の声にはっと我に返る。そして顔面に引きつった笑みを貼り付けた。



「い、いいえ。とても似ていたから驚いてしまっただけ。ごめんなさい」



 ジジはエデュアルトの中で確かに息づいていたのだ。きっと彼がどのように笑って、どのように行動するのか、もしかしたら誰よりも理解しているのかもしれない。だってエデュアルトが生まれてからずっと傍にいたのだから。

 宿屋に向かって歩き出す。私はぎゅう、と心臓のあたりを抑えた。

 ――あぁ、エデュアルトに会いたい。



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