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64:未練と想い人



 夢で見た前世の更に前世の知り合いを探すべく捜索願を作って掲示板に張ったところ、当日の夕方に“ばあや”を名乗る聖女が私の許を訪れた。

 私とアラスティア様――手乗りサイズではなく、普通の人間サイズの――は詳しく話を聞こうと少女を寮部屋に招き入れる。



「ばあや、ですか……?」


「はい。わたしは生まれたときから、ある国のお姫様に仕えていた“乳母”の記憶があるのです」



 それはそれで大変そうだ、と思ったものの口には出さず心の中にしまっておく。

 私はただ頷いて、言葉の続きを促すように少女に視線を送った。そうすれば彼女は小さく頷いてから話を続ける。



「心優しい王様が野心を持つ弟王に暗殺され、国は傾き、王位を奪った弟王は悪逆の限りを尽くします。その結果、国の人々が革命を起こすのです」



 まだ私の前々世と彼女の前世が同じ世界だと確定した訳ではないが、仮にそうだとするのなら、私たちは中々壮絶な歴史を辿った国に生まれてしまったようだ。

 しかし国を滅ぼされたのではなく、革命を起こされたのだとしたら、余計に前々世の未練をどう晴らすべきなのか分からない。そもそも私の未練は国が滅んだことに対するものだったのか、父を殺し愛する祖国を滅茶苦茶にした叔父への憎しみだったのか――



「姫様と乳母わたし、そして姫様付きの騎士は穏健派に匿われ逃してもらう手筈だったのですが、どこからか過激派に情報が洩れ、逃げようとしたところで姫様が毒矢の餌食に……」



 私の夢と矛盾はなかった。

これはもう、奇跡的な確率でばあやと再会したと涙を流して喜ぶべきなのかもしれない。しかし私の感覚からすると、前世の自分はもはや他人だ。

ばあやだった少女を前にして「こんな偶然あるんだなぁ」といった感慨深さは感じるものの、それ以上揺さぶられる感情はない。それは目の前の少女も同じようで、淡々と前世を語るだけで感極まる様子はなかった。

 落ちた沈黙に、今まで黙って聞いていたアラスティア様が口を開いた。



「その姫様、何か未練を残してはいなかった?」


「未練、ですか?」


「えぇ。死んでも死にきれないような、強い未練を……」



 アラスティア様の問いに少女は「ううん……」と考え込む。明らかに答えに窮している顔だ。

 やはりそう簡単に答えにたどり着けるはずがない。ばあやと出会えただけでも奇跡のような確率だったのだ。

 残念がるべきところなのだろうが私はなぜだかほっとした。



「やっぱりそう簡単に思い出すことなんて――」


「あ! もしかしたら、騎士に想いを伝えられなかったことかもしれません」



 助け舟を出そうとした私を遮って少女は答えた。

 ――こんなとんとん拍子で進むことなんてある?

 驚きを通り越して無の表情になってしまった私とは対照的に、アラスティア様は目を輝かせた。



「詳しく聞かせて」



 アラスティア様は前かがみになって少女の顔を覗き込む。彼女は大きく頷き、続けた。



「姫様と姫様付きの騎士は惹かれあっていたようです。その様子は詳しく覚えていないのですが、姫様の亡骸に騎士が泣きながら愛を伝えている光景は覚えています。もし二人が両想いだったのなら……」


「想い人に気持ちを伝えずに死んでしまった……」



 アラスティア様の呟きに、どきりと心臓が高鳴った気がした。果たして高鳴った心臓は今世の私のものだったのか、前々世の私のものだったのか。

 想い人。その単語に、私の頭はある一人の人物を脳裏に描き出した。それはつまり、“そういうこと”なのだろう、とまるで他人事のように思う。

 驚きはなかった。むしろ諦めに近かった。あぁ、自覚してしまった――と。

心の奥底に芽生えていた感情に気づいてしまえば、今の心地よい関係は破綻へと向かっていく。だから気づかない振りをしていただけ。それが限界を迎えてしまっただけ。

 一体いつから? もしかしたら、最初から? ――“彼”が私の専属騎士になってくれた、あの日から?

 記憶を辿れば辿るほど、じわじわと追い詰められるような感覚になって、一旦考えを放棄した。



「姫様と騎士だったときは身分が違いすぎて結ばれることはなかったでしょうが、亡命後ならもしかしたら……って期待もあったかもしれませんしね」


「手に入れられたかもしれない愛しい人との未来……なるほど、強い未練を抱くかもしれないわね」



 祖国を失った未練か、愛しい相手と結ばれなかった未練か。どちらにせよ、もう晴らしようがない未練だ。祖国も愛しい相手も、この世界には存在しないのだから。

 すっかり黙りこんでしまった私とアラスティアに不安になったのか、少女が視線を投げかけてくる。



「……お役に立てましたか?」


「ええ、ありがとう。あなたのおかげで助かったわ」



 アラスティア様の赤い瞳がこちらを向く。視線に頷いて、私は謝礼として用意していた菓子折りを少女に差し出した。

 お菓子に喜びの声を上げた少女は表情を明るくさせ、「また何かあれば声をかけてください」と上機嫌で退室する。協力的な彼女には申し訳ないけれど、もう話を聞くことはないだろう。

 少女がいなくなった自室で、私は小さくため息をついた。



「未練っぽいものは分かりましたけど、結局それをどう晴らすのかが問題じゃないですか? だって国はもう滅んでしまったし、姫様も騎士もとっくの昔に死んでいて、想いの伝えようがないんですから」



 いくら前々世のことが分かったところで、結局のところ未練をどう晴らしてやるかが一番の問題なのだ。

 国を失った未練よりは好きな人に告白できなかった未練の方がまだ簡単かもしれないが、そもそもこの世界には前々世“私”が好きだった騎士がいない。相手がいないのにどうやって告白すればいいのか、という話になる。



「騎士の生まれ変わりの魂、釣るしかないわね……」


「えぇー! 無理ですよ、流石に」



 真剣な顔でとんでもないことを言うアラスティア様に普段より砕けた口調で突っ込みを入れてしまう。自分でも気づかないうちに、当人である私を置いて勝手に話を進める女神様にフラストレーションが溜まっていたのかもしれない。

 私の物言いが癇に障ったのか、アラスティア様はキッと目尻を吊り上げた。



「じゃあ誰でもいいから告白しなさい! 想いを告げられなかったのが未練なんでしょ? それなら今世で告白しまくればいいのよ!」


「そんな、いい加減なことを……」



 はぁ、と大きなため息をついた瞬間、



「エデュアルトは!? あいつ、騎士じゃない!」



 思わぬ名前がアラスティア様の口から飛び出てきて、咽そうになってしまった。

 ――今、その名前を聞きたくなかった。しかも、彼に告白だなんて!

 自然と赤らんでしまう頬はどうしようもなくて、女神様に気づかれないよう咄嗟に背を向けた。



「い、いやいやいや! そんな! いい加減な!」



 背中にびしびしと感じるアラスティア様の視線。



「何よ、その反応。あ、まさか本気で好きなワケ?」


「なななななにを言ってるんですか!」



 違う、とは否定できなかった。だって、アラスティア様の言う通りだから。

 優しい彼のことだ、事情を説明すれば嫌な顔せず付き合ってくれるかもしれないけれど、私が耐えられそうにない。前々世の未練のためと偽って、嘘の中に本当の気持ちを隠して、果たしてその先に何がある? 私の本当の想いはどこに行く?

 前々世の未練が晴れようと晴れまいと、私の本当の想いも嘘に塗りつぶされてエデュアルトには届かない。あぁでも、元々伝える気もないのだからそれでいいのかもしれない。だって告白したところで優しいエデュアルトを困らせるだけだろうし、そもそも彼と特別な関係になりたいとは思っていないのだ。いや、けれど、ううん、しかし――

 ぐるぐると考えていたら自室の扉がノックされた。



「オリエッタ、コレット様がお呼びですよ」


「は、はい!」



 シスターの呼びかけに慌てて返事をする。この状況下での呼び出しはまさに天の助けだ。

 依然怪しむようにこちらを見るアラスティア様の視線から逃げるため、私は普段以上に急いでコレット様の許へ向かった。



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