63:謎の夢の話
朝起きたとき、私は泣いていた。
ゆっくりと体を起こす。夢で見た光景が瞼の裏にこびりついて離れない。
燃える街並み。騎士と老婆。背中に感じた痛み。そして、強い後悔。
あの夢は一体何だったのだろう。まだ何も分からないことだらけだが、だからこそ気持ちや記憶を整理するためにも、一度誰かに話を聞いて欲しくて――
「夢?」
「はい。燃える街の中を逃げようとして、でも多分敵の手にかかって、悲しみの中死んでいく……そんな夢でした」
取り急ぎ、アラスティア様に報告を兼ねて話を聞いてもらうことにした。
女神である彼女なら何か分かるかもしれない、なんて期待を抱いていたわけではない。ただただ、あのやけに現実味のある夢の話を誰かと共有したかった。それだけだ。
寝間着のままベッドの上に座る手のひらサイズのアラスティア様を見下ろす。彼女は私の話を聞いて数秒考え込んだ後、
「それ、あんたの前世じゃないの?」
そう言ってこちらを見上げてきた。
――前世。私が未練を残してきたという、前世。
一瞬納得しかけてしまったが、すぐに思い直す。私の中に残っている前世の記憶はもっと近代的な世界に生まれた、ごくごく普通の少女の記憶だ。レンガ造りの街並みではなくコンクリートの街並みであったし、あんな豪華なドレスとは無縁の日々だったはず。
「いやいや、私の前世はもっと、こう、普通の生活を送っていて……!」
「それじゃあ更にその前世」
「えぇ!? そんなのありですか!?」
前世の前世。
そこまで遡るのはなんだか反則のような気がして――正確に言えば、前世の前世なんて遠い記憶を持ちだしてしまえばどんな記憶でも許されてしまうような気がして――私は声を上げる。しかしアラスティア様は私の反対意見も気にせず、けろっとした表情で続けた。
「前世の更に前世からの未練なら、あんたの魂があれだけ重かったのも納得するわね。他人の二倍未練を引きずって生きてる魂ってわけだから」
うんうん、と小刻みに頷き一人で納得されている様子のアラスティア様。
彼女の中では私が前世の更に前世に未練を残してきたことはもはや決定事項のようらしい。
「勝手に納得されましても……しかもどうして今頃こんな夢を……」
「女神の力が強くなってるからじゃないの?」
「えぇ……適当すぎませんか……」
全て良いように解釈するアラスティア様に思わず苦言を呈するが、彼女はムッとした表情を見せるどころか興奮したように早口で捲し立てる。
「適当じゃないわよ。あたしがあんたの体に閉じ込められたのは、あんたの魂が重かったせい。あんたの魂が重かったのは、前々世からの未練のせい。つまり未練を払ってやれば、あたしを繋ぐ鎖もなくなる! あんたの魂は無意識下であたしを開放しようとしているのよ! これはもう、あんたの前々世について探るしかないわ!」
私の無意識下――潜在意識がそのように有能な働きをするのだろうか、という悲しい疑問はあるものの、一人で盛り上がってしまっているアラスティア様を止めることはできそうにない。
機嫌を損ねないよう、しかし一度立ち止まってもらえるよう、言葉を選んで口を挟む。
「前世について探すといっても、この世界の輪廻の話ではないんですから、どうしようもないような……」
「同じ世界の輪廻から来た“前世持ち”がいるかもしれないじゃない」
それこそ途方もない話だ。確かに同じ世界の輪廻から釣られてきた“前世持ち”がいる可能性はゼロではないけれど、ゼロではないだけであって限りなくゼロに近い。ましてや同じ世界に生まれ私の前世だった人物を何らかの形で知っている人なんて、実際いないのでは――
途方に暮れて遠い目をしていた私の肩を、アラスティア様はバシバシと叩く。
「いいから! まずはできるだけ細かく思い出すのよ! まずあんたが逃げてた街は? どんな街並みだった?」
思い出すだけ無駄なような気がしたが、尋ねられた以上適当を言うわけにもいかないので、私は必死に昨晩見た夢を思い出す。
「この世界と似たような街並みですよ。レンガ造りで……ただ、遠くにお城が見えました」
「ふんふん。それで? あんた一人で逃げてたの?」
「いえ。三人……かな。おばあさんと、もう一人……多分、騎士だと思います」
そこでアラスティア様は黙りこんだ。
どうしたのかと顔を覗き込むと、彼女は神妙な面持ちでとんでもないことを口にしたのだ。
「……ねぇ、あんた、お姫様だったんじゃないの?」
「えぇ! 私がですか!?」
ありえませんよ! と大声で否定するものの、アラスティア様の表情は変わらない。
「だってそれ、ばあやと護衛の騎士じゃない、どう考えても」
びし、と目前に人差し指を突き付けられて、私は押し黙った。
確かにアラスティア様の言う通り、老婆と騎士がばあやと護衛の騎士であった可能性はある。むしろ、そう考えるのが自然かもしれない。けれど私自身の感情としては、前世の更に前世とはいえ自分がお姫様という立場だったとは信じられなくて――
「それで、三人で逃げてたワケ?」
続きを急かすように問いかけられて、私は慌てて頷く。
お姫様だったかどうかは一旦横に置いておこう。
「そ、そうですね。そしたらこう、体に衝撃があって……多分、矢かなにかで遠くから射られたんだと思います」
「で、あんたは死んだってことね」
「おそらくはそうかと」
何か体に衝撃があった後倒れこみ、そのまま命を落としたのは間違いないはずだ。あの後奇跡的に助かった可能性は――考えるだけ悲しくなるからやめておこう。
一通り説明を終え、一度落ちた沈黙にアラスティア様は「ふむ」と頷きを差し込んだ。
「話だけ聞いてると、国を滅ぼされたお姫さまって感じね」
それに同意するかはともかく、仮にアラスティア様の推測があっていたと仮定して考えてみる。
もし私が滅ぼされた国の姫だったとして、それならば今世まで引きずるほどの強い未練とはなんなのだろう。まず一番に思い浮かぶのは自国が滅ぼされたことに対する未練だが、その未練をどうやって晴らせるのか見当がつかない。
「多少の見当がついたとことで、過去の未練を晴らそうとしても無理じゃないですか? 国を滅ぼされた未練なんて晴らしようがないというか……」
思わず呟けば、アラスティア様の吊り上がった瞳がこちらを見た。かと思うと全身を使って鼻をつままれ、そのまま前後に大きく揺さぶられる。
「ほかにもっと晴らしやすい未練はないの!?」
「揺らさないでください~!」
抗議の声を上げればアラスティア様は顔面から離れていったが、頭をがくがく揺すられたことで眩暈がする。
晴らしやすい未練だったらとっくのとうに晴れていて、アラスティア様をこの体に閉じ込めてしまうようなこともなかったのでは――なんて思ったのだが、流石に口に出すことはしなかった。
私の顔面から離れたアラスティア様は部屋の隅に置かれた机の上に座ったかと思うと、かわいらしい手のひらで机を叩く。
「とにかく今思い出してる記憶を書き出して、大修道院のホールにでも張り出しておくわよ! それでこの記憶に心当たりがある“前世持ち”はオリエッタ・カヴァニスまで、とでも書いときゃいいのよ!」
「そんな簡単に見つかるはずがありませんよ……」
ぼやきつつも、私は言われた通り張り紙を作ることにした。
大きめの画用紙に『前世の知り合いを探しています』と大きく書いて、夢の内容を細かに綴り、色ペンを使って装飾する。そして出来上がった“捜索願”を大修道院のエントランスホールにある掲示板に貼り付けた。もちろん、許可はコレット様に頂いた上で。
満足げに張り紙を眺めるアラスティア様の後ろで、気づかれないようにため息をつく。
こんな張り紙一つで前世の知り合いが見つかるなら苦労しない。そもそも見つかったところで国が滅ぼされたことが未練なら、どうしようもないのに。
――なんて、考えていたのだけれど。
「わたし、多分オリエッタさんの“ばあや”です」
捜索願を張った当日の夕方、私の許を一人の聖女が尋ねてきた。
――うそ。本当にいた。
信じられない気持ちで少女を見つめる私の横でアラスティア様が勝ち誇ったような笑みを浮かべていたが、見なかったことにした。




