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62:布の正体と謎の夢



 大修道院に戻ったその足で、私たちはコレット様の執務室に向かった。

 コレット様に一通りの報告を済ませ、その間つまらなそうな表情でソファに座っていたナディリナ様に大樹から授かった布を差し出す。



「あの、ナディリナ様。これを女神の大樹から頂いたのですが……」



 ナディリナ様は差し出された布を手に取り凝視した。心当たりがなさそうな表情に嫌な予感をひしひしと感じていたのだが、次の瞬間放たれた言葉にその予感が的中したことを思い知らされる。



「あ、これ、最初のコレットのスカーフだ」


「スカーフゥ!?」



 大声を上げたアラスティア様に、ナディリナ様はへへん、とふんぞり返る。



「木を植えたはいいものの、どの木か分からなくなりそうだったから目印代わりにスカーフを結び付けておいたんだよ。頭いいだろ?」



 ただの目印の、スカーフ。

 薄々分かっていたことではあるが、何かすごい力を授けてくれる特別なアイテムではないらしい。

 落胆する己の心を自覚しながら、確認のために改めて問いかける。



「それじゃあ、これは何か女神の力が込められた特別なものではなく……」


「ただのスカーフだな」



 けろりとした顔でのたまったナディリナ様の顔面に、アラスティア様は突撃した。



「ふざけんじゃないわよ! どんだけ苦労したと思ってんのよ! 女神の大樹を見つけたところでなんの意味もなかったじゃない! どうしてくれんのよこのポンコツ!」


「たどり着くまでの道のりが修行だった、ってよくあるだろーが! 今回はそのパターンだったってだけだろ!」



 ギャーギャー言い争いを始める女神様二人。コレット様はすっかり慣れてしまったようで、私とエデュアルトに労いの言葉をかけると、退室を許して下さった。

 エデュアルトと二人、静かな廊下を歩く。

 大樹から授かった布がただのスカーフであったことに対する落胆もあるが、それ以上にこれからどうすればいいのかという思いが強い。再びナディリナ様が聖地の場所を思い出してくれればいいのだが、あまり期待できないような気がする――なんて言っては怒られるだろうか。

 ふぅ、と小さくため息をつくと、横顔に強い視線を感じた。そちらを見やればこちらの様子を窺うような表情を浮かべたエデュアルトと目が合う。



「体、平気?」



 何よりもまず気になったのはエデュアルトの体調だった。今回の任務は心身ともに彼への負担が大きかったはずだ。

 エデュアルトは問いかけに柔く微笑む。



「あぁ。むしろ調子がいいぐらいだ」



 そう言ってエデュアルトは肩を大きく回した。その表情は明るく、彼の言葉は決して嘘ではないのだと分かる。

 最初にエデュアルトと出会ったときに比べると、私も女神の力を使いこなせるようになってきたはず。今回改めて竜の呪いに女神の力を使ったことで、呪いの力が弱まった可能性もあるのでは――なんて自分に都合のいい可能性が脳裏をよぎったが、すぐに振り払った。私の力ではなく、エデュアルトが努力して呪いを制御できるようになっただけだろう。

 気の抜けた雑談を交わしながらゆっくり歩いているうち、気づけば聖女寮の前にたどり着いていた。いつの間にか寮の前まで送ってもらっていたという事実に気づき、申し訳ない気持ちになる。



「今日はゆっくり休むといい」



 そう言葉を残し、エデュアルトは踵を返す。

 遠ざかっていく背中に私は慌てて声をかけた。



「今回もありがとう! ゆっくり休んで!」



 エデュアルトは振り返ることこそしなかったものの、右手を上げて答えてくれた。

 彼の背中が見えなくなるまで見送って、ゆっくりと寮へ戻る。そして自室に着くなり強烈な眠気に襲われてベッドへと倒れこんだ。

 聖女の制服を脱がなければ皺になってしまうと頭では分かっているのに、指一本動かせそうにない。部屋に入るまではこれっぽっちも眠くなかったのになぜだろう。張り詰めていた緊張の糸が切れてしまったのだろうか。

 眠い。目を開けていられない。体から力が抜けていく。

 まるで気を失うようにして、私は眠りについた。


――その日、夢を見た。

 街が燃えている。城が燃えている。

 “私”は騎士に腕を引かれ、何かから逃げていた。

 息が上がる。足がもつれる。大丈夫ですか、と騎士が振り返り――瞬間、背中に鋭い痛みが走った。

 前に倒れこむ。騎士に体を支えられ、その場に横になった。

 覗き込んでくる二つの人影。騎士と老婆。

 彼らは必死に“私”の名前を呼んでいる。騎士が、私の右手を強く握る。

 背中が燃えるように熱い。矢に射られたのだとようやく分かった。

 指先が痺れて息がうまくできない。もしかすると、矢に毒でも塗られていたのかもしれなかった。

 ――あぁ、“私”はもう、助からない。

 命の終わりを理解する。その瞬間、胸に押し寄せてきたのは激しい後悔。そして、悲しみ。

 “私”はこちらを覗き込む騎士の顔に向かって手を伸ばす。彼の唇が、“私”の名を呼んだ。優しい彼の声が聞こえないことが、どうしようもなく悲しかった。

 ぽたり、と頬に水が落ちる。あぁ、彼が泣いているのだと思った。

 胸が苦しい。意識が遠のいていく。瞼が、落ちる。

 ――嫌だ。

 視界が闇に閉ざされる。先ほどまで感じていた苦しみから解放されて、けれど、これっぽっちも嬉しくなかった。

 嫌だ。私はまだ、死にたくない。

 だって、私はまだ、彼に――。

 そこで意識は途切れた。



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