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60:“鎧”の正体



「オリエッタ、無事か!?」


「だ、大丈夫」



 切羽詰まった声でエデュアルトが尋ねてくる。私は彼が庇ってくれたおかげでどこも痛くなかったけれど、背中を大樹に打ち付けた彼のことが心配だった。

 しかし私の心配をよそにエデュアルトは立ち上がり、揺らめく“鎧”を睨みつけた。

 先ほどぶつかってきたのはあの“鎧”だろう。正体は分からないが、どうやら私たちに明確な敵意を抱いているようだ。



「剣に重みがあった。先ほどまでの幻覚とは違うようだ」



 エデュアルトはそう報告するように呟くと、私を大樹の陰に隠した。



「ここにいてくれ」



 そして一直線に“鎧”に向かって切りかかる。

 そこからは、私の目では何が起こっているのかよく分からなかった。ただ最初は互いに切り込み攻撃と防御が定期的に入れ替わっていたのだが、途中から明らかにエデュアルトの攻撃の手が緩んだ。自分からは切り込まずに、守りに徹する一方だ。



「ちょっと、なにやってんのよー! こっちからも仕掛けなさいよ!」



 焦れたようにアラスティア様が声を上げる。

 するとエデュアルトは大声で反論した。



「この剣筋、パウエルだ!」


「えぇ!?」



 驚きにアラスティア様と顔を見合わせる。

 断定する口ぶりからして、エデュアルトは今自分が相まみえている相手を弟・パウエル様だと確信しているようだった。剣術に造詣が全くない私は剣筋とやらで相手の正体を見抜けるものなのかと疑ってしまいそうになるが、よほどの確信がなければエデュアルトも私たちを混乱させるようなことは言わないだろう。

 しかしどれだけ目を凝らしても、エデュアルトと剣を交える“鎧”はパウエル様には見えない。



「で、でも、どう見ても魔物か何かで……あっ、幻覚!?」



 はっと叫ぶ。



「パウエル様側もエデュアルトの姿が魔物に見えてるってこと……?」



 あり得る話だった。

 先ほどまでの幻覚は女神の力によるものだとアラスティア様は言った。そして穢れや呪いが近づいたときに備えて、女神や聖女以外は追い払うような細工をしたのではないか、とも。だとしたらこの場を切り抜けるには、私たちはワルモノではないとこの場に作用している女神の力に、森に、分かってもらうしかない。

 私は自分の右肩に腕を組んで座っているアラスティア様に、必要以上の大声で問いかける。



「穢れや呪いに備えて女神と聖女以外を追い払おうとしてるなら……私たちが聖女とその騎士であることを証明すればどうにかなりますか!?」


「可能性はあるわね……」



 アラスティア様は確証が得られなかったのか、頷きはしなかった。それでも試してみる価値はあるだろう。



「エデュアルト、治療させて!」



 私の声に頷いたエデュアルトは“鎧”に勢いよく体当たりする。そしてよろけた瞬間を見逃さず強烈な蹴りを食らわせ、地面に倒れこんだところで剣を大きく振りかぶった。

 そのまま鎧に向かって剣を突き刺すかと思いきや、剣先は逸れて鎧が身に纏っていたマントに突き刺さる。どうやら身動きを取れなくして時間を稼ごうとしたらしかった。

 剣によって深く地面に縫い付けられたマントのせいで、鎧は起き上がろうともうまく体を起こすことができないらしい。その間にエデュアルトは私の許まで走り寄ってきた。

 頬の切り傷を女神の力で癒す。背中の大きな打撲も。

 ――だが、霧は晴れず鎧は依然、鎧のまま。パウエル様の姿には戻らない。



「怪我の治療ぐらいじゃだめなのかしら……もっと強い力が必要?」


「それ以外に力の使う相手なんかいないじゃない!」



 アラスティア様は焦りと怒りで叫ぶ。

 他に自分たちは穢れや呪いを持ち込む者ではないと証明する術はないかと必死で考えを巡らせ、



「……俺がいる」



 数秒、エデュアルトが放った言葉の意味が分からなかった。

 だってもう、彼の傷は癒したのに――と考えて、はたと思い至る。エデュアルトは、まさか。



「まさかわざと竜の呪いに飲まれようとか考えてるんじゃないでしょうね!? 失敗したらどうなるか分からないわよ!?」



 アラスティア様がエデュアルトの鼻先を摘まんで大声で非難した。

 エデュアルトがわざと竜の呪いに飲まれたところを、女神の力で解放する。なるほど傷を癒すよりも強い女神の力が必要になる作業であるし、傷は回復魔法でも癒せる一方、呪いを解けるのは女神の力のみだ。これ以上ない“証明”になるかもしれない。

 ――でももし、失敗したら。

 エデュアルトを見上げる。しかし彼は不安そうな表情一つ見せずに微笑んだ。



「大丈夫だ。俺はオリエッタを信じてる」



 ぎゅっと手を握られる。まっすぐ向けられる言葉に、信頼に、しかし私は頷き返すことができなかった。

 私が腹を決めかねているうちに、鎧がエデュアルトの剣を地面から抜き去り、咆哮を上げる。すぐにこちらに向かってくることはせず、私たちの出方を窺っているようだったけれど、もう時間は残されていないだろう。

 エデュアルトは一度鎧――パウエル様――の様子を窺ってから、再び私に向き直った。



「このままパウエルと相打ちになることだけは避けたい」



 先ほど見た幻覚を思い出す。

 エデュアルトは幼い頃からずっと竜の呪いに苦しめられてきた。周りから蔑まれ、嘲笑され、その対象は自分に懐いていた弟・パウエル様にまで広がったようだった。

 おそらくエデュアルトは、弟をくだらない中傷から守るために遠ざけたのだ。嫌いになったのではなく、関係を築くことを諦めたのではなく、大切な弟を守るために――

 きっとエッセリンク兄弟は分かり合える。今も互いに大切に思いあっている。だからこそ、ここで相打ちなんて結末を迎えてはならない。

 目を閉じて、一度深呼吸をする。心は決まった。



「……分かったわ」



 エデュアルトは目を眇めて笑った。全く自分の身を心配していない、いっそ無防備とも思える笑顔に、彼からの絶大な信頼を感じて心が高鳴る。

 ――絶対に失敗なんかしない。成功させてみせる。



「行くぞ」



 エデュアルトは強い力で私の両肩を掴んだ。そしてそっと瞼を伏せる。

 ――瞬間、彼の体から邪悪な魔力と焦げた臭いが立ち込めた。

 爪が鋭くなって、手の甲に竜の鱗が浮かび上がる。歯が鋭くなり、歪な形の翼が視界を覆う。

 竜の呪いに飲み込まれていくエデュアルトは、しかしその口元に薄く笑みを浮かべていた。



「グ、ア――!」



 エデュアルトの胸元に飛び込んで、鋭く吊り上がった目元を指先でなぞる。

 ――大丈夫。彼は竜の呪いに飲み込まれたりはしない。なぜなら私が守るのだから。

 ぎゅっとエデュアルトの体を抱きしめる。そして瞼を伏せ、今自分の中にある女神の力全てを使い切る勢いで力を爆発させた。

 体の奥からあたたかな何かが湧き上がって指の先まで巡っていく。抱き着いたエデュアルトの体にもぬくもりが広がり――あたりが光に包まれた。



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