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06:聖女としての初任務



 ――あれから、唖然とする私の手を引いて騎士エデュアルト・エッセリンクはシスターの許を訪れた。自分が聖女オリエッタ・カヴァニスの専属騎士になる、と伝えるために。

 シスターたちは大いに驚き、しかし願ってもいない申し出だったため、あれよあれよと手続きは進み、翌日には専属契約が結ばれた。そして更にその翌日、私に聖女として初めてとなる任務が与えられることになった。

 何度も髪をブラシで梳いて、制服に皺が寄っていないか確かめて、念入りに身支度を整えていると、部屋の扉が控えめに叩かれる。はい、と返事をすれば、昨日私の専属騎士になってくれたばかりの銀髪の騎士――エデュアルトが入室してきた。



「聖女オリエッタ、準備はできたか?」


「は、はい!」



 反射的にしゃんと背筋を伸ばして返事をする。そうすれば彼は「そうか」と氷のように研ぎ澄まされたその相貌を崩した。

 銀髪に銀の瞳を持つ彼は、黙っていると冷たい印象を受ける美形だ。しかしここ数日の僅かな交流の中でも、氷が溶けるように柔く微笑むことがままあった。

 幼い頃、大修道院に預けられてからほとんど外に出ることなく聖女の勉強に明け暮れていた。その中で異性と交流する機会はほとんどなかったし、交流したことのある数少ない異性も大体は年嵩の男性――教団の支援者や各地の教会から時折帰ってくる男性の司祭様たちぐらい――だ。

 つまり、若く美形な騎士に対する免疫がない。はしたない話、私はエデュアルトの一挙一動に見惚れてしまっている。



「手を」



 エデュアルトがこちらに手を差し伸べてきた。その流れるような美しい動作に、そして差し伸べられた男らしくも美しい手に、私はまた見惚れてしまう。



(本当に、専属騎士になってくれたのね……)



 正直今でも信じられない。

 いくら竜の呪いから一時的に救ったとはいえ、大元の呪いを解いたわけではないし、そのお礼に専属騎士になるというのは行き過ぎた礼のように思う。

 見惚れていたのと考え込んでいたので、一向に差し伸べた己の手を取らない聖女を不審に思ったのだろう、エデュアルトが首を傾げる。



「聖女オリエッタ、俺の顔になにか?」



 ずい、と近づけられた美しい顔に、ぶんぶんと首を振りかけて――やめた。

 薄々思っていたことではあるが、本格的に彼が専属騎士となるその前に一つだけ、お願いしたいことがある。



「あの、エデュアルト様、一つよろしいでしょうか?」


「あぁ、何なりと」



 エデュアルトは背筋を伸ばして頷く。

 こうして向かい合って並ぶと、身長差のせいでかなり彼を見上げる形になる。ずっと見惚れていてはいつか首を痛めてしまうかもしれない、なんて馬鹿みたいなことを頭の隅で考えつつ、私は静かに訴えた。



「私のことはどうかオリエッタとお呼びください。聖女と呼びかけられるのは、その、慣れていませんから」



 それは出会ったときからずっと思っていたことだ。エデュアルトは私のことを、必ず「聖女オリエッタ」と肩書込みで呼ぶ。それがどうも面映かった。

 数度長い睫毛を瞬かせたエデュアルトは、しかしすぐに微笑んで頷いた。



「分かった。それなら君も、俺のことはエデュアルト、と」



 心の中ではとっくにそう呼んでしまっていたが、心の中で呼ぶのと、実際に口に出して呼ぶのとではだいぶ違う。正直スムーズに「エデュアルト」と呼べる自信はなかったし、聖女たるもの、そして淑女たるもの、殿方の名前を呼び捨てにするというのは憚られる。

 すぐに頷かなかった私の顔をエデュアルトは覗き込んで、まるで礼をするように胸に手をあてた。



「俺は君の騎士だ。聖女が専属騎士に様付けはおかしい。それと、敬語も必要ない」



 ――変な声が出るかと思った。

 お伽噺の王子様のような微笑みも、君の騎士、なんてとんでもない言葉も、全部全部心臓に悪い。ときめく、を通り越して恐ろしい。

 いろんなものをどうにかこうにか飲み込んで、決して悟られないよう完璧な笑みを顔面に貼り付けて頷いた。



「努力します」


「よろしく頼む、オリエッタ」



 頷き、微笑み合う。

 これから聖女オリエッタ・カヴァニスの、そして専属騎士エデュアルト・エッセリンクの日々が始まるのだ。



 ***



 聖女になってから初めての任務を伝えてくれたのは、シスター・イネスその人だった。



「聖女オリエッタ、そして専属騎士エデュアルト。あなた方にはシュルトンまで聖火の種火を届けてもらいます」


「……聖火の種火?」



 聖火の種火については聖女候補生時代に何度も授業で聞かされた話だが、エデュアルトは初耳といったように首を傾げた。それに気づいたシスターは丁寧に説明してくれる。



「えぇ。聖火は女神の恵みの象徴で、大修道院で保管しております。そして各地の教会に分火されているのですが、その火を絶えさせないために、定期的に聖女が種火を運んでいるのです」



 おおもとの聖火は大修道院にあり、そこから何年かに一度、聖女が種火を持って教会を訪れる。女神の力が宿っている聖火は滅多なことがなければ消えないが、それだけに消えてしまったときはその場所を大きな災いが襲うと伝えられているのだ。

 聖火の種火を運ぶ任務は、私のような不出来な聖女の最初の任務に相応しい。通常であれば他の任務のついでに任されることがほとんどで、単体で任命されることは滅多にない。種火を届けて帰ってくるだけなのだから、正直聖女でなくてもできる仕事だ。

 極めて簡単な任務を任されて安堵半分、やはり自分は不出来なのだと落ち込み半分の私に、シスター・イネスはランタンを差し出した。



「こちらを。魔法で保護していますから、多少乱暴に扱っても壊れることはないけれど、気を付けて運んでください」


「は、はい」



 聖火の種火が灯されたランタンをしっかりと受け取る。――と、横から大きな手に奪われた。



「俺が持とう」



 それぐらい自分が、と食い下がりそうになったが、大人しく任せた方がいいだろうと判断しぐっと飲みこむ。そして「よろしくお願いします」の意も込めて、軽く会釈した。

 一通りの説明が終わった後、表に馬車を手配しているとシスター・イネスが言うので、早速出発しようと一泊分の荷物を持つ。今回の目的地である街・シュルトンはかなり近場だが、それでも一日で行って帰ってくるのは難しい。



「エデュアルト、どうかオリエッタをよろしくお願いします」


「はい」



 まるで母のようなことを言うシスターに、エデュアルトは大きく頷く。彼女の心配そうな視線を背中に感じながら、私たちは大修道院を出た。

 シスター・イネスの言っていた通り、門の前には既に馬車が待っていた。エデュアルトは馬車の扉を開けて、私を促す。



「オリエッタ、奥に」


「は、はい!」



 これから初めての任務に向かうのだ。そう思うと、いくら子どものおつかいのような任務とはいえ緊張が高まる。

 きちんと務めを果たせるだろうか。女神の力もろくに使えない、私に。



「オリエッタ」



 馬車に乗り込むなり、エデュアルトは私の名前を呼んだ。

 緊張で下に落ちていた視線をあげる。そうすれば、優しく細められた銀の瞳と目があった。



「君のことは俺が守る。オリエッタは、与えられた任務のことだけ考えていればいい」



 ――息が一瞬、止まった。

 ドッと一気に心拍数が上がって、こちらに向けられた真っすぐな瞳から目を逸らせなくて――しかし、行き過ぎたときめきは却って心を冷静にさせた。



(エデュアルトって多分、素でこういう人なんだわ)



 一見冷たい容姿をしているから、微笑みかけられただけでその氷が溶けたと錯覚してしまった。しかし彼は元々凍ってなんかいなくて、優しく、律儀で、とてもとても真面目な人なのだろう。

 真っすぐすぎる言葉も、真面目な性格ゆえ。もしかしたら若干天然も入っているかもしれない。でなければ出会って数日の私に、こんな言葉をかけるはずがない。

 とにかくエデュアルトの言動にいちいちときめいていてはこの先もたない、とときめきすぎて冷静になった私の心は判断した。

 元来“こういう”人なのだ、と何度か自分に言い聞かせれば、次第に高鳴っていた心臓も落ち着いてくる。



「ありがとう、エデュアルト」



 思いの外、スムーズに呼べた彼の名前。すると騎士はとても嬉しそうに頷くものだから、先ほど言い聞かせたばかりなのに暴れそうになる言うことを聞かない心臓を、制服の上からぎゅうと抑えた。



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