57:合流
魔物対処と女神の大樹捜索任務の協力者として、アウローラ王国の騎士団だけでなく一組の聖女とその専属騎士が同行してくれることになった。
もしアウローラ王国からの報告通りこの森を住処とする魔物が狂暴化しているようなら、穢れが蔓延している可能性が高い。コレット様は私一人では対処しきれない場合を想定して、もう一人聖女を派遣してくれたのだろう。
かつて大樹を植えたとナディリナ様が仰っていた森は大修道院から近く、早朝に出発して昼前には森の入口で騎士団、そしてその聖女と合流することができた。
アウローラ王国から派遣された騎士団は十人あまりでそれなりの大所帯になりそうだ。普段と異なる雰囲気にそわそわ浮足立つ自分の心を自覚しつつ、取り急ぎもう一人の聖女と騎士に挨拶をした。
「初めまして、オリエッタ・カヴァニスです。こちらは専属騎士のエデュアルト・エッセリンク」
私の目の前に立つ黒髪の聖女は幼く、その隣に立つ騎士はなんというか――チャラかった。かなり明るい金髪で、耳にいくつもピアスを開けているせいだろうか。人好きのする笑顔を浮かべているものの、今まであまり接したことがないタイプの騎士に気後れしてしまう。
黒髪の聖女は私より年下に見えた。十四、五歳ぐらいに見えるが専属騎士とは打って変わって、つんとお澄まし顔でこちらを見つめている。
彼女に差し出した私の右手は、しかしすぐに握り返されることなかった。
握り返されない右手をそのまま差し出しているのも居心地が悪かったので、私はゆっくりとその手を降ろす――と、その前に聖女に代わって専属騎士が握り返してくる。
「アウレリオ・イェスキルドっす。こっちは、えーっと、ニーナ様っす」
「……よろしく」
どうやら今回力を貸して下さる聖女・ニーナ様は口数の少ないタイプらしい。一言呟くと、ふい、とそっぽを向いてしまう。一方でアウレリオ様は口調こそ軽いものの、社交的なタイプのようだ。
人付き合いが苦手な聖女と、明るく人好きする専属騎士。なるほど納得の組み合わせだ。
「今回の任務は、アウローラ王国の騎士団への同行です。森が狂暴な魔物の住処になっている可能性があるとのことで、穢れが蔓延しているようなら祓ってほしい、と。それと、女神様が植えたとされる大樹も探すように言われていて……」
「知ってる」
取り付く島もない。
私は気まずい空気をどうにか誤魔化そうと苦笑いを浮かべ、ニーナ様に頭を下げた。
「どうか、よろしくお願いします」
ニーナ様はそっぽを向いたまま、しかし確かに頷いてくれる。その反応にほっと胸を撫で下したときだった。
「兄貴!」
背後から声をかけられて振り返る。すると銀髪の騎士がこちらに向かって駆け寄ってくる姿が目に入った。
青年の顔には見覚えがあった。――いいや、兄貴と呼びかけられた時点で、もっと言えばアウローラ王国の騎士団が同行するとコレット様に告げられた時点で、そんな予感はしていたのだ。
こちらに駆け寄ってくる騎士は間違いなく、エデュアルトの弟であるパウエル様だった。
エデュアルトは呼びかけに応えるように数歩前に出る。そして普段より硬い声で問いかけた。
「なぜ第一部隊に所属しているはずのパウエル殿が第三部隊に?」
「兄貴が来るって聞いて志願したんだ。第一も第三も、魔物相手の部隊には変わりないから」
騎士団の内部のことはよくわからないが、エデュアルトとしては弟・パウエル様の同行は予想外のことだったらしい。
再会を喜び語尾を弾ませるパウエル様とは対照的に、エデュアルトは大きなため息をついた。
エッセリンク兄弟の間に何があったかは知らないけれど、エデュアルトとその弟パウエル様の間には溝があるようだった。私の見立てでは、おそらくパウエル様側は昔から変わらず兄エデュアルトを慕っているのに、エデュアルト自身が何らかの原因で受け入れられずにいる。その原因とは、おそらくエデュアルトの体を蝕む竜の呪いなのだろうけれど――
「……今回は任務だ。お前はアウローラ王国の騎士で、俺は聖女オリエッタの専属騎士。要件がない限り話かけるな」
「任務をスムーズに行うためにも、話し合いは必要なはずだ」
冷たく突き放されようと、パウエル様は食い下がる。きっと彼は兄と一度、きちんと腰を落ち着けて話したいのだろう。しかしそれをエデュアルトが拒否し続けている。
目を合わそうとしないエデュアルトをもどかしく思いつつも、私が口を挟んでいいような話題ではないため、少し離れたところから見守っていたら、
「なになに? 兄弟なんすか?」
若干チャラいニーナ様の専属騎士・アウレリオ様が小声で問いかけてきた。
一瞬返答に迷ったが、パウエル様が人前であってもエデュアルトを「兄貴」と呼ぶ以上、隠し通すことはできないだろう。そもそも接点を最小限にしようとしているエデュアルトも、兄弟であるという事実まで隠そうとは思っていないはずだ。
そう判断し、私は頷いた。
「え、えぇ。そうです」
「ふぅん。何やら訳ありっぽいっすね。部外者が首突っ込むのやめときましょ、フィーネ様」
アウレリオ様は黒髪の聖女・フィーネ様に声をかける。――フィーネ様?
あれ、と思う。先ほど彼は私たちに自分が仕える聖女のことを、ニーナ様と紹介したはずだ。
強烈な違和感を覚えつつも、名前を改めて尋ねるのも失礼な気がして、私は何度かアウレリオ様とフィーネ様――もしくはニーナ様――の顔を交互に見る。すると私の視線に気づいたのか、黒髪の聖女ははぁ、と小さくため息をつき、
「わたしはフィーネでもニーナでもない。ジーナ」
驚きの事実を口にした。
今回私たちに協力してくれる黒髪の聖女の名前はジーナ。――つまり、先ほどアウレリオ様が口にしたニーナ様という名前も、フィーネ様という名前も、間違いだったことになる!
私は思わずアウレリオ様の横顔を凝視した。
「あぁ、そうでした! ジーネ様ね、了解っす!」
言われたそばからまたジーナ様の名前を間違えるアウレリオ様。
彼の笑顔はあまりに邪気がなく、わざと間違えているようには見えない。となると、人の名前を覚えるのが大の苦手なのだろうか。しかし例えそうだとしても、自分が仕える聖女の名前を覚えられないというのは考えにくい。まさか今日初めて会った相手ではないだろうに――
今まで何組かの聖女と専属騎士を見てきたが、彼らのような関係は初めて見た。そもそも、どういう関係なのかもまだ全然見えてこない。
エデュアルトとパウエル様の件も気がかりであるし、今回の任務も一筋縄ではいかなそうだ。




