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55:休暇の終わり



 翌朝、小鳥の囀りで目が覚めた。

 大修道院の聖女寮ではない見知らぬ天井に首を傾げる。覚醒しきらない状態のまま、ぼんやりと起き上がって――昨晩の出来事を思い出した。

 アラスティア様が豪快に酔っ払い、多くの人々を巻き込み、エデュアルトも潰されてしまったのだ。幸運にも親切な酒場のお姉さんに部屋を貸してもらうことができたのだが、その後――



「エデュアルト!」



 慌ててあたりを見渡す。しかし私が探していた人影どころか、部屋には私以外誰もいなかった。

 今私が寝ているベッドは、昨晩エデュアルトが寝かされていたベッドだ。きっとあの後起きた彼が私に譲ってくれたのだろう。

 私は軽く身支度を整えて、駆け足で下の階、つまりは酒場へと降りた。きっと下にはエデュアルトがいるだろうと見当をつけていたのだが、そこに広がっていたのは――地獄絵図と言って差し支えない光景だった。



「こ、これは……」



 床に多くの人が倒れている。細身の女性から、でっぷりとした男性まで。顔が赤い者もいれば、真っ青な顔を歪ませている者もいた。

 一歩近寄れば、酒臭さが鼻をつく。一体どれだけの酒を飲み干したのだろう。――もっとも彼らは、どこぞの女神に巻き込まれた“被害者”なのだろうけれど。



「おはよう、オリエッタ」



 この地獄絵図にはふさわしくない爽やかな声に呼びかけられ、慌てて振り返る。するとこれまた爽やかな笑顔を浮かべたエデュアルトが、ゆったりとした足取りで厨房から出てきたところだった。



「エデュアルト、体調は大丈夫?」


「あぁ、迷惑かけてすまなかった」



 その口調に淀みはないし、顔色も悪くない。幸い二日酔いはしていないようだ。

 彼は私の横を通り過ぎると、床の上に転がった酒瓶を片付けていく。私もそれに倣い、机の上にぶちまけられた料理や皿を手あたり次第に片づけ始めた。

 一晩泊めてもらったのだ。後片付けぐらい手伝わなければ。



「ところでアラスティア様は……」


「そこに転がってる」



 エデュアルトが指さした先には、赤髪の女性が文字通り床に“転がって”いた。

 私は慌てて駆け寄り、アラスティア様の体を抱き起す。



「アラスティア様!」



 髪はぼさぼさだが、随分と安らかな寝顔を浮かべていた。そのことにほっとして、とりあえず床に寝かせておくのではなく椅子に座らせようと、脇の下に腕を差しいれる。そして肩に腕を回し、その体を起こそうとしたのだが――いくら同性と言えど、意識のない長身の女性を助け起こすにはそれなりの力が必要なようで、私はふらついてしまった。

 するとすぐさまエデュアルトが支えてくれる。結果的には私は何の役にも立たず、彼が一人でアラスティア様を椅子に座らせてくれた。

 むにゃむにゃと惰眠をむさぼる女神様に、エデュアルトはため息をつく。



「まさか、女神が酒で酔いつぶれるとは」


「ふふふ。でも人間らしいアラスティア様が、私は好きよ」


「……そうだな」



 エデュアルトはアラスティア様の頬を手の甲で軽く叩く。起こそうとしているのだろうけれど、女神様の頬を叩くとはなかなかに勇気ある行動だ。



「起きろ。大修道院に戻るぞ」


「アラスティア様ー? 運ぶので体小さくできますかー?」



 耳元で呼びかける。起きて自分の足で歩いてもらうのは半ば諦めていたので、苦労なく運べるいつもの手乗りサイズになって欲しかった。

アラスティア様は「ううん」と煩わしそうに眉間に皺をよせ、いやいやするように首を振る。それでも諦めず呼びかけていると――みるみるその体が縮んでいった。

 あぁよかったと安堵して、体が縮んでいく様子を見守っていたのだが、



「……子どもの姿?」



 十歳前後の子どものサイズで収縮がおさまる。数秒待ってみても、これ以上女神様の体が小さくなることはなかった。

 確かに小さくなって、問題なく背負って大修道院へ連れていくことはできるだろうけれど、私が想定していたのとは若干違う“体の縮め方”だ。



「あの、いつもの手乗りサイズの……アラスティア様ー?」



 耳元で呼びかけたが、アラスティア様は反応を見せなかった。完全に夢の世界へと旅立ってしまったらしい。



「仕方ない」



 エデュアルトはため息をつき、十歳程度の子どもの姿になったアラスティア様を抱き上げる。どうやらこれ以上体を小さくしてもらうことを諦めたようだ。

 逞しい腕の中で眠るアラスティア様は、いつもより愛らしく感じる。幼い子どもの姿に無意識の内に庇護欲を掻き立てられているのだろう。気づけば微笑み、彼女の頬を指先でつついていた。



「おや、起きたのかい」



 アラスティア様のぷにぷにほっぺに気を取られているうちに、酒場のお姉さんが降りてきていたようだ。

 私は彼女に向き直ると大きく頭を下げた。



「昨日はお世話になりました」


「いいっていいって。……あれ、お姉さんは?」



 お姉さんが私の姉――アラスティア様の姿を探すようにあたりを見渡した。まさかこの小さな子どもがそうです、とは言えるはずもなく、エデュアルトが抱える赤髪の少女を隠すように彼の前に立つ。そして引きつった笑みを顔面に貼り付けて答えた。



「ひ、一足先に戻ったみたいで」


「そうかい」



 お姉さんは私の言葉を一切疑わず、納得したように頷く。

 若干の後ろめたさを感じつつ、長居せずに大修道院へ戻ろうと私は再び頭を下げた。お別れの挨拶だ。



「私たちもそろそろ失礼します。本当にありがとうございました」


「これからも頼りにしてるよ、聖女様」



 聖女様。そう呼び掛けられて、私は知らず知らずのうちに背筋を伸ばしていた。

 彼女たちの信頼を裏切ることのないよう、そして一人でも多くの人の役に立てるよう、これからもよりいっそう精進しなくては。



「また来ます」



 社交辞令のつもりではなく、本心からの言葉だった。

 会計を済ませ――アラスティア様の酒代に目が飛び出た――酒場を後にする。まだ早朝ということもあり通りに人影は見られず、私とエデュアルトはゆっくりとした足取りで馬車の停留所まで向かった。



「むにゃむにゃ……酒よこせ……」



 エデュアルトの腕の中、アラスティア様は幸せそうな表情で寝息を立てている。



「アラスティア様、夢の中でも飲んでるみたい」


「どんだ酒豪だな」



 エデュアルトは呆れたように言った。しかし彼の表情は穏やかで、またこのような食事の場を設けようと心の中で決める。今度はもう少し落ち着いた食事ができるよう、酒をあまり置いていないお店にしよう。

 ――余談だが、お酒の影響かアラスティア様の体に異変が生じてしまったようで、



「元の姿に戻れないんだけど!? なんで!?」



 しばらく十歳の少女の姿で過ごすことになってしまったらしい。

 その姿をナディリナ様に見られて、豪快に笑われた結果大喧嘩になったとか、ならなかったとか。



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