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53:賑やかな晩餐会



「ここ、おいしいお肉が食べられるって聞いて……」



 目の前の店――酒場を見上げて私はエデュアルトとアラスティア様にそう説明した。

 「ふぅん」と興味がなさそうに鼻を鳴らすアラスティア様と、表情が晴れないエデュアルト。二人そろって微妙な反応で、店選びを間違えたかと内心冷や汗ダラダラだったところ、



「なんというか……大丈夫か?」


「え?」



 なぜか心配そうな表情を浮かべて、エデュアルトがこちらの様子を窺ってきた。



「俺は全然かまわないんだが、こう、少しむさ苦しいというか……」



 まかり間違ってお店の人に聞かれないように気にかけたのだろう、小声でエデュアルトが呟く。

 どうやら彼は私の心配をしてくれていたらしい。確かに店の外に酒瓶が乱雑に並んでいるのを見るに、女性客が一人で入るには抵抗感を覚える店かもしれないが、私は別段気にならなかった。それにアラスティア様の前では言えないけれど、今回はエデュアルトが好物を食べられる店を探していたのだ。

 エデュアルト本人に直接好物を聞いたことはないが、彼はよく肉料理を口にしている。だから少なくとも肉料理は嫌いではないだろうと思い、この店を選んだ。



「大丈夫! 行きましょ」



 エデュアルトの心配を拭うためにも、先陣を切って店に入店する。――と、



「嬢ちゃんがなんの用だ」



 ぬっと横から現れた、私より三周りほど大きなガタイの男性に睨みつけられて固まった。



「オリエッタ」



 エデュアルトが前に出る。そして私を守るように男性と睨み合い――男性の背後から、その横腹に華麗な蹴りが炸裂した。

 男性がよろけながら横にずれたことで、彼の背後に立っていた人物が現れる。その人物は褐色の肌に紺色の瞳を持つ、すらりとした美しい女性だった。



「なぁにお客さんを怯えさせてんだい! ごめんなさいね、こっちにどうぞ」



 両手に酒と料理を抱えた彼女に席まで案内される。

 夕食の時間帯ではあるが、酒場が騒がしくなるのはもっと夜が更けた頃なのだろう。店内は空いていて、ぽつぽつと家族連れの姿が見られた。

 席に着き、メニューを確認する。お酒とおつまみのメニューは豊富だったけれど、その分食事のメニューは控えめで、メイン料理と言えるのは肉料理とピッツァぐらいだ。

 ほぼ選択肢のない状態で、三人揃ってこの店おすすめだと書いてあった肉料理を注文した。やがて運ばれてきたのは、熱々の鉄板の上でジュウジュウといい音を立てているステーキだ。

 ナイフを入れるとステーキは簡単に切り分けられた。柔らかいいい肉だ。

 期待に胸を膨らませ、私たちは一斉に口の中にステーキを放り込んだ。瞬間、口内に広がる旨味に目を輝かせる。



「おいしい!」


「うん、うまいな」


「いけるじゃない」



 三人で顔を見合わせる。エデュアルトはもちろん、アラスティア様も気に入ってくれたようで安心した。

 その後食事に集中しつつ、雑談を楽しむ。意外にも、あまり乗り気そうではなかったアラスティア様が一番早く完食した。しかしまだ足りなかったのか、追加でいくつか注文している。お酒におつまみ、ポテト、更にはピッツァまで!

 その様子を向かいで見ていたエデュアルト――まだ鉄板の上にステーキは三分の一ほど残っている――が、何度か空の鉄板とアラスティア様の顔を見比べた。



「……女神って腹が減るのか?」


「あ? 一人で霞でも食ってろって?」



 問いかけが癪に障ったらしいアラスティア様はエデュアルトを睨みつける。睨まれた彼は、「そうは言ってないだろう」と苦笑しつつ、手に持っていたナイフとフォークを一度置いた。



「普段は何も食べなくてもピンピンしているように見えたから、気になっただけだ」



 喧嘩を吹っ掛けたつもりはない、と弁明するようにエデュアルトは普段よりゆっくりと話す。するとアラスティア様も怒りを引っ込めて頬杖をついた。



「まぁ、食べなくても別に死にゃしないわね。でも味覚はあるから食事は楽しめるわよ」



 そのとき、丁度アラスティア様が追加注文した料理が運ばれてきた。

 ピッツァはかなり大きく、ポテトも一人どころか三人がかりで食べてもなかなかの量だ。更には小皿に盛り付けられたおつまみがあれもこれもと運ばれてきて、極めつけは大ジョッキに注がれたお酒。

 アラスティア様の追加の注文分で、あっという間に机の上がいっぱいになってしまった。

 すっかり埋まった机を前に、エデュアルトが呟く。



「それにしても量が多くないか?」



 アラスティア様がじろりと睨んだのはエデュアルト――ではなく、私だった。この場の会計を持つのは私だから、私が文句を言わなければ構わないはずだと思ったのだろう。

 実際料理の数に驚きはしたものの、今回の食事はエデュアルトとアラスティア様へ普段のお礼を伝えるために設けた場だ。どれだけ注文しても文句を言うつもりはない。

 私は慌てて微笑んだ。



「ど、どうぞどうぞ! 今日は全部私のおごりですから!」



 予算はたっぷり持ってきた。好きなだけ食べて飲んで、食事を楽しんでほしい。

 まだステーキが残っているのに、ナイフとフォークを置いてすっかり落ち着きモードのエデュアルトにも声をかける。



「エデュアルトも、いっぱい食べて!」



 若干申し訳なさそうな顔で頷くエデュアルトと、私の許可が得られたことで更に注文を追加しはじめるアラスティア様。そのあまりに対照的な姿に私は思わず笑ってしまった。



***



 日も落ち、酒場は賑やかになっていた。特にカウンター席の方が騒がしい。彼らは皆酒を片手に大声で語らい、笑い、次から次へと酒を飲む。

 その騒ぎの中心にいるのは、



「っかー! ふざけんじゃないわよあの女ァ!」



 女神アラスティア様だった。

 彼女は顔を真っ赤にして、おそらくはナディリナ様への怒りを爆発させている。最初はストレス解消になるなら、と見守っていたのだが、あそこまで泥酔されると不安が過る。

 アラスティア様が口を滑らせても酔っ払いの戯言だと流してくれるだろうが、流石に止めに入ろうと人込みをかき分け、カウンター席の方へ近づいた。



「ア、アラスティア様、落ち着いてください」



 ギロッとこちらに向けられた赤の瞳は焦点が合っていない。

 女神様がまさかここまで泥酔するとは。そもそも人間が作ったお酒で、女神様が人間と同じように酔っぱらうことに驚いた。



「落ち着いてられるかっての! だいたいねぇ! あんたが余計な真似しなけりゃバレなかったのよ!」



 怒りの矛先がこちらに向いて、私は数歩後退する。しかしそれを許さないというようにアラスティア様は私の肩に腕を回し、自分が持っていた酒瓶を私の口元にぐいぐい当ててきた。飲め、と言われているようだ。

 この世界では十六歳から飲酒が認められている。十七歳である私はもう飲んでも法律で裁かれることはないのだが、今まで一滴も飲んだことがないのもあって、口を引き結び口元にあてられている酒瓶を拒絶していた。

 ――が、その反抗的な態度がアラスティア様の癇に障ったのか、



「アァ!? あたしの酒が飲めないっての!?」



 更に強い力で唇を割るように酒瓶の飲み口を押し付けられて、押し負けた私はそのままお酒を一気に喉に流し込まれてしまった。

 幸い、酒瓶にはそこまで多くのお酒は残っていなかったようだ。咽たり倒れたりすることはなかったが、今世初めての酒は若干苦味が強かった。



「おい、アラスティア! オリエッタに飲ませるな!」



 人をかき分けて助けに来てくれたエデュアルトが、アラスティア様の手から酒瓶を取り上げる。その際中身が空になっていることに気づいたのだろう、エデュアルトが不安そうな瞳でこちらを見下ろしてきたが、私は「大丈夫」と微笑んだ。

 若干意識がふわふわしているような気がするが、足取りはしっかりしているし動悸もしない。おそらくそこまで強い酒ではなかったのだと思う。

 しかし私が「大丈夫」と答えてもなお、エデュアルトの表情は晴れない。彼は私の肩を抱き、



「オリエッタ、外に出よう」



 半ば強引に店の外まで連れ出してくれた。

 店の前に無造作に置かれた木箱をベンチに見立て、エデュアルトと並んで座る。火照った頬を撫でる夜風が心地よかった。



「オリエッタ、大丈夫か」


「うん、ちょっとふわふわするだけ」



 私の口調が普段となんら変わらずしっかりしていたから、エデュアルトはようやく安心したようだ。彼はほっと息をつく。

 ふと、酒場の中から一際大きな笑い声が聞こえてきた。その後に、おそらくはアラスティア様のものと思われる女性の大声が響く。何を話しているのかまでは分からなかったが、随分と楽しそうだ。



「騒がしいな」


「でも、楽しんでもらえたようでよかった。アラスティア様にも本当にお世話になってるし……もちろん、エデュアルトにも」



 隣に座るエデュアルトを見上げる。彼は何も言わず、こちらを見つめていた。



「何度言っても足りないわ。本当にありがとう、エデュアルト。こんな私の専属騎士になってくれて……」



 お酒の力のおかげなのか、普段より口が回る。

 心の内を吐露するように私は続けた。



「私、がんばる。アラスティア様を解放して、エデュアルトの呪いも解きたい。それぐらいしか、この抱えきれない感謝の気持ちを伝えられそうにないもの」



 エデュアルトの横顔から夜空へ視線を向ける。どうやら今夜は満月だったらしい。月の光がまぶしいぐらいだ。

 不意に、エデュアルトが私の髪に手を伸ばしてきた。



「なに?」


「髪飾り、つけてくれたんだな。ありがとう」



 数秒、彼の言葉を理解できなかった。

 ――そうだ、今日は以前エデュアルトからもらった髪飾りをつけていたんだった。先ほどの騒ぎですっかり忘れていた。そのことにエデュアルトが気づいたのだと分かったが、今度は別の疑問が湧いてくる。



「どうしてエデュアルトがお礼を言うの?」


「言いたくなったから」



 エデュアルトが微笑む。月に照らされる彼の顔はとても美しかった。

 艶やかな銀髪、こちらを見つめる銀の瞳。端正な顔立ちは真顔でいるときは氷のように研ぎ澄まされているけれど、微笑むと途端にあどけなさを纏う。御伽噺の王子様のような、もしくは恋物語に登場する騎士様のような、乙女の憧れを詰め込んだ容姿をしたエデュアルト。

 ここ最近は贅沢なことに彼の容姿を見慣れてしまっていたけれど、改めて真正面から見つめ合うと、その美しさにはっとする。胸が高鳴る。緊張して、どう返事をすればいいのか分からない。



「えっと、ど、どういたしまして?」



 「ありがとう」に対して見当違いの返事をしてしまったように思ったが、エデュアルトは笑みを深めた。正解ではなかっただろうが、不正解でもなかったらしい。

 エデュアルトは夜空を見上げる。彼に倣うようにして、私も再び夜空を見上げた。

 二人並んで無言で星を眺める。あぁ、なんて穏やかな時間なんだろう。酒場から聞こえてくる喧噪がどんどん遠くなっていくような錯覚に陥った。

 だんだんと瞼が落ちてくる。意識がぼうっとして、体がエデュアルトの方へ傾く。そしてそのまま、眠りに――



「ここにいた」


「へっ!?」



 背後から聞こえた唸るような女性の声に、私は文字通り飛び上がった。

 肩越しに振り返れば、目が座った赤髪の女性――アラスティア様が恨めしそうな目でこちらを見ている。



「ア、アラスティア様!?」


「なぁ~に二人でいい感じに夜空眺めてるのよ。あたしの目が黒いうちは不純異性交遊禁止!」


「な、なに言ってるんですか」



 驚きのあまりすっかり眠気も酔いも覚めて、冷静に突っ込む。しかしアラスティア様は私のことなんて全く気にせず、今度はエデュアルトに絡み始めた。



「エデュアルト、あんた飲めんでしょ! このポンコツ聖女の金で飲むわよ!」


「酒は好きじゃない」



 エデュアルトは間髪入れずに断る。しかしアラスティア様はエデュアルトの肩に腕を回し、



「黙らっしゃい! 女神の酒を断れるわけないでしょ!」



 そのまま歩きだそうとした。

 最初は踏ん張って断固として動かなかったエデュアルトだったが、アラスティア様が一向に諦める様子がないと分かると自分が折れるしかないと悟ったのか、重い足取りで酒場の中へ戻っていく。

 ――その際、私をちらりと一瞥し、優しく微笑んだエデュアルトに不意打ちでときめいてしまった。



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