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52:三人で過ごす休日



 シスターから外出許可をもらい、エデュアルトと予定を擦り合わせ決めたお出かけ当日、街で待ち合わせた彼は私の隣に立つ人物を見るなりげんなりした表情をした。



「……どうしてアラスティアまでいるんだ」



 ――エデュアルトとしては、アラスティア様がいるのは想定外だったらしい。

 あからさまに嫌そうな顔をするエデュアルトに、すっかり街の景色に溶け込んでいる赤髪の女性姿のアラスティア様は、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた。



「えぇ〜だってあたしも散々役に立ったしぃ〜オリエッタにお礼してもらってないもの」



 アラスティア様は私の肩に手をかける。



「ほら、こう並んだら姉妹に見えるでしょ? 両手に美人姉妹なんだから嬉しい顔しなさいよ、色男」



 今日のアラスティア様は私より頭半分ぐらい長身で、赤髪赤目という容姿的特徴が一致していることから、姉妹に見えなくもなかった。私はアラスティア様ほど華やかな容姿はしていないから、個人的には姉妹に見えるかどうか聞かれると首を傾げるところだが。

 おふざけでアラスティア様はエデュアルトと腕を組む。すかさずその腕を振り払ったエデュアルトは、私の服に目を留めた。



「その服……」


「ダ、ダニエラ様に貸していただいたの」



 すべてダニエラ様に選んでいただいたから、おかしくはないはずだ。しかしそうもまじまじと見られると、恥ずかしさと緊張でうまく口が回らない。



「似合っている」


「あ、ありがとう」



 そう微笑むエデュアルトが普段よりカジュアルな格好をしていることもあって、なんだかいつもに増して照れてしまう。落ち着かない、そわそわする。

 私はあたりに漂っているむず痒い空気を変えるべく、「行きましょう!」とアラスティア様の手を引いて歩き出した。向かうはアクセサリーショップ。エデュアルトとアラスティア様へ感謝のプレゼントを贈るつもりだ。食事はその後に予定していた。

 ――今日、アラスティア様がいてくれてよかった。もっと正確に言えば、エデュアルトと二人きりでなくてよかった。

 ダニエラ様が言い放った「デート」という単語に意識が引っ張られてしまう。当然エデュアルトはそんな風に思っていないだろうけれど、二人きりだったら私は変に意識してしまって挙動不審になっていたに違いない。

 無言でずんずんと進む私の二の腕をアラスティア様が引っ張った。振り返ると「どこに行くつもりなのよ」と呆れ顔で問いかけられる。

 既に目的地であるアクセサリーショップの看板は見えているのだが、私は足を止め、二人に提案した。



「お礼の品を贈りたいのですが、何がいいか全然わからず……考えた結果、普段使いできるものがいいかなと思いまして、髪留めとかアクセサリーはいかがでしょうか」



 散々悩んだ末に出した答えだ。

 エデュアルトは普段、低い位置で髪を留めている。アラスティア様も人の姿を取るときは長髪だ。だから髪留めなら無駄にはならないはず。



「オリエッタが選んでくれるものなら、なんでも――」


「なんでもが一番困るのが分からないのかしら、このドアホ騎士」



 ぴしゃりとアラスティア様が言う。面と向かっては言えないが、彼女の言うことはもっともだったので助かった。

 特に反対されなかったため、私たちは目的地であるアクセサリーショップに入店した。扱っている物が物だけに女性客がほとんどで、突如として現れた銀髪美形エデュアルトに店内が色めき立つ。

 彼女たちは皆エデュアルトに見惚れ、それから彼と共に入店してきた女性二人――私とアラスティア様はどういった関係なのかと探るような視線を投げかけてくる。普段エデュアルトと並び立つときは聖女の恰好をしているから、このような不躾な視線に晒されるのは初めての経験だった。

 居心地が悪くて、背中がどんどん丸まっていく。しかしエデュアルトもアラスティア様も全く気にする様子はなく、商品を眺め始めた。



「オリエッタはこれとか似合うんじゃないか。……ほら」



 エデュアルトが笑いながら金のバレッタを私の髪に添える。瞬間、周りの女性たちから一斉に視線を向けられ、私は慌ててエデュアルトが持っていたバレッタを商品棚に戻した。



「わ、私のはいいのよ、今日はエデュアルトとアラスティア様に……」


「そうは言われてもな……あまり自分のことには頓着しないから……」



 悩んでいるのだろう、眉間に皺を寄せたエデュアルトに周りの女性たちがほぅ、と息をついた。どうやら彼の苦悩の表情は女性たちに大好評のようだ。

 エデュアルトは確かに、自分のことに頓着しない。見目を気にしないという意味でも、自分の命を投げうって他人を守るという意味でも。



(それでこれだけ女性の目を集めちゃうんだから、神様って不公平よね。あ、女神様か)



 背中に突き刺さる視線に、結局は元の素材が一番大事なのだと思い知らされるようだ。容姿に恵まれている人を僻むほどコンプレックスを抱えている訳ではないが、それでも不公平だと悪態の一つや二つはつきたくなった。

 真剣に悩むエデュアルトの横顔に、不思議な気持ちになる。御伽噺から飛び出てきた王子様のような彼が、こんな私の専属騎士を務めてくれているなんて――

 エデュアルトの視線の先を辿り、綺麗に並んだ髪留めを眺める。その中に一際目を引く髪留めを見つけ、思わず手を伸ばした。

 それは金で出来た、シンプルながら繊細で美しい装飾が施された髪留めだった。中央に埋め込まれた小さな赤い宝石は、主張しすぎずしかし確かな華を添えている。



「ねぇ、これはどうかしら? シンプルだけど綺麗で、エデュアルトの銀髪にも合いそうだわ」



 エデュアルトの結んだ銀の髪の先にそっと添える。金色も赤色も、彼の銀髪によく映えた。



「それにする」



 迷うことなくエデュアルトは頷いた。

 自分から提案しておいてなんだが、少しも悩まず即決した彼に戸惑ってしまう。



「いいの? 他のものは?」


「オリエッタが選んでくれたものがいい」


「そ、そう?」



 ――こんなことを目を見て言われたら、誰だって嬉しくなるに決まっている。

 浮き立つ自分の心を咎める人は誰もいないはずなのに、そんな言い訳染みたことを考える。その不可解かつ不安定な心の動きに、私は自分のことながら首を傾げた。

 なぜエデュアルトの言動に心を動かされることを、良くないことのように考えてしまうんだろう。変に意識してしまっているんだろう。それもこれも、ダニエラ様の「デート」という単語のせい――?



「あたしのは選んでくれないワケェ?」



 ずっしりと右肩に重みがかかる。どうやらアラスティア様が背後から私の右肩に手を置き、体重をかけているようだった。

 はっと我に返り、



「選びます選びます!」



 慌てて商品棚に目を向ける。

 アラスティア様に似合うものを、と考え商品を目線で辿るうち、髪留めのコーナーからイヤリングのコーナーに移動していた。女神様相手であれば、髪留めにこだわる必要はないだろう。



「アラスティア様はお綺麗だから、装飾盛りだくさんって感じより、こう、シンプルなものの方が……」



 洗礼された美しさのアラスティア様には、同じく洗礼された美しさの装飾品がよく似合う。

 目が留まったのは、百合の花を象った透け感のあるシンプルなイヤリング。それを手にとって、アラスティア様の耳元にあててみた。



「このイヤリングはどうですか? 透明感があってお似合いかと……」


「ちょっとかわいすぎない? あんたならいいけど」


「そうでしょうか?」



 確かに花を象ったイヤリングだが、透明感ある素材を使っているのもあって、落ち着いた大人の女性が身に着けてもよく似合うように思う。アラスティア様の燃えるような赤髪にもよく映えていたし、私は一押しだったのだが、



「こっちがいいわ」



 アラスティア様はお気に召さなかったようで、小ぶりの真珠があしらわれたイヤリングを手に取った。そしてこちらに差し出してくる。

 本人から「これがいい」と指定された以上断ることもできず、私は手に持っていた花のイヤリングを元あった場所に戻した。



「それじゃあ、買ってきますね」



 二人には先に店の外に出てもらい、私一人でエデュアルトの髪留めとアラスティア様のイヤリングの会計を済ませる。若い女性向けのお店とだけあって良心的なお値段で、そこまで財布は痛まなかった。聖女はそれなりにお給料をもらえる職業なのだ。

 会計を終え、外で待ってもらっていたエデュアルトとアラスティア様に手渡す。



「いつも本当にありがとうございます。これからもよろしくお願いします」



 そして頭を下げた。

 こんなアクセサリーひとつで今までのお礼ができたとは思わない。それにきっとこれからもたくさん迷惑をかける。彼らがいなければ一人前の聖女と言えないからこそ、感謝の心だけは忘れないようにしよう。

 エデュアルトはその場で包みを開く。そして一度髪留めを太陽の光に透かしたかと思うと、こちらに差し出してきた。



「オリエッタ、つけてくれ」


「私が?」



 エデュアルトは頷いて、近くにあったベンチに背を向けて座る。私は彼の背中と手元の髪留めを数度交互に見て、そっと銀髪に手を伸ばした。

 とても美しい髪だ。絹糸のようにサラサラで、指の間を抵抗なく滑り落ちていく。

 今髪を留めているゴムを解き、できるだけ同じ位置で結びなおした。金の髪留めが銀の髪によく映える。きらりと太陽の光を反射して、まぶしさに目を細めた。



「うん、似合ってるわ」



 背を向けていたエデュアルトがこちらを振り返る。――と、彼の指先が私の顔に伸びてきて、



「アラスティアの言う通り、このイヤリングはオリエッタの方が似合っていたな」



 右の耳たぶに、何か当たった。



「何よ、買ったの?」


「あぁ」



 アラスティア様が呆れ顔で鼻を鳴らす。

 ――買った? 何を? イヤリングを?

 私は慌てて顔の横にあったエデュアルトの手を掴んだ。そして顔の前に持ってくる。彼の大きな手が握っていたのは、先ほど私がアラスティア様に勧めて却下された花のイヤリング。

 数秒遅れて、ようやくすべてを理解する。

 どうやらエデュアルトがこのイヤリングを私に買ってくれたらしい。



「えぇー! 悪いわ、エデュアルト。代金を……」


「そんな恰好悪い真似をさせないでくれ」


「そうよオリエッタ。勝手に買ったくせにあとから代金もらうなんて、くそほどダサいわよ」



 首を振るエデュアルトと、なぜか彼を援護するアラスティア様。



「でも……」



 尚も渋ると、エデュアルトは優しく微笑んだ。



「俺も普段オリエッタには助けられてばかりだ。その礼ということにしておいてくれ」


「心あたりがないわ……」


「オリエッタになくても、俺にはある」



 エデュアルトは私にイヤリングを握らせる。私は手のひらの中のイヤリングを数秒見つめて――だらしなく緩む口元を自覚した。

 先に店から出ていたはずなのに一体いつ会計をしたのか、だとか、お礼をしたつもりがまた贈り物をもらってしまった、だとか、気になることも気がかりなこともあるけれど、心の内から湧いてきた素直な感情は大きな喜び。大事にしよう、と胸元で強く握りしめた。



「ね、どう?」



 アラスティア様が真珠のイヤリングをつけて顔を覗き込んでくる。彼女の見立ては確かで、華やかな顔立ちに小ぶりの真珠はよく似合っていた。



「よくお似合いです」


「ふふん、あたしの見立てを甘くみんじゃないわよ」



 普段より上機嫌だ。どうやら喜んでくれたらしい。

 専属騎士と女神様と一緒にアクセサリーショップで楽しく買い物をするなんて、一年前は思ってもみなかった。聖女になってから様々な事件に巻き込まれ、順風満帆とはいかない日々を送っているけれど、これ以上なく充実している。

 それもこれもエデュアルトとアラスティア様のおかげだ。心からそう思う。



「ふふ」


「どうした?」


「こういう風に誰かと買い物したこと、今までなかったから楽しくて」



 穏やかな昼下がり、親しい人との買い物。それは人によっては当たり前のことかもしれないけれど、聖女の私には初めての特別な出来事で。



「俺もだ」


「そういや、あたしもね」



 エデュアルトとアラスティア様が顔を見合わせて頷く。

 騎士として忙しくしていたエデュアルト。女神様として人々を見守り続けてきたアラスティア様。彼らも買い物で穏やかな時間を過ごす暇などきっとなかったのだろう。安易に想像がつくからこそ、今この時を楽しんでくれていたらいい、と願わずにはいられない。



「それじゃあみんな一緒ですね。お揃い」



 お揃い。自分で口にした単語に、ますます嬉しくなった。

 一緒が嬉しい。幼い子どものような考えだ。けれどだからこそ、これ以上なく素直な気持ちだった。

 右手にエデュアルト、左手にアラスティア様。三人でいることが当たり前になった毎日が、日に日に愛おしく思えてくる。



「そうだな」


「……まぁ、悪くはないわね」



 エデュアルトは微笑んで、アラスティア様は目線を逸らして同意してくれた。



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