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51:聖女候補生ダニエラ



 翌日、私は聖女候補生の授業が終わる時間を見計らって、候補生寮近くのベンチに待機していた。寮へと帰る候補生たちを見つめながら、その中に見知った顔――ダニエラ様がいないか探す。

 程なくして、金髪青目の聖女候補生が現れた。候補生の中でも一際輝くその姿は見間違えるはずもない、子爵令嬢ダニエラ様だ。

 私はベンチから立ち上がり、ゆっくりとした足取りで近づく。ダニエラ様は両隣に友人と思われる候補生を伴って歩いており、談笑しているその姿に安心した。どうやら無事馴染んでいるようだ。

 友人との間に割って入ることは憚られ、さてどうしたものかと遠巻きに様子を窺っていたら、



「オリエッタ!?」



 ダニエラ様が私の姿に気が付いた。

 青い瞳をまん丸に見開いている彼女に駆け寄る。



「ダニエラ様!」



 私の呼びかけに、両隣の友人がぎょっとした表情を見せた。その表情を見て、自分が今聖女の制服を着ていたことを思い出す。

 突然現れた聖女が、友人の聖女候補生を“様付け”で呼んだら驚くに決まっている。



「ま、まぁ、嫌ですわ、聖女オリエッタ。わたくしのことはダニエラとお呼びになってくださいまし」



 今度は私がぎょっとする番だった。

 ダニエラ様のこんな話し方は初めて聞いた。猫をかぶっていたときもこんなお嬢様口調ではなかったはずだ。もしかして、聖女候補生ダニエラは“そういう”キャラで通しているのだろうか。

 当然他人の目がある前で指摘することはできず、私は話を合わせる。



「ごめんなさい、ダニエラ。大修道院に戻ってきたものですから、どうされているか気になって……」


「まぁ嬉しい! もっとお話しをお聞きしたいわ。よろしければ庭園を歩きませんこと?」


「は、はい、是非」



 若干過剰ともいえるお嬢様言葉に違和感を覚えつつ、もう少し話したい気持ちは一緒だったため、ダニエラ様の提案に頷く。すると彼女は両隣の友人たちにぺこりと頭を下げ、



「ごめんあそばせ」



 なんて優雅な言葉を残し、私の腕を引いて颯爽とその場を離れた。

 連れてこられたのは候補生寮近くの庭園だ。時間帯によっては候補生たちの憩いの場であるここは、しかし今は私たち以外の人影は見られなかった。

 ダニエラ様は周りを十分に警戒してから、庭園のベンチに腰掛ける。



「来るなら来るって先に言えよな、びっくりしただろ」


「すみません、急に予定が空いたもので……」



 口調はすっかり私の知っているダニエラ様に戻っている。



「あの、さっきまでの口調は……」


「お嬢様言葉、完璧だっただろ?」



 ニッとダニエラ様は歯を見せて笑った。なんだかとても楽しそうだ。

 無理をしてお嬢様らしく取り繕っていては疲れてしまうのではないかと心配が胸を掠めたが、楽しんでいるのなら余計な口を挟むつもりはない。きっとダニエラ様なりに、候補生生活を楽しもうと工夫しているのだ。おそらく。



「あんたの話も聞いた」



 更に笑みを深めてそう言ったダニエラ様に嫌な予感がする。十中八九、いい話ではないだろう。

 シスターが反面教師として例に出したのか、はたまた後輩たちに笑われているのか。しかしそのような扱いを受けても納得の劣等生だったため、強く咎めることはできない。



「誰から聞いたのですか?」


「誰からってわけでもないけど……風の噂で、試験に七年間落ち続けた先輩もいるんだって教えてもらった」


「そ、そうですか……」



 前代未聞の劣等生であったことは事実だ、しばらく語り継がれるはず。七年試験に落ち続けた劣等生でも最終的には聖女になれたと、苦労している候補生たちの励みになれたら光栄だと思うしかない。



「大丈夫だ、あんたの名前までは出てないから」



 それはフォローになるのだろうか。

 ううん、と頭を抱えた私の顔をダニエラ様が覗き込んでくる。



「ところで最近はどんなことやってるんだ?」



 その問いかけは、ダニエラ様が候補生生活を楽しんでいることの何よりの証のように思えた。あれだけ聖女になりたくないと言っていたのに、今では前向きに取り組んでくれているのだろう。

 アドリアナ村での出来事は流石に話せないが、それ以外の任務の話をかいつまんで伝える。ダニエラ様はどの話も興味深そうに相槌を打ちながら聞いてくれた。



「へぇ、色んなことやってるんだな。ぶっちゃけあんたと最初に会ったとき、聖火の種火を移すだけ移してもう終わり!? って思ったのに」



 小動物系令嬢を装っていたダニエラ様が、私の楽すぎる仕事に拍子抜けしていたのは流石の私も見抜くことができた。実際簡単すぎる任務であったから、彼女が驚いたのも無理はないけれど。



「顔に出てましたよ」


「聖女って楽勝じゃん! って思ったからな」



 ダニエラ様はあはは、と豪快に笑ったかと思いきや、肩を落とす。



「ま、今は口が裂けてもそんなこと言えないけど……」



 それなりに楽しんでいるようだが、それなりに苦労もしているようだ。

 私の近況は話し終えたため、今度はダニエラ様の近況を聞きたいと問いかける。



「聖女候補生の生活はいかがですか?」


「大変。でもま、思ったよりは楽しい、かな」



 ダニエラ様は空を見上げながら答えた。その横顔に影はない。清々しい表情だった。



「シスターたちにこってり絞られながら、充実した毎日を送ってるよ。聖女にも変な奴けっこーいるし」



 彼女の言う“変な奴”は先ほど一緒に歩いていた二人なのだろうか。どうであれ、友人と呼べる存在ができたのであれば喜ばしいことだ。

 ダニエラ様と同じように空を見上げる。空が広い。燦燦と陽の光が降り注ぐ、晴れやかな一日だ。

 大きく深呼吸をして新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。尽きていた女神の力が補充されているおかげか、昨日よりずいぶん体が軽かった。



「そういやエデュアルトは?」



 ダニエラ様が伸びをしながら問いかけてくる。その際パキ、と彼女の肩が嫌な音を立てたけれど、きっと勉学に励んでいるせいで体が凝り固まっているのだろう。



「今は休暇を取ってもらってます」


「労ってやれよ~ウチが言えた義理じゃないけどさ」



 肘で脇腹を突かれて、私は苦笑する。第三者であるダニエラ様から見ても、私はエデュアルトに迷惑をかけているのだ。

 しっかりお礼しなければ、と改めて気合を入れなおしたところで、ふと思いついた。エデュアルトへのお礼の件をダニエラ様にも相談してみよう、と。



「近々お礼として、食事を奢ろうと思っていてるんですが、何がいいでしょうか。お肉?」


「なんだ、デートするのか」



 ダニエラ様の口から飛び出てきた単語に、一瞬思考が固まった。

 ――デート?

 デートって、あのデート? 逢瀬? 誰と誰が? 私と、エデュアルトが?



「デ、デート!?」



 数秒遅れて大声で繰り返す。無意識だったが、私はベンチから立ち上がっていた。

 見下ろすダニエラ様はきょとんとした表情でこちらを見上げている。



「だって二人きりなんだろ?」



 アラスティア様もいる、とは当然言えないので、若干腑に落ちないながらも小さく頷いた。

 男性と女性が二人で食事、もしくは買い物に出かけることを世間一般ではデートというのだろうか。いやいや、そんなはずはない。デートというのは恋人同士の二人が出かけることであって、私とエデュアルトはただの聖女と専属騎士だ。

 聖女と専属騎士が二人でいることは何も特別なことではない。いつものことだ。



「でも、それを言うなら聖女と専属騎士はいつも大抵二人ですし……」


「それは任務のときだろ。休暇で一緒に飯行くのはまた別じゃん」


「そんなこと……ないと……」


「あるって!」



 ダニエラ様は力強く言い切る。その勢いと自信に、私は押されてしまう。



「……デ、デート……?」



 いやそんな、私はそんなつもりこれっぽっちもなかった。ただお礼の気持ちを伝えられればと思っただけで――そう、きっとエデュアルトも同じ気持ちのはずだ。デートに誘われたなんて思っていない。思っていない……はず。



「服持ってんの?」


「へっ!?」



 ぐるぐる考えているところに問いかけられて、大きな声が出てしまった。

 服? 服って、着る服のこと? それは当然持っている。持ってない人なんていない。――なんて、混乱する頭で考えるばかりで、私は何も答えられない。



「昔から大修道院にいるんだろ? デート用のかわい〜服なんて買う暇あったのか?」



 そこまで聞かれてようやくダニエラ様の質問の真意を理解した。彼女はデートに着ていく服を持っているかどうかを聞いていたのだ。

 十歳で大修道院に入り、七年間候補生として大修道院から出ずに過ごし、つい先日聖女になったばかり。そんな私が持っている服はどれも地味で、とても殿方とのデートに着ていけるようなものではない。

 ――違う、デートではない。デートではないけれど、私があまりに質素な恰好でいたら、隣に立つエデュアルトにも恥をかかせてしまうかもしれない。

 にわかに不安になって、私は何度も首を振った。



「も、持ってないです」


「よっしゃ、貸してやる!」



 ダニエラ様に強い力で手を引かれて、彼女の寮部屋へ連れていかれた。数か月前まで自分も過ごしていた候補生寮に懐かしさを覚えていたら、ダニエラ様は勢いよく自分用のクローゼットを開ける。

 質素なクローゼットの中には色とりどりの美しい洋服が詰め込まれていた。派手過ぎず、しかし華やかな衣服はダニエラ様の趣味なのか、シャイベ子爵が娘に選んだものなのか。どちらにしろ、流石は子爵令嬢と言いたくなるような衣服の数々が並んでいた。

 ダニエラ様はクローゼットの中身を豪快に取り出し、ベッドの上に並べていく。



「あんたは髪が鮮やかな赤だから……落ち着いた感じ? 爽やかな感じ?」



 ワンピース、ドレス、ブラウス、スカート。

 ダニエラ様は私の体に服を次から次へと当てては選別していく。私は促されるままその場で回ったり、カーディガンを羽織ったり、まさしく着せ替え人形と化していた。

 やがて彼女が選んだのは、紺色の大人っぽいワンピース。



「あぁ、いいじゃん!」



 どうやら着ていく服が決まったらしい。私が口を挟む隙は一切なかったけれど、ダニエラ様の方がセンスが優れているのは明らかだ。おとなしく選んでもらったワンピースを着ていくことにしよう。



「髪は? どうすんの? そのまま? 結んでく?」



 普段は結ばずおろしていることが多い。だから変に凝ったことはせず、普段通りでいいかと思ったのだが、ふと脳裏にエデュアルトからもらった髪飾りの存在が過った。

 初任務を終えた後、お祝いでエデュアルトが贈ってくれたものだ。大切にするあまりまだ一度も身に着けておらず、寮部屋の小物入れの中にしまい込んでいる。



「前にエデュアルトからもらった髪飾りがありまして……」


「絶対それつけてけよ!」


「は、はい……」



 あまりの気迫に気づけば頷いていた。

 結局、当日着ていくワンピースともしものときのためにと白のフリルカーディガン、そしてワンピースと同系色のヒールサンダルまで持たされてしまった。当日はこれでばっちり決めろ、とのお達しだ。



「ありがとうございます、お借りします」


「楽しんでこいよ~!」



 エデュアルトとの食事のことをダニエラ様に言わなければ、当日地味なワンピースで行っていたに違いない。着飾らなかったからといってエデュアルトが嫌がるとは思えないけれど、今はダニエラ様に話をしてよかった、と心から思っていた。



(デート……じゃないわよね)



 変に意識すると当日色々とやらかしそうだ。実際はアラスティア様もいらっしゃるし、二人きりではない。ただ日頃の感謝を伝えるだけ。デートでは決してない。

 そう自分に言い聞かせ、意識しないように努めて――その時点で既に意識してしまっているのだということに、私は気づけないでいた。



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