50:休日の過ごし方
大聖女コレット様の執務室から退室し、自室へ戻ろうと中庭を横切っていたときのことだ。
「オリエッタ!」
背後からエデュアルトの声に呼び止められた。振り返れば、彼の銀髪が太陽の光を反射してキラキラと輝いているのが目に入った。
エデュアルトは思い詰めたような表情でこちらに駆け寄ってくる。大聖女様に呼び出しを食らった私を心配してくれていたのだろう。
「どうだった」
「あの、色々ありまして……とりあえず、アラスティア様の存在がコレット様にばれました」
端的に答えると、エデュアルトの表情がいくらか和らいだ。私に落ち度があって呼び出された訳ではないと安心したようだ。
「それで、大聖女様はなんと?」
「アラスティア様を助けるために協力してくださるって。女神ナディリナ様にもお会いしたんだけど、聖地の場所を思い出してくださるみたい」
今度こそエデュアルトは微笑んだ。
「他の女神の協力が得られるんだな、よかった」
「よくないわよ! オリエッタのせいでこれから百年は笑われ者よー!」
てっきりまだ執務室でナディリナ様と言い争っていると思っていたアラスティア様が、どこからともなく現れて苦言を呈する。驚きその場で飛び上がった私とは対照的に、エデュアルトは目の前の女神様を冷めた目で見つめていた。
アラスティア様は私のことをまだ許していないようだ。あれだけ大笑いされたのだから彼女の気持ちも分からないでもなかったが、ばれたものは仕方がないと諦めてもらうしかない。
まさか自分の力で時を遡って、ばれないように細工をする――なんてことは流石のアラスティア様もしないだろう。
「協力を得られるんだったら、笑われ者になるぐらい我慢できるだろう」
「はーっ、あんたらはあの女神どもの性格の悪さを分かってない。今後ことあるごとに擦られるのよ……ふざけんじゃないわよ……一刻も早く力を取り戻すわよ……」
アラスティア様の目が完全に座っている。今回の件は、彼女の心に大きなダメージを与えたようだ。
それにしてもあの女神“ども”ということは、もう一人の女神、ネローネ様も似たような性格をしているのだろうか。もしそうだったら、三女神が集まるととんでもないことになりそうだ。
これからナディリナ様の協力を得て聖地を巡る以上、ネローネ様に会う日もそう遠くないように思う。三女神の邂逅が楽しみなような――恐ろしいような。
「それで、次の任務は?」
「イレーナに渡してしまった女神の力が戻るまで、暫く大修道院でゆっくりしていなさいって。エデュアルトも休暇をとってもらって大丈夫よ」
突然告げられた休暇にエデュアルトは目を丸くした。
喜んでいる様子はない。かといって、不満に思っている様子もない。
先日エデュアルトは「休むのが苦手」とこぼしていた。突然告げられた休暇――それも私の力が戻るまで、だから終わりが決まっていない――にどう時間を潰そうか、頭を悩ませているのだろうか。
「休暇中、大修道院にいても構わないか?」
「え? えぇ、それは大丈夫だけれど……」
実家に帰ったり、どこかに出かけたりしなくていいのかと目線で尋ねる。すると彼は苦笑して、
「あまり、実家に戻りたくないんだ」
小声で答えた。
以前、エデュアルトの実家を訪ねたときのことを思い出す。お母様のマリエッテ様は諸手を挙げて歓迎してくださったが、弟のパウロ様とは気まずい関係のようだった。
一度、きちんと会話の席を設けた方がいいのでは――
心の内に浮かんでしまったお節介な考えに嫌気が差した。
エデュアルトとは仲良くさせてもらっているけれど、家族の付き合いに口を出すのは明らかに度が過ぎている。それに今世の私は、家族との繋がりが希薄だ。今更父と母に会っても、きっとろくな会話すらできない。
そんな私がエデュアルトの家族との付き合いに口を出すことなど笑止千万だ。
様々な言葉と感情を飲み込んで、私は笑顔を顔面に貼り付けた。
「それなら騎士寮に部屋をとっておくわね。外出は好きなようにしてもらって構わないから」
「オリエッタはどうするんだ?」
問いかけられて、私は何も考えていないことに気が付いた。
突然降って湧いた休暇。大修道院にいることで力が回復するようだから、あまりここを離れない方がいいだろう。さて、何をしよう――
「ゆっくりして、勉強して……そうだわ、ダニエラ様の様子を見に行こうかしら」
真っ先に脳裏に浮かんだのは、やさぐれ令嬢ダニエラ様の顔だ。聖女候補生として大修道院に身を置いている彼女の様子が気がかりだった。
しかしそれでは一日程度しか時間をつぶせない。ほかにもっとやりたいこと、しなければならないことはないかと頭を捻り――エデュアルトに改めてお礼をする場を設けよう、と思いついた。
二度の誘拐騒動に悪霊騒動、その他諸々。彼にかけてきた迷惑の数々を思えば、何か高価なプレゼント、もしくは食事を奢るといった行動で、謝礼の気持ちを表さなければ気が済まない。
街に出るとなると大修道院を離れることになるが、半日程度なら許してもらえないだろうか。あとできちんと確認しよう。
「ねぇ、エデュアルト。色々きちんとお礼をしたいから、半日ほど私に時間をくれない? 何か美味しいものでも奢るわ。もしくは、何か欲しいものがあれば……」
私の提案に、エデュアルトは小さく首を横に振った。
「いや、そんな構わない――」
が、しかし、ぴしりと動きを止めたかと思うと、今度は首を縦に振る。
「……うん、そうだな。オリエッタのお言葉に甘えさせてもらおう」
この数秒の間に何がエデュアルトの考えを変えたのかは分からなかったが、提案を受け入れてもらえたことにほっとする。
日程については改めて相談することにした。私が大修道院を離れていいかどうかは一度確認しなければならないし、そもそも何をするか決めていない。それとなくエデュアルトの希望を聞こうとしたが、彼は「なんでもいい」の一点張りだった。
諸々が決まり次第改めてエデュアルトの許を訪ねることを約束して、今日は解散する運びとなった。
「それじゃあ、よい休暇を」
「オリエッタも」
挨拶を交わし、中庭でエデュアルトと別れる。
どうやって溢れんばかりの感謝の気持ちを伝えよう。とりあえず、近場でおいしいお店を探してみようか。プレゼントを贈るなら、普段使いできるようなものを――
自室に戻る足取りは軽く、今にも鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌な自分に、私は気づいていなかった。




