42:森の中の村
――見知らぬ男たちに誘拐された私は、馬に乗せられ森の中を進んでいた。
(大丈夫、アラスティア様なら私の居場所がわかるはず)
前回の誘拐騒動のとき、私の居場所がなんとなく分かったといった旨の発言をしていたことを思い出す。そのときはあまり役に立たなかったようだけれど――場所を聞くより先に、エデュアルトが飛び出したとかなんとか――今回は大いに役立つだろう。
そう自分に言い聞かせ、恐怖で震える指先をぎゅっと握りこんだ。
(……村?)
前方に明かりが見えてきた。進むにつれてどんどん明かりの数が増えていき、その明かりは木で出来た防御壁に取り付けられているのだと気づく。
男たちは入口で私を馬から降ろすと、そのまま村の中へ引っ張り込んだ。途端に大勢の村人たちに囲まれたのだが、彼らは皆、目と眉を吊り上げてこちらを睨みつけている。
「聖女を連れてきたのか!?」
「はやく、こっちだよ!」
男が叫び、女が私の二の腕を強く掴んだ。そしてそのまま引きずられるようにして歩き出す。
多勢に無勢。私には対抗手段足りえる魔力も備わっていない。とにかく今抵抗することは得策ではないと思い、後に続いた。
視界も足元も悪い状況で、何度か前につんのめってしまったのだが、
「グズグズするんじゃないよ!」
その度に女は激高する。
なぜここに連れてこられたのか分からない。彼女たちが一体何者なのかも。ただ一つ分かるのは、この村の人々は私に敵意を向けている、ということだけ。
ある家の前で女は足を止めた。周りの家と比べるといくらか大きく、立派な作りをしている。この村の権力者の家かもしれなかった。
躊躇いを覚える私のことなど気にも留めず、女はそのまま家へと入る。二の腕を掴まれている私も当然彼女の後についていき――リビングと思われる部屋で、ソファに座る一人の女性と対面した。
女性はぐったりとした様子で、ソファの上に積まれたクッションに寄りかかっている。具合が悪いのか肌は青白く、淡い水色の髪という容姿的特徴も相まってとても儚げな印象を受けた。
ぱちり、と閉じていた瞳が開く。こちらを見つめる瞳は、金色だった。
(綺麗なひと……)
今この一瞬、恐怖を忘れてしまうぐらいに女性は美しかった。
「ほらっ、さっさと聖女様の癒しの力とやらでアドリアナ様を治しておくれ!」
ずっと掴まれていた二の腕が解放されたかと思うと、今度は勢いよく肩を押される。よろけた私はそのまま前に倒れこんでしまった。
しかし当然、周りの村人は手を貸してくれるはずもなく。
「あんたらは息子を見殺しにしたんだ、せめてアドリアナ様のことは救ってくれなきゃ」
「何が聖女だ。何が女神だ。救ってくれなかったくせに」
それどころか囲まれて、四方八方から罵倒された。
人質を使って攫ってきた上、乱暴に扱われてある人物を癒せだなんて。あまりに理不尽な物言いに怒りを覚えたが、それ以上に彼らの言葉が気にかかった。
(この村の人々は、聖女と女神を憎んでる……?)
息子を見殺しにした。救ってくれなかった。そう私を蔑む村人の瞳にも声音にも、激しい憎悪が滲んでいる。
一体何があったのだろう。なぜ彼らは、聖女や女神をここまで憎んでいるのだろう――
この世界はナディリナ教を信仰している人がほとんどだ。信仰と言っても、癒しの力を与えてくださる女神様とその使いである聖女の力をありがたがっているようなもので、熱心な教徒はごく僅かだろう。
教団もそれを気にせず、聖女の奉仕活動で対価を求めることは一切ないし、信仰も強要しない。だからこそ、ナディリナ教に反感を覚える者も滅多にいないのだ。
――しかし流石に、反感を持つ者が一人もいないなんてありえない話だろうと思っていた。まさか、こうして対面することになるとは思ってもみなかったけれど。
「彼女と二人にしてください」
ソファに座る女性が静かに告げる。すると私を取り囲んでいた村人たちが、一斉に彼女の方を見た。
「アドリアナ様! 聖女なんかと二人きりなんて、何をされるか……!」
薄々感付いていたことではあるけれど、女性――アドリアナ様とやらは、この村で一番偉いリーダー的存在のようだ。
“アドリアナ様”は興奮する村人たちを落ち着けるようににっこりと微笑んだ。
「聖女は攻撃手段を持ちません。二人で話がしたいのです」
譲らない“アドリアナ様”に村人たちは顔を見合わせ、
「……分かりました」
渋々と言った様子で頷いた。
彼らは私を睨みつけながら退室していく。「アドリアナ様に何かしたらただじゃおかないからな」と熊のようなガタイの男が最後に言い残し、私たちは広い部屋に二人きりになった。
私はソファから立ち上がった“アドリアナ様”を見上げる。彼女は未だ倒れこんだままの私に手を差し伸べた。
「皆に代わって謝罪します。不愉快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
“アドリアナ様”の手を取ると助け起こされ、そのままソファに座らされた。
あくまで表向きではあるが、彼女はまだ話せる相手のようだ。こちらに敵意を向けてくる様子もない。
私はほっとして、“アドリアナ様”なら答えてくれるかもしれない、とほのかな期待を胸に問いかける。
「あの、ここはどこですか?」
早口での質問に、“アドリアナ様”は目を伏せた。
村人の言動から察するに、この村の権力者と思われる目の前の女性は、怪我か病気を患っているのだと思う。それを聖女に治させるために攫ってきたのだろう。聖女の力が必要ということは、呪いか、穢れか、それとも――
私がぐるぐる考えているうちに、“アドリアナ様”は伏せていた視線を上げ、私を見つめた。そして口を開く。
「ここはアドリアナ村。呪いや穢れによって大切なものを喪った人々が、身を寄せて暮らしています」
――呪いや穢れによって、大切なものを喪った人々。
村人たちから向けられた視線を、言葉を思い出す。
見殺しにした。助けてくれなかった。
彼らは女神と聖女を心の底から憎んでいるようだった。激しい怒りをその身に抱えているようだった。彼らはきっと――女神と聖女に救ってもらえなかった人々なのだ。




