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41:大修道院へ…?



 今朝、ガブリエルたちは一足先に大修道院へと戻ることになった。

 私たちはエデュアルトの療養のため、もう一日街に滞在する予定だ。



「今回は本当にありがとう、オリエッタ」


「こちらこそ」



 握手を交わし、微笑みあう。

 とても短い時間でプライベートな時間は持てなかったけれど、こうしてガブリエルと再会できてよかったと心から思う。刺激を受けたというか、身も心も引き締まったような思いだ。

 ガブリエルは私と握手を交わしたまま、私の斜め後ろに控えているエデュアルトの顔を見ようと体を傾ける。



「エデュアルトさんも、本当にありがとうございました。お体、大事になさってください」



 すかさずガブリエルの斜め後ろに立っていたアロイスさんも前に出た。



「エデュアルトさンのような騎士になりてぇから、おら、頑張ります!」



 ガブリエルの前でも訛り全開で話しかけてきたアロイスさんに安堵する。彼はもう、自分の言葉使いを恥だとは思わないだろう。

 解けそうになっていた握手を握りなおすように、ガブリエルの指先にぐっと力がこもる。思わず彼女を見やれば、凛々しい笑みを浮かべていた。



「また会いましょう、オリエッタ。次は私が助けるわ」


「えぇ! またね、ガブリエル」



 そうして馬車に乗り込む彼らを見送り、同期との短くも濃い再会の日々は終わりを告げた。

 彼らが乗った馬車もすっかり見えなくなった頃、私たちは宿屋へ戻るべく歩き出す。その道中、



「すまない、俺のせいで出発が遅れて」



 エデュアルトは本日何度目か分からない謝罪をしてきた。彼は朝からずっと申し訳なさそうにしているのだ。

 たかだか一日出発が遅れる程度、私はなんとも思わないのだが、彼はやけに重く受け止めているらしい。

 私もこれまた何度目か分からない否定の言葉を返す。



「そんなに気にしないで。休みが伸びたようなものだから、私としては得してる気分だわ。むしろ一日で大丈夫? もう少し休んでも……」



 表情を僅かに明るくさせたエデュアルトは首を振った。



「休むのが苦手なんだ。何かしていないと落ち着かない。寝ていられるのも、あと一日で限界だ」


「騎士に向いてるわね。せいぜい馬車馬のように働きなさい」



 リスの姿をしたアラスティア様が私の肩からエデュアルトの肩に飛び乗った。そして耳のすぐ横でケラケラ笑う。一方でエデュアルトは女神様の存在を完全に無視していた。

 これ以上空気が悪くなる前に、とリス姿の女神様を回収する。



「エデュアルト、何か欲しいものがあったら言ってね」



 頷くばかりで、エデュアルトは欲しいものを一切口にしない。欲のない人だ。

 私の肩の上で寝転がるリス姿のアラスティア様を見て、そういえば、と思い出した。彼女は多少力を取り戻し、人間と同じサイズになれると言っていたのに、その姿になっているところをまだ一度しか見ていない。



「そういえばアラスティア様、最近小さい姿のままですね」


「疲れるのよ、あの姿。自分で歩かなきゃいけないし」


「……なるほど」



 いろいろ言いたいことはあったが、口に出せばアラスティア様の機嫌を損ねかねなかったので口を噤んだ。それに私としても、見知らぬ美人を連れてあれは誰だなんだと絡まれるのは避けたい。

 宿屋に戻った後、私はエデュアルトに少しでも休んでもらおうと別室で大人しくしていた。私自身疲労が溜まっていたし、うつらうつらしていたらあっという間に外は暗くなっていて。何もしていないのにあっという間に終わってしまった休日の儚さを痛感した。

 ――そして翌朝、ガブリエルたちと同じように私たちは馬車で街を発った。

 アラスティア様は子猫の姿になり、私の膝の上で大きなあくびをしている。



「次行くところは御言葉の地の近くにしなさいよ」


「私が決められるわけじゃないので……」



 どうやら女神様はなかなか御言葉の地を見つけられないことに苛立ちを感じているようだ。

 その気持ちは十分理解しつつも、聖女が任務先を選ぶことはできないので首を振って応えた。



「アラスティア、オリエッタに無理を言うな」



 エデュアルトが諫めるように言う。瞬間、子猫アラスティア様は全身の毛を逆立ててエデュアルトに襲い掛かる――が、素早く首根っこを掴まれ、彼女の爪がエデュアルトに届くことはなかった。



「前から気になってたんだけど、なんであんたはあたしの名前を呼び捨てにしてるわけぇ!?」


「……失礼しました、アラスティア様」


「何よその顔! 不服そうな顔してんじゃないわよ! 余計腹立つわね!」



 アラスティア様が毛を逆立てて威嚇したときだった。ガタン! と大きな音を立てて馬車が揺れる。



「な、なに!?」



 そして数秒の後、馬車が止まった。

 外が騒がしい。男の怒鳴る声がする。何が起こっているのか具体的には分からない。けれどおそらく、きっと、何かイレギュラーなことが馬車の外で起きている。

 アラスティア様を胸元に抱き込んだ私を、エデュアルトが守るように抱き寄せる。そして彼は剣に手をかけた。

 息をひそめる。扉を注視する。外から聞こえていた話し声が止み、そして、



「いたぞ、聖女だ!」



 見知らぬ男たちが馬車の中に踏み込んできた。

 エデュアルトは迷うことなく大きな体で男たちを押し返し、私を連れて馬車の外に出る。――そこには馬車を囲む十数名の男たちがいた。

 この男たちが誰なのかは全く見当がつかない。けれど聖女わたしを狙って馬車を襲撃したのだろうということは、彼らの口ぶりからして明らかだった。

 剣を抜いたエデュアルトが道を切り開こうと走り出す。私もその後に続こうとしたのだが、すぐにエデュアルトが足を止めてしまった。

 どうしたのかと体を傾けてエデュアルトの目前にあるものを確認しようと試みる。そこには――小さな女の子が立っていた。



「こいつがどうなってもいいのか」



 女の子の喉元に短剣を押し当てている男が笑う。

 突然のことに頭がついていかない。けれど今この場で選択を間違えれば、小さな女の子の命が失われるかもしれない。それだけは避けなければならなかった。



「エデュアルト、剣をおろして!」



 剣を握るエデュアルトの右手に触れる。彼は一度私を見た。どうするべきか迷っている。

 女の子を見捨てることなどできない、けれどここで剣を離せば、男たちの狙いである聖女わたしに危険が及ぶかもしれない。

 エデュアルトの迷いが手に取るように分かって、だからこそ彼の背を押すように銀の瞳を真正面から見つめたまま、ゆっくりと頷いた。そして唇の動きだけで「剣をおろして」と再度伝える。



「……下種が!」



 腹の底から吐き捨てて、エデュアルトは手に持っていた剣を地面に置いた。

 私は男たちを見据える。そして両手を広げた。



「女の子を、先に」



 男は女の子の喉元にあてていた短剣をしまうと、その小さな背を乱暴に押す。よろめいた彼女を抱きとめるように、咄嗟に数歩前に出た。

 胸元に飛び込んできた女の子を抱き止める。服越しのぬくもりに安心してほっと息をついた瞬間、首根っこをぐいと乱暴に掴まれた。



「オリエッタ!」



 エデュアルトが思わず、というように前のめりの体勢になった。今にもこちらに駆け寄ってきそうな彼を止める意味も込めて、抱きしめていた少女の背を彼に向かって押した。そうすれば当然、目の前にやってきた少女をエデュアルトは強く抱きしめる。

 するとすかさず周りにいた男たちがエデュアルトと少女の体を拘束したかと思うと、縄を使って近くの木に縛り付けた。



「へっ、後を追ってこられちゃ困るからな。行くぞ、聖女様」



 そのまま男たちに馬に乗せられそうになる。その際、服の中に潜り込んでいるアラスティア様の存在を思い出した。

 胸元に入り込んでいる子猫は、顔だけひょっこりと表に出している。

 ――私の体に鎖でつながれているアラスティア様なら、離れていても場所が分かるはず。



(アラスティア様、ごめんなさい!)



 心の中で謝って、子猫の首根っこをむんずと掴んだ。そしてできるだけ衝撃を与えないよう、膝を曲げて地面に転がしたつもりだったのだが。



「いったぁ!」



 焦っていたせいもあり、どうしても投げ出すような形になってしまった。

 子猫が上げた悲鳴に青ざめつつ、馬に乗せられた私は叫ぶ。



「エデュアルト、彼女に聞いて!」



 短い言葉で自分が投げ出された意味を理解したらしいアラスティア様は、素早い動きでエデュアルトの許に駆け寄った。運が良いことに、男たちは子猫のことなど全く気にしていない。



「何言ってんだ、はやく行くぞ」



 ――そうして私は、聖女になってから二度目の誘拐をされたのだった。



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