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04:エデュアルト・エッセリンク



 ――呪いで竜の姿になってしまった騎士・エデュアルトが元の姿に戻った。

 何が何だか分からないまま、私は地下牢からエデュアルトの自室に案内された。ふかふかなソファに座らされ、ベッドに寝ている青年をぼうっと眺める。



(何が起きたの……?)



 護衛の方々に何度頭を下げられても、涙目のシスター・イネスに抱きしめられても、私は何も反応を返せなかった。わけがわからない。だって私は泣いていただけで、力を使っていないのに、突然――



「う、ん……」



 ベッドに横たわる青年が唸り声を上げた。私は反射的にベットの横に駆け寄る。

 ゆっくりと青年は目を開ける。長い睫毛に縁取られた瞼の下に隠れていたのは、涙を拭ってくれた竜と同じ、美しい銀の瞳だった。



「君は……」



 掠れた声で呼びかけられる。はい、と返事をしようとして、



「聖女様!」



 バン! と扉が勢いよく開けられた音に、文字通り飛び上がった。

 部屋に入ってきたのはクレマン様だった。彼は私の背中越しにエデュアルトの姿を捉えるなり、パァッと顔を明るくさせる。

 父と息子の再会を邪魔するわけにはいかない、とベッドの近くから離れてその場をクレマン様に譲った。



「父上」


「おぉ、エデュアルト! 元気そうだな、体調はどうだ?」


「まだ多少意識が明瞭ではありませんが……それ以外で特に異常はありません」


「三日も寝ていれば治るな! 何よりだ!」



 感動の再会――というにはかなりさっぱりとした会話を交わすクレマン様と息子エデュアルト。その後すぐにクレマン様は私を振り返り、大股でこちらに歩み寄ってきたかと思うと、力強く手を握られた。



「聖女様! 本当にありがとうございます!」



 鼓膜がビリビリするほどの大声なのは、息子の無事に興奮しているからだろうか。

 私としては自分が助けたという実感は全くなく、しかしクレマン様を前に馬鹿正直に言うこともできないため、ただ曖昧な笑みを浮かべて次から次へと浴びせられる感謝の言葉を受け流した。

 掴まれた腕をブンブンと勢いよく振られて正直痛い。しかし好意百パーセントのクレマン様に離してくださいと言うのは憚られる。どうしよう、と途方に暮れ始めたとき、



「取り込み中にすまない。少し彼女と……聖女殿と話をさせてもらえないか」



 凛とした声が室内に響いた。

 クレマン様はハッとしたように私の手を離して、「では私は一度失礼します」なんてそそくさと部屋から出て行く。その際護衛の方も連れて行ったものだから、部屋の中にはシスター・イネスと私、そしてエデュアルトの三人だけになった。

 少し離れたベッドの上から、エデュアルトは私をじっと見つめる。こうして見ると、彼はクレマン様の若い頃の肖像画によく似ていた。

 銀色の髪は照明の光をうけて輝き、切長の銀の瞳は呪いから解放された直後だというのに生命力に満ち溢れている。その力強い瞳の印象が強く、髪も瞳も色素が薄いが、あまり儚げな印象は受けない。

 ふと、エデュアルトは私に向かって頭を下げる。ベッドに上半身だけ起こして座っている体勢ではあったが、とても深い礼だった。



「改めて礼を言わせて欲しい。君のおかげで俺はこうして元の姿に戻ることができた。本当にありがとう」



 ――やっぱり、私の力のおかげなんだろうか。

 当人のはずなのに誰よりも実感がない。だって力を使った自覚がないのだから。もしかしたら、私の力ではなくてエデュアルト自身の力によるものかもしれない。

 確証も得られないのに誰もが私の力のおかげだと疑いなく信じている状況に、段々と居心地の悪さを感じ始めていた。



「私は何もしていません。正直、本当に力を使ったのかも分からなくて……」



 私はゆっくりと歩み寄りながら首を振る。エデュアルトは近づいてくる私をじっと見つめたまま、何も言わなかった。

 ベッドのすぐ横に立ち、エデュアルトを見下ろす。美しい竜の本当の姿は、とても美しい青年だった。

 ふとベッドの上に投げ出されたエデュアルトの右手に視線がいく。手の甲には、クレマン様の昔の肖像画に描かれていたものと全く同じ形の痣があった。

 ――呪いが解けても、その痣は消えないのか。いいや、あくまで姿が元に戻っただけで、そもそもの呪いは完全に解けていないのかもしれない。



「痣が……」


「人間の姿には戻れたが、呪いが完全に解けたわけじゃない。エッセリンク家にかけられた竜の呪いはとても強いから」



 私に痣を見せるように右手を顔の横に掲げてエデュアルトは苦笑する。眉尻が下げられたその笑みに、どきりと鼓動が高鳴った。

 長身にしっかりとした体格、そして切長の瞳も相まって黙っているときには冷たい印象を受けるエデュアルトだが、笑うと随分と雰囲気が柔らかくなる。騎士というよりお伽話に出てくる王子様のようだった。

 見惚れる私の横に、シスター・イネスが並ぶ。そして迷いのない口調で問いかけた。

 


「エデュアルト様。あなたはオリエッタに共感しませんでしたか?」


「共感?」


「彼女の言動に自分を重ねたり……」



 シスターの問いかけの意図をすぐに理解できず、私は首を傾げる。視界の隅で、エデュアルトが頷いたのが見えた。



「俺は父のように竜の力を使いこなせず、そのことにずっと劣等感を抱いていた。聖女である君の苦労とは比べ物にならないだろうが……涙を流す君に、自分を重ねたかもしれない」



 ――あぁ、なるほど、とようやく私はシスター・イネスの問いかけの理由を察する。

 呪いを解くために大切なのは、呪われた対象と心を通わせること。私の情けない愚痴によって、エデュアルトと心を重ねることができたらしい。

 エデュアルトを横目で盗み見る。彼は眉間に皺を寄せ、瞼を伏せていた。

 一見すると生まれながらに勝ち組のような彼でも、悩み苦しみながら生きているのだと思うと――恐れ多くも親近感が湧いてしまう。この親近感こそが、今回の鍵だったのだろう。



「呪いを解くには、呪われている対象と心を通わせることが何よりも大切です。今回エデュアルト様とオリエッタは、幼い頃からの“劣等感”が心を通わせる“媒介”になったのだと思います」



 冷静に分析されて恥ずかしさを覚える一方でスッキリした。――が、しかし、力を使った自覚がないのにエデュアルトが人間の姿に戻った理由は未だ分からないままだ。もしかするとシスター・イネスは分かっているのかもしれないが、エデュアルトの前でする話ではないだろうと問いかけるのを我慢した。

 物言いたげにシスターを見上げる。すると彼女は笑顔でこちらを見ていた。



「オリエッタ、私たちもそろそろ失礼しましょう。エデュアルト様もお疲れでしょうから」


「は、はい」



 かなり体調は安定しているように見えるが、つい先程まで竜の姿になっていたのだ、当然体力も消耗しているだろう。シスター・イネスに言われるまま私はベッドの近くを離れ、扉へと向かった。

 そこに、背後から呼び止められる。



「また改めて礼をしたい。逢いに訪ねても構わないだろうか」



 振り向けば、じっとこちらを射抜く銀の瞳。真っ直ぐな視線に私はたじろぐばかりで、何も返せなかった。

 そんな私に痺れを切らしてか、隣に立つシスターが代わりに答える。



「えぇ、もちろんです。コレット大修道院にお越しの際は、シスター・イネスをお訪ねください」



 エデュアルトはシスターの言葉に頷き、再び私を見た。

 何か言わなくては、と思う。しかし何を言えばいいのか分からない。

 悩みに悩んで、ようやく絞り出せたのは、



「ど、どうかお大事になさってください」



 あまりに差し障りのない挨拶で。しかしエデュアルトは嬉しそうに目を細めて頷くものだから、なんだかいたたまれなくなって、私は慌てて退室した。

 廊下に出た後、我慢しきれずシスターに尋ねる。



「シスター、心を通わせられた理由は分かりましたが、私はそもそも力を使えなかったのに、どうして……」



 シスターは困ったように笑った後、私の目を見て答えてくれた。



「端的に言うと、オリエッタ、あなたは力を外に出すという行為が……本当に苦手なようですね」



 本当に苦手、という評の前にかなりの空白があったが、きっと彼女は言葉を選んでくれたのだろう。オブラートに包まず言うならば、ド下手、といったところだろうか。



「けれど継承の儀は他の聖女よりも多く行っているの。複数回の継承の儀が全て成功していたとしたら、あなたの中に眠る女神の力は、他の聖女の何倍にもなるのですよ」



 シスターの言い聞かせるような説明に、私は小刻みに頷く。

 彼女の言っていることは理解できる。しかし、自分に他の聖女の何倍も強い力が眠っているなんて信じられない。信じられないけれど――おそらくそのおかげで、私はエデュアルトを救うことができたのだ。 



「とっくに目覚めているのに外に出られない巨大な力が、エデュアルト様と心を通わせたことによってさらに増強して、体内から分泌された体液……おそらくは涙を通してようやく外に出られたのではないかしら」



 思い出す。竜の姿のエデュアルトが、私の涙を舌で拭ってくれたことを。あの涙に、女神の力が宿っていたというのか。



「オリエッタが力を使えるようになったと言うよりは、膨らみに膨らんだ女神の力の方が強引に道を見つけて出てきた……と言った方が近いでしょうね」



 すぐには信じられない話だった。しかしシスターの言葉を信じるならば、全てに納得がいく。

 劣等感を媒介に心を通わせ、女神の力が宿った涙をエデュアルトが拭ってくれたことで、完全に呪いを解くことはできなかったものの、彼は人間の姿に戻ることができた。これが今回の奇跡のような出来事の顛末らしい。

 自分に間違いなく女神の力が宿っていたのだという喜びと、やはり力を使いこなせないのだという落胆と。そんな私の心中を見透かしてか、シスター・イネスは「よかった」と私を優しく抱きしめた。

 


「コレット様は何かきっかけがあれば、あなたの力も目覚めるはずだとずっと考えていらした。だから似たような境遇のエデュアルト様の許にあなたを派遣したのですよ。あぁ、本当によかったわ……」



 全ては大聖女コレット様の狙い通りだったらしい。

 引っ掛かる部分が無いわけではないが、シスターもコレット様も私のために動いてくださったのだと理解している。実際私を抱きしめるシスターは声を震わせているし、私が聖女としての務めを果たすことができて、心の底から喜んでくれているのだろう。

 私はシスターを抱きしめ返して「ありがとうございます」とお礼を言った。特にシスター・イネスにはお世話になった。心配もたくさんかけた。ただただ感謝するばかりだ。

 しばらくシスターに抱きついていたのだが、突然バッと抱擁を解かれる。かと思うと、シスターは満面の笑みで私の顔を覗き込んだ。



「四日後の就任式のために、早く戻らないといけませんね」



 ……就任式?

 突然飛び出てきた単語に私は首を傾げた。



「就任式、ですか?」



 シスターは「えぇ!」と大きく頷く。そして私の手を取り、廊下を歩き出した。



「春からあなたも聖女ですよ!」



 ――何を言っているのか、すぐに理解が追いつかなかった。

 春からあなたも聖女。あなたも、聖女。

 つまり、それって。


 

(ガブリエルと同期になるってこと!?)



 つい先日、去って行く背中を寂しく見つめていた友人の隣に並ぶことになるなんて!

 破門を逃れてまた候補生として大修道院で勉学に励むことになると思っていたのに、まさかこんな展開が待ち受けているとは思いもしなかった。

 春から、私も聖女。……本当に?

 信じられない気持ちで前を歩くシスターを見上げる。彼女は今にも鼻歌を歌い出しそうなほど上機嫌で、「今のは冗談よ」なんて言い出しそうな雰囲気は全くなかった。

 ――あぁ、どうやら本当らしい!

 じわじわと喜びが胸の内から湧いてくる。気づけば、抑えきれない喜びで口角が上がっていた。


 万年聖女候補生のオリエッタ・カヴァニスは、この春から聖女になります!



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