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37:悪霊と妖精



 浄化任務の目的地である街はずれの廃墟は、悪霊が出てきてもおかしくない雰囲気溢れる屋敷だった。

 全く手入れがされていなかったのだろう、両開きの扉を開けると大量の埃が舞った。かび臭い上に焦げ臭い。この焦げ臭さはきっと穢れの臭いだろう。

 エデュアルトが先頭を行き、私はその後に続いた。



「まっ、待ってオリエッタ!」



 ガブリエルが声を震わせて私の背後にピッタリとくっつく。

 怖い話が苦手らしい彼女は、声のみならず全身を震わせていて、私は励ますようにその手を取った。



「大丈夫、手を繋ぎましょう」



 強張った表情で頷くガブリエル。彼女はぎゅっと強く私の手を握って、忙しなくあたりを見回した。

 エデュアルトがこちらの様子を窺うように振り返ってくる。私は吹き抜けになっているエントランスホールの大階段を指さした。穢れの臭いは、二階から漂ってきているような気がする。

 それにしてもかなり立派なお屋敷だ。さぞや名のある大貴族が住んでいたのだろう――なんてぼんやりと考えていたとき、



「誰!?」



 隣のガブリエルが突然叫んだ。



「ど、どうしたの?」



 何が起こったか分からない私に対して、ガブリエルの顔は恐怖に染まっていた。

 目を見開き、しきりにあたりを見渡して――彼女は何かから逃げるように私の手を振りほどいて、走り出してしまう。



「ちょっと、ガブリエル!」


「ガブリエル様!」



 すぐさまエデュアルトがその背を追った。私もそれに続こうとして、ぐっと背後から肩を掴まれる。

 私の肩を掴んだのは、切羽詰まった表情のアロイスさんだった。



「危ない!」



 彼は叫び、私を背後に庇う。――瞬間、エントランスホールの中央に飾られていたシャンデリアが目の前に音を立てて落ちた。

 ガラスが砕け散った爆音が鼓膜を劈く。残響に脳をかき乱されるような感覚に眩暈がした。

 眩暈がしようと割れたガラスで怪我をしようと、何よりもまずガブリエルとエデュアルトの無事を確認するために前に出る。壊れたシャンデリアの向こうに目を凝らし――そこには、“誰もいなかった”。



「――……き、消えた?」



 アロイスさんが唖然と呟く。

 彼の言葉通り、ガブリエルとエデュアルトは消えてしまった。エントランスホールを三百六十度ぐるりと見渡しても、吹き抜けになっている二階の廊下に視線を巡らせても、彼らの姿は見つからない。まさに“消えた”という表現がふさわしい。

 エントランスホールを走りまわり、二人の姿を探すアロイスさんを横目に、私はアラスティア様に問いかける。



「……アラスティア様、これも魔物の仕業ですか? それとも悪霊?」


「さぁ?」



 アラスティア様は手のひらサイズの女性の姿で現れた。

 女神様の姿をアロイスさんに見られないよう、大きな柱の陰に隠れて質問を続ける。



「悪霊っていると思います?」


「妖精が穢れに負けたら、悪霊とやらになるんじゃない? 聖地の守り主も凶暴になるぐらいだし」



 この世界には魔法がある。例えばの話だが、移動魔法を使えば一瞬でその場から姿を消すことができるから、今目の前で起こった現象を霊的な存在が引き起こした超常現象とは断定できない。

 なぜガブリエルたちは姿を消したのか。この屋敷に住むと噂されている女性の悪霊のせい? それとも、悪い妖精のせい? そもそも、妖精は本当にいるんだろうか。分からないことだらけだ。

 少しでも今の状況を論理的に紐解こうと、順を追ってアラスティア様に尋ねる。



「そもそも妖精って本当にいるんですか?」


「いるわよ。妖精ってか、あたしたちの溢れた力が勝手に意志を持った存在だけど」


「……どういうことですか?」


「新しく世界を作るとき、いくらか余裕を持って力を使うのよ。足りないよりは余った方がいいでしょう。その余った力が辺りに漂って、勝手に意志を持って世界を彷徨う。それが妖精」



 嚙み砕くのが難しい話に、私はしばし考え込む。



「……服を作るときに大きめの布を用意して、余った布で小さなぬいぐるみを作るみたいなことですか?」



 私なりに理解しやすく例えてみたのだが、アラスティア様は微妙な顔をしていた。しかし辛うじて頷く。



「まぁ、そうね。服を作り終えて満足してたら、勝手にぬいぐるみもできてるって感じよ」



 それこそホラーのような話だが、余った力が勝手に意思を持つくらい女神の力は莫大なものなのだろう。――時だって、遡れてしまうほどに。



「だから女神側は妖精を管理できないわよ。どこにいるかも知らないわ」



 自分を頼るなと言うようにアラスティア様はそっぽを向いた。

 しかし私は気にせず問いを重ねる。もしこの状況が妖精によって引き起こされたものなら、アラスティア様からしか解決の糸口は見つけられないはずだ。

 穢れによって狂暴化した魔物の仕業であれば単純な話なのだけれど、二手に分かれてしまい戦力が低下している今、色々なパターンを想定しておいた方がいいだろう。――それこそ女性の悪霊の仕業であったのならお手上げだが。



「妖精だとしたら、使っているのは女神の力ですよね?」


「えぇ、そうでしょうね」


「女神の力って瞬間移動できるんですか?」



 どうも女神の力というと癒しの力しか思い浮かばないのだが、私の問いを一蹴するようにアラスティア様は鼻を鳴らす。



「魔物にできて女神にできないことがあると思う? 一通りのことはできるわよ」



 彼女の言い分はもっともで、きっと女神の力にできないことはないのだろう、と思う。世界だって作れてしまうのだ、瞬間移動なんて朝飯前のはず。

 自分の想像力のなさを反省しつつ、ない頭を捻ってこれからどうするべきか考える。しかし考えるばかりで答えが一向に出ない私に焦れたのか、アラスティア様はため息交じりに口を開いた。



「とりあえず穢れの強い場所をあたっていけば? 犯人が魔物でも悪霊でも、穢れの元には何かしらがあるでしょう」


「……そうします」



 アラスティア様はやさぐれ女神だけれど、的確なアドバイスをしてくださる。

 彼女にサポートしてもらってようやく聖女としての体面を保てている自分は、まだまだ一人前の聖女とは言えないな、と苦笑したとき、



「あの、オリエッタ様?」



 背後から声をかけられた。慌てて振り返ると、ガブリエルたちを探すのを諦めたらしいアロイスさんが、怪訝な顔でこちらを見つめている。

 先ほどまでのアラスティア様との会話を聞かれていたら、おかしな独り言を呟く頭のおかしい聖女と思われているかもしれない――と心配しつつ、取り繕うように微笑んだ。



「ごめんなさい! ちょっと今、穢れの強い場所を探していて……ガブリエルたちを攫った何かがそこにいるかもしれませんから」



 目を閉じる。そしてぐるりとその場で一回転し、穢れの臭いの元を辿ろうとした。

 一際臭いが強くなった方角で足を止め、目を開ける。目の前には二階へ続く大階段。やはり穢れの原因は、二階にあるように思えた。

 私は大階段を指さす。



「とりあえず、こっちです」



 アロイスさんは晴れない表情のまま、大階段を上りだした。

 小柄な背中を数歩後ろから眺めながらガブリエルのことを思う。きっと一緒に消えてしまったエデュアルトと二人でいるはずだ。だから大丈夫。そう自分に言い聞かせて、とにかく一刻も早く合流しようと一段飛ばしで階段を上った。



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