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36:悪霊の噂



「お互いのことをよく知らないのに一日中一緒にいて、彼は私のことを命懸けで守ってくれて、とにかく、居心地が悪いの。そもそも性格が合うかどうかも分からない聖女と騎士を、いきなり組ませるのは制度としておかしいんじゃない? それに騎士は大半が男性、聖女は大半が女性だから、自然と年頃の男女が生活を共にすることになるわけだし――」



 ガブリエルの専属騎士という“制度”に対する不満が止まらない。さぞや苦労しているのだとお見受けするが、若干負のオーラを纏っているように見える。

 私は少し離れた場所で、自分の中でおとなしくしている女神様に小声で囁く。



「アラスティア様、言われてますよ」


(専属騎士は聖女が勝手に作った制度よ。あたしはしーらない)



 相変わらず悪びれない女神様だ。しかし今回の件――専属騎士については、彼女の言う通り女神様が関与していたわけではなく、話を振った私が間違いだった。

 今から百三十年前、コレット大修道院が設立され、聖女がきちんと管理され始めた。専属騎士という制度ができたのはそれから数年後のことだ。各地で任務中、魔物に襲われる聖女が多く報告されたため、急遽作られたのだと授業で学んだ。

 しかし急遽作られた制度なだけに、いろいろと曖昧――杜撰なのだ。

 そのまま今日まで来てしまった。専属騎士という職業が名誉ある職業とされなくなり、募集に苦労している今、見直すべき制度であるのは間違いないのだが――おそらくガブリエルは今そんな話をしたいのではない。

 ガブリエルはアロイスさんとの関係に居心地の悪さを感じているようだ。居心地の悪さを感じるということは、単純に親しくないのだろう。それならば、と距離を縮める方法を提案してみた。



「お互いのことを知る場を設けてみたら?」


「ただの仕事上の付き合いよ? プライベートなことを仕事の同僚に話したくないかもしれないじゃない」



 ごもっとも。

 聖女と専属騎士は仲良くすべし、なんて決まりはない。友人のように親しい関係の騎士と聖女もいれば、あくまで仕事上の付き合いだと割り切っている騎士と聖女もいるだろう。ガブリエルとしては、どちらかというと後者のような関係になりたいのかもしれない。

 しかしそうだとしても、一緒にいて居心地が悪い現状は打破しなければならないと思う。



「でも今のままだとお互い疲れちゃわない?」


「私が気を揉んでるだけで、アロイスさんもそうとは限らないし……」



 アロイスさんの様子を思い出す。

 ただ人見知りなだけかもしれないが、それにしては彼も居心地が悪そうというか、過剰に後ろに下がっているように思えた。

 ううん、と頭を悩ませていたところに、「ねぇ」と呼び掛けられる。



「オリエッタはどうやってエデュアルトさんと仲良くなったの?」



 投げかけられた問いに、私はますます頭を悩ませた。

 ベッドに座っているガブリエルの隣に腰かけ、私はどう答えるべきか考える。

 私とエデュアルトの出会いはかなり特殊で、契約の結び方も通常とは全く異なるはずだ。エデュアルトの呪いのこともあまり口外はしたくないし、適当に濁した方がよいのかもしれなかった。

 けれど、ガブリエルは候補生時代にとてもお世話になった友人で。散々助けてもらった彼女の力になりたかった。



「ええっと、色々あったの」



 そう前置きをおいて手短に説明した。

 聖女候補生を破門になる直前、最後のチャンスがエデュアルトの呪いを解くという任務だったこと。幸運にもその任務を達成できたこと。しかし聖女になれても、専属騎士がなかなか見つからなかったこと。そんな私を見かねて、彼が専属騎士になると申し出てくれたこと。

 若干端折った部分もあるが、嘘や誤魔化しを混ぜず、赤裸々に語った。

 話し終え、ふぅ、と小さく息をつく。思いのほか長い時間語ってしまった。



「いいなぁ。お互いに持ちつ持たれつな関係なのね」



 普段より幼い口調でガブリエルは呟く。

 彼女はずいぶんと私に都合のいい解釈をしてくれたようだ。正直今の私とエデュアルトの関係は、持ちつ持たれつというには偏り過ぎている気がする。



「私が一方的に寄りかかってるだけな気もするけれど……」



 最近はエデュアルトの呪いも落ち着いているようだし、聖地巡りで何かと迷惑をかけてばかりだ。反省しなければ。

 ――そのとき、気がついた。ガブリエルも今の私と同じように、専属騎士に対して負い目を感じているのだ、と。

 私はありがたいことにエデュアルトと気軽に話せる関係だから、直接謝ることができる。心の中に芽生えた負い目や罪悪感、反省といった感情を本人に伝えて、時には彼自身の手でその感情を拭ってもらうことができる。

 けれどガブリエルはアロイスさんに伝えることができず、一人で心の内に抱え込んでいるのだ。最初は小さな罪悪感だったはずが、どんどん降り積もっていき――



「ねぇ、お礼や謝罪をこまめに、アロイスさんの顔を見て伝えてみたらどうかしら?」



 気づけばそんな提案が口から飛び出ていた。

 ガブリエルは優しい聖女だ、助けられれば当然お礼を言うだろうし、何か迷惑をかければ謝罪するだろう。けれどそのときの彼女はきっと、アロイスさんの顔を見てはいない。



「助けてくれてありがとう、迷惑をかけてごめんなさいって、しっかり顔を見て伝えるだけでも違うと思うの。ガブリエルの心情的にも」



 ガブリエルは蜂蜜色の瞳を丸くして私を見ていた。

 私の拙い説明ではピンと来ていないようだ。いや、もしかしたら「そんなこととっくにしてるけど?」なんて思われているかもしれない。

 偉そうなことを言ってしまった、と途端に羞恥心が湧いてきて、私はガブリエルに謝罪した。



「ご、ごめんなさい、偉そうなこと言ってしまったわ」



 ――その瞬間、これ以上ないタイミングで部屋の扉が叩かれた。

 私はガブリエルの視線から逃れるように、ベッドから立ち上がって扉の前に立つ。そして「どなた様ですか」と扉越しに問いかけた。



「俺だ、エデュアルトだ」



 予想していた通りの答えが返ってきて、私は勢いよく扉を開けた。するとパンなどが入っているバスケットを手に持ったエデュアルトが、私を手招く。

 彼の手招きに応じるように一度廊下に出て、後ろ手に扉を閉めた。



「ガブリエルさんは何か言っていたか?」



 どうやら彼もガブリエルとアロイスさんの関係を気にしているようだ。

 私は一度振り返って――扉を閉めてしまったのだから、振り返ったところでガブリエルの姿が見えないのは分かっていたけれど――それから答える。



「ガブリエルはアロイスさん……専属騎士との距離感を図り兼ねてるみたい」



 エデュアルトはこちらにバスケットを差し出してくる。それを受け取ると、彼は「分かった」と頷いた。



「俺もアロイスさんにそれとなく聞いてみるよ」



 どうやらアロイスさんのフォローまでしようとしてくれているらしい。

 ありがたい気持ちと、申し訳ない気持ちで頭が上がらない。

 エデュアルトはつくづく貧乏くじを引いたと思う。私の専属騎士にならなければ、しなくていい苦労が山ほどあっただろうに。

 聖女の体に閉じ込められている女神に振り回され、首を突っ込んで勝手に誘拐された聖女を探し、今度は聖女と専属騎士の関係改善に頭を悩ませている。

 私がエデュアルトの立場だったら、とっくの昔に契約を解除していることだろう。



「余計な面倒をかけてしまってごめんなさい」


「気にしないでくれ。俺が勝手に首を突っ込んでいるだけだ」



 それなのに、エデュアルトは穏やかに笑ってくれるから。

 彼も「家から出るために」という打算の元、専属騎士になった。それを咎めるつもりは毛頭ないし、それどころか、専属騎士という立場になりたいだけだったら、私ではなくもっと優秀な聖女を探した方がいい、と思うのだ。それこそ、ガブリエルのような――

 しかしそれを私から言い出すのは、エデュアルトに対して失礼なように思う。それに、言い出す勇気もなかった。

 ――私のような聖女と契約を結んでくれる騎士は、エデュアルト以外にきっといない。

 去っていくエデュアルトの後ろ姿を眺めながら、己の幸運を噛みしめる。彼に出会えたことで、今世の運をすべて使ったと言われても驚かない。

 私はバスケットを持って部屋に戻った。そしてお腹がすいていたらしいガブリエルと食事を共にした。

 食事中の会話は、意図して専属騎士の話題を避けた。候補生時代に話していたようなくだらない雑談で笑って、はしゃいで、思い出話に花を咲かせて――過去に戻ったと錯覚してしまうような、懐かしい夜を過ごした。



 ***



 翌日、目的地である廃墟に向かうべく朝食をとった後、宿屋を発った。

 その際宿屋の女将さんに地図を見せて、廃墟がある方角を確認したのだが、



「幽霊屋敷に行かれるんですか……どうかお気をつけてくださいね」



 彼女の口から出てきた単語に、四人そろって首を傾げた。



「幽霊屋敷?」


「ご存知ありませんか? 夜になると女性の悲鳴が聞こえるんだそうですよ。昔あの屋敷で亡くなった女性が悪霊となって彷徨っているとか……」



 ――そんな、前世で腐るほど聞いた怖い話のようなことがあるのだろうか。

 この世界の人々はどちらかと言えば、霊的なものを信じる傾向にある。女神や妖精といった存在を多くの人々が信じているからこそ、悪い力を持つ妖精――悪霊がいてもおかしくない、といった考えのようだ。

けれど悪霊はあくまで悪い力を持つ妖精であり、死んだ人間が化けて出る、というような怖い話はあまり一般的ではない。人間は死んでも妖精にはなれないのだ。

 だから女将さんの話を聞いたとき、怖いよりも先に珍しいな、と思った。そしてガブリエルに同意を求めようと思って――横の彼女が、真っ青な顔をしていることに気が付いた。



「……ガブリエル、大丈夫?」


「だ、大丈夫じゃないかもしれない……」



 問いかけておいてなんだが、本人の申告通り、真っ青な顔で体を震わせているガブリエルは大丈夫そうには見えない。

 関係が微妙な聖女と専属騎士、そしてその聖女は怖い話が大の苦手で――

 果たして無事に今回の任務を終えられるかどうか、不安になってきた。



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