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24:聖女の説明会



 到着したシャイベ子爵邸は、貴族の屋敷にしてはとても質素な建物だった。作り自体はしっかりとして見えるが豪華絢爛な調度品は一切見当たらず、出迎えて下さった子爵の服装も、大修道院で見かけたときとは打って変わってかなり装飾が抑えられたシンプルなもので。



「聖女オリエッタ様、ご足労いただき誠にありがとうございます」


「と、とんでもございません!」



 子爵直々に頭を下げられて恐縮してしまう。ぶんぶんと首を振ったとき、揺れる視界の中で“それ”を見つけた。

 シャイベ子爵の後ろに、金髪の少女が隠れるようにして立っている。彼女が噂の“前世持ち”ご令嬢だろうか。

 私はお顔を見たい一心で、身を傾ける。すると子爵は私の意図を察したのだろう、自分の後ろに隠れていた娘の背を押し、挨拶をするように促した。



「娘のダニエラです。よろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いいたします……!」



 緊張からなのか、涙目でぷるぷると震えるご令嬢――ダニエラ様は、リスやウサギといった小動物を思わせる可憐さだった。

 美しい金の髪は見るからに柔らかそうで、青の瞳は零れ落ちてしまいそうなほどに大きい。小さな鼻も、色づく唇も、その顔を構成するパーツすべてが完璧で、まさに絵に描いたような美少女だ。

 お父上よりも多少豪華でボリューミーなドレスに身を包んでいるが、それでも細い。こんな繊細そうなお嬢様が大修道院で暮らせるのか、出会ったばかりの私ですら不安に思ってしまい、何度もシスターに頼み込んだシャイベ子爵の気持ちがわかるような気がした。



「護衛としてこちらのホルガーが同行しますが、どうかお気になさらず」



 私がダニエラ様に見惚れているうちにどこから登場したのか、まるで壁と錯覚してしまいそうな大男が子爵のすぐ横で会釈した。大きな体、顔に刻まれた複数の傷。見るからに強そうで、子爵令嬢を守る護衛として頼りになりそうだ。

 挨拶を交わした後、聖女としての仕事をダニエラ様に見せるべく、教会へ向かうことになった。

 この街の教会は一回街を出て、近場の森を抜ける必要がある。森と言っても教会までの道はしっかり舗装されており、決して険しい道のりではない。

 協会への道すがら、私はダニエラ様に今回の任務の説明を行う。



「私に今回与えられた任務は、聖火の種火を運ぶことです」


「聖火の種火……?」



 こてん、と小さく首を傾げた彼女に、胸の奥から庇護欲が湧き上がるようだった。

 ほら、と説明をする自分の声が、いつもより優しい。



「教会に聖火があるでしょう? その火が絶えないよう、定期的に種火を大修道院から運んでいるんです」


「なるほど……」



 聖女以外の人からしてみれば、聖火なんて気にしたこともないだろう。そもそも熱心な信者以外、あまり教会に足を運ぶこともないはずだ。エデュアルトだって最初はよくわかっていない様子だった。

 あっという間に森を抜け、私たちは教会に到着した。司祭様にご挨拶し、さっそく聖火に近寄る。そしていつも通り、ランタンから種火を聖火へ移した。



「……おしまい、ですか?」



 拍子抜けしてしまったような、そんな声だった。

 こんな数秒で終わってしまう任務、拍子抜けするのも当然だ。苦笑しながら頷く。



「はい。今日はとても簡単な任務ですから」



 その後、司祭様のご厚意で、教会の一室をお借りしてダニエラ様とお話することになった。屋敷よりも教会の方がより聖女の生活に近い場所だから、何かとイメージが付きやすいと思ったのだ。

 説明会を始めるなり、ダニエラ様は矢継ぎ早に質問を投げかけてきた。やはり気になることは多いのだろう。



「あのぅ、大修道院での暮らしは、どのような一日なんですか……?」



 一限が九時に始まるから、それまでに朝食を摂り、支度を済ませればいい。人によって起きる時間はまちまちだ。

 その後夕方まで聖女になるための授業を受けて、夕食、お風呂を済ませ、明日に備えて各々好きな時間に寝る。消灯時間は十時に設定されているが、シスターが回ってくるようなことはなく、自己責任だ。夜更かししても翌日遅刻しなければ、深く追求はされない。

 休日は週二日。前世の学生生活とあまり変わらない毎日だ。といっても娯楽は本ぐらいしかない。大修道院もよっぽどの理由がなければ出られないし、私はもっぱら自習をしていた。

 窮屈な生活ではあるが、寮での暮らしは長くてもせいぜい二、三年。我慢できなくはない。七年もいた私が異常なだけだ。



「聖女になるための試験は、一体どのような……?」



 試験は年に二回、基本的には筆記と実技の試験が行われる。それぞれに合格点が設定されていて、クリアできれば聖女としてデビューできるのだ。

 ――私の場合は、色々と特殊だったけれど。



「あの、これは個人的に気になっていることなんですが……専属騎士はどうやって決まるのですか?」



 常に教団が世界中から専属騎士の募集者を募っていて、今度デビューする聖女の情報を募集者に伝える。そしてこの聖女の専属騎士になりたい、という立候補者が現れるのを待つのだ。本人同士の面談等は行われず、教団側がそれぞれの適正や性格を考慮し、決める。

 過酷な労働環境であるから、聖女側よりも騎士側に決定権がある。彼らが自分から立候補しなければ、専属契約が勝手に結ばれることはない。



「でもそれって、聖女側は騎士を選べないってことですよね?」



 鋭い突っ込みに私は押し黙る。確かにその通りだ。

 なんだか先ほどまでの小動物感が薄れているようなダニエラ様に、私はごまかすように笑う。



「でも、合わないと思えばすぐに契約を打ち切ることもできます。ずっと同じ騎士と契約を結んでいるという聖女の方が稀なようですよ」



 ちらり、とダニエラ様の視線がエデュアルトに向けられた。



「オリエッタ様は、何人目なんですか?」



 なんだか不貞を追及されているような物言いに居心地の悪さを感じつつ、首を振る。



「私の専属騎士は今のところ彼一人です。私はあまり優秀な聖女ではありませんから、彼以外に立候補してくれる騎士がいらっしゃらなくて……」



 あはは、と笑う。横顔にエデュアルトからの視線を感じていたが、その視線に込められた意図は分からなかった。自分を卑下するようなことを言うな、なのか、はたまた全く違う主張なのか。

 一通り説明を終えたところで、ダニエラ様はふぅ、と息をつく。



「ありがとうございました。あの、少し席を外しても構いませんか……?」



 ちらり、と出入り口のドアに目線をやるダニエラ様。きっと気疲れしたのだろうと思い、私は頷いた。

 すると彼女は護衛のホルガー様を連れて部屋から出ていく。――と、机の上に、高価そうなハンカチーフがぽつんと置いていかれていることに気が付いた。

 思わず手を伸ばす。ハンカチの隅にはDの刺繍。間違いない、ダニエラ様のものだ。

 戻ってくるのだし、このまま待っていようか――と思ったが、お手洗いに行っているのなら困っているかもしれない、と席を立つ。



「届けてくるわ」


「俺も行こう」



 有無を言わさない口調でエデュアルトが言う。別に大丈夫なのに、と思いつつ、彼はすっかりついてくる気満々のようだったので、強く断ることはしなかった。

 教会はどこもある程度似たような作りをしている。だから長い廊下の突き当りには、おそらくお手洗いが――



「はーっ、やってらんねー」



 響いた声に、反射的に身を隠した。

 ――今の声、誰?

 私は曲がり角から恐る恐る顔を覗かせる。まず視界に入ってきたのは見間違えようのない大男・ホルガー様。彼はその場に膝をついていた。なぜ廊下の影でそんな恰好を、と疑問に思ったとき、立てられた膝の上に、一つの人影が座っていることに気が付く。

 その人は、金髪の美しい髪を乱暴に揺らして、



「聖女なんてなりたくないっつーの」



 そう吐き捨てた。

 ホルガー様がいた時点で、もう一つの人影には予想がついていた。しかし乱暴な口調とその人物を結びつけるのに、ポンコツな私の頭は数秒時間を要してしまい――



『親近感湧くわね、あのやさぐれ具合』



 アラスティア様が何やら楽しそうに言ったときに、ようやく理解できたのだ。

 ホルガー様の立てた膝を椅子にして、聖女なんかなりたくないと吐き捨てた金髪の女性が、あの小動物系令嬢ダニエラ様だった、ということを。



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