19:森の浄化
翌日、さっそく穢れの浄化を行うべく、森へと繰り出した。
穢れのせいか森全体がどんよりしているように見えて、生唾を飲み込む。ドジをしてフィロメナ様たちやエデュアルトに迷惑をかけないようにしなくては。
フィロメナ様は私を元気づけるように明るい口調で指示を出してくれる。
「まずは穢れの強い場所を探そう。異変を見つけたら教えてくれるかな」
異変――つまりは穢れのことなのだろうけれど、私に見つけられるだろうか。
不安に思いつつも頷く。そして森の入口から一歩踏み出した、そのときだった。
『こっち、焦げ臭いわよ』
肩にとまっていた小鳥――アラスティア様がくちばしと羽根をつかってある方向を示す。さすがは女神様、呪いだけでなく穢れにも鼻が利くらしい。
正直私はヒントをもらっても全くピンとこなかったが、アラスティア様が示した方向を同じように指さして、フィロメナ様に伝える。
「あ、あの、こっちからそんな雰囲気が……」
「本当? 気づくの早いね」
フィロメナ様は驚いたように青の瞳を丸くして、しかし私の言葉を疑うことはしなかった。私が指さした方向へと進路を変え、ある程度歩いたところで「あぁ!」と何かを感じたらしい。笑顔で振り返る。
「本当だ! すごいね、わたしは気づかなかったよ」
――私はまだ何も感じ取れていません。
口元まで出かかった言葉を飲み込んで笑顔でごまかす。アラスティア様のおかげでお役に立てた。自分の力ではないし、女神様に手を貸してもらうのはずるいような気もするが、ずるくてもなんでも、浄化を最優先とするべきだろう。
ふとフィロメナ様が木の元にしゃがみ込んだ。そこに何かあるのかと注視すると、なんとなく、根本のあたりに靄が漂っているような気がする。目の錯覚だと言われたらそうかもしれないが――もしかするとあれが穢れなのだろうか。
フィロメナ様が根本に手をかざす。そして目を伏せ――ほんの一瞬、根本が光った。
「これでよし……。ありがとう、オリエッタさんのおかげだ」
浄化が終わったらしい。笑顔でこちらを振り返ったフィロメナ様に、私は首を振る。
「お役に立てたのなら何よりです」
実際役に立ったのは私ではなくアラスティア様だ。それでもお礼を言われると嬉しい。知らず知らずのうちに頬が緩んでいた。
再び歩き出したフィロメナ様の後ろについて、彼女に聞こえないようアラスティア様にそっとお礼を言う。
「ありがとうございます」
『フフン』
アラスティア様もまんざらでもないようだった。愛らしい小鳥の姿をしているのも相まって、かわいいな、なんて不敬なことを心の中で思う。
その後も女神様のお力をお借りして、穢れを見つけていく。アラスティア様に教えてもらっているうちに、徐々にではあるが私もだんだん穢れが発している“嫌な感じ”が分かってきた。
穢れは焦げ臭い臭いを発し、近づくにつれて耳鳴りがする。もしかすると呪いも似たような臭いを発していたりするのだろうか。ほんの少しだけ、アラスティア様が呪いを“竜臭い”、“ねずみ臭い”と表現したくなる気持ちが分かった気がした。
穢れが強い場所にいると、耳鳴りに頭痛までしてきて体調に支障を来たしてしまいそうだ。だからフィロメナ様の手早い浄化はとてもありがたかった。きっと彼女はとても優秀な聖女なのだろう。
私は穢れの場所を探しながら、浄化では全く役立たないため、フィロメナ様の身の回りの雑用を買って出た。
「フィロメナ様、裾が汚れてしまいます」
しゃがみ込むフィロメナ様の制服の裾を持ち上げるのが最初に見つけた仕事だ。
純白の制服に土がつくとかなり目立つ。洗うのも大変だろう。
「フィロメナ様、お水はいかがですか?」
疲れた様子の彼女にすいとうを差し出す。そうすればフィロメナ様は笑顔で受け取った。
森の穢れはあちこちに点在していた。浄化しても浄化してもなかなか終わりが見えない。足場の悪い森の中を散策するだけで私は疲れているのに、浄化までしているフィロメナ様は更に疲労が溜まるだろう。
五つ目の穢れを浄化したところで、フィロメナ様は額の汗を拭った。私はすかさずタオルを持って声をかける。
「フィロメナ様」
タオルを差し出せば、苦笑しつつフィロメナ様は受け取った。
「オリエッタさん、そんな雑用みたいなことしなくていいんだよ?」
「私は学ばせて頂いている身ですので……」
恐縮するように首を振る。実際、一人で浄化するより気疲れするだろう。それにできることを率先してやろうとして雑用を自ら買って出るのは、もはや私の癖だ。
気にしてくださるフィロメナ様のお優しい心に感動していたら、背後からため息が聞こえた。慌てて振り返る。するとテオバルドが腕を組んで、じっと赤の瞳でこちらを見ていた。
「フィロメナもかつては似たような立場だったが、貴女のように萎縮してはいなかった。学ぶことは恥ではないだろう。聖女であれば胸を張って堂々としてはいかがか」
「う、は、はい」
鋭い声で言われて、私は肩を縮こまらせる。エデュアルトがひどいことを言われた時には恐怖より怒りが先に立ったものの、いざ自分に言葉を向けられると怯えてしまう。単純にエデュアルトと比べてテオバルドは顔つきが怖い。そのせいか迫力もある。
怯える私を見てか、すかさずフィロメナ様がフォローするように口を挟んだ。
「ごめん、これでも鼓舞してるつもりなんだ、こいつ」
初対面の印象を引きずってしまいテオバルドの言葉を素直に受け入れがたいものの、確かに励ましていると思えなくもない言葉だった。実際目つきは鋭いが、睨んでいる様子はない。私が過剰に怯えている面もあるだろう。
『ねずみに呪われてる騎士なんか、大したことないわよ』
アラスティア様が耳元で囁いた。励ましのつもりかは分からなかったが、確かにこんな偉そうなのにねずみに呪われていると思うと、ほんの少し笑ってしまいそうになる。
恐怖が柔らぎ、私はテオバルドに向き直ることができた。そして小さくお礼を言う。
「い、いえ、あの、ありがとうございます」
彼がエデュアルトに言った言葉は許せない。けれど聖女ならば堂々としているべき、という言葉には同意できた。
私たち聖女はナディリナ教を背負って立っている。自信がなくても、たとえ虚栄であっても、人々の前で情けない姿を見せてはいけない。
女神の力の扱い方はもちろん、聖女としての在り方を、フィロメナ様をはじめとした先輩聖女に学ばせてもらおう。そしてどれだけ時間がかかったとしても恥ずかしくない聖女になるのだ。間近で先輩聖女の仕事を見られる貴重な機会を、無駄にはできない。
改めて気合を入れなおしたところで、先ほどからずっと黙っているエデュアルトの様子が気になった。少し離れた場所にいる彼をちらりと横目で見る。
(ちょっと怖い顔してる……)
銀の瞳はどこか冷たい色をしていて、私は不安になる。
きっと今、自分の中の竜の呪いに引きずられないよう、抑え込もうとしているのだろう。力になれない自分をもどかしく思った。




