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17:先輩聖女と専属騎士



 ――馬車で揺られること、数日。ようやくたどり着いたのは今回の任務先である村・ネガラ。森に囲まれた小さな集落だが、この辺りにしか群生していない希少な薬草があるとかで、確固たる資金源があるため建物一つ一つは立派な作りをしている。

 あの日、別の聖女の補佐を任命された私は、聖地の場所を聞き出すタイミングを完全に逃してしまい、気づけば馬車に乗っていた。何度も馬車を乗り換え、ときには山道を自分の足で歩いたりして、やっと到着したネガラ村。ここで今回、私が補佐する聖女が待っているようだけれど――



『すっごい田舎ねぇ……』



 私の肩に止まっていた小鳥が囀る。失礼なその物言いに、私は思わず小鳥――に姿を変えた女神様の名前を小声で呼んだ。



「アラスティア様!」


『まっ、聖地っていうのはこういうところにあるモンなの。あんたが聞きそびれちゃったことだし、後で探してみましょ』



 どこ吹く風でアラスティア様は言う。

 気まぐれな女神様に振り回されてこぼれそうになるため息を飲み込んだ。女神様という単語に抱くイメージはもっとこう、高貴な存在で、慈愛の心に溢れていて――なんて、ぶつぶつ考えていても仕方ない。

 そうですね、と頷いてから、はたと思い至った。聖地の場所をアラスティア様は知らないのだろうか? そもそも聖地がどのような場所なのかいまいち分かっていないが、女神様に関係のある地なのは確かだろう。

 小声で小鳥に問いかける。



「聖地の場所、アラスティア様はご存じないんですか?」


『忘れちゃったわ。もう何千年も前のことだし』



 ――ポンコツ。一瞬脳裏に浮かんだ単語は瞬時にかき消した。

 何千年という永いときを生きる女神様にとっても、聖地の存在なんて遥か昔の記憶なのだろう。それに忘れたと本人が言う以上、これ以上追求することはできない。

 会話を切り上げて、私はあたりを見回す。聖地を探す以前に、今回与えられた任務にきっちり取り組まなくては。そのためにも、まずは聖女フィロメナ様と合流しよう。

 目立つ聖女の制服を目印に目的の人物を探していたら、エデュアルトが声をかけてきた。



「オリエッタ、合流する予定の聖女の名は――」


「フィロメナ・エラン、だよね?」



 初めて聞く女性の声が背後から割って入ってきて、私はその場で飛び上がる。

 慌てて振り返れば、美しい黒髪の女性がにっこりと笑って立っていた。――聖女の制服を着ている。間違いない、彼女こそが今回私が補佐につかせてもらう聖女・フィロメナ様だ。



「オリエッタ・カヴァニスです! よろしくお願いします!」



 ふふ、と笑うフィロメナ様は美しい女性だった。長い黒髪をハーフアップにしており、純白の制服も相まって良家のお嬢様のような出で立ちだ。

 数秒ぼうっと見惚れてしまい、彼女の青の瞳が私の隣のエデュアルトに向けられたことにハッと我に返る。



「こ、こちらは私の専属騎士を務めてくれているエデュアルト・エッセリンクです」



 エデュアルトの紹介が終わったところで、フィロメナ様はこちらに右手を差し出してきた。握手を求められているのだろうと思い、両手で握り返す。柔らかく、細く、美しい手だった。



「よろしく。わたしはフィロメナ・エラン。こっちは専属騎士のテオ」



 そこでようやくフィロメナ様の後ろに控えていた専属騎士の存在に気が付いた。

 テオと紹介された彼は、派手な黒と赤の鎧を見事に着こなした、これまた派手な美形だった。鎧のカラーリングと同じ黒の髪を揺らして、赤の瞳でエデュアルトを睨む。……睨む?



「エッセリンク……竜に呪われた家系か」


「な――!」



 挨拶もなしにかけられた言葉に、私は目を見開いた。

 エデュアルトを愚弄されて、瞬時に頭に血が上る。初対面だということも忘れて食って掛かろうと一歩踏み出した瞬間、フィロメナ様が大声を上げた。



「テオ! 出会い頭になんて失礼なことを――!」



 フィロメナ様が素早く叱責してくださったおかげもあり、冷静な思考が戻ってくる。いくら失礼なことを言われたと言えど、名前もまだ知らない騎士に怒鳴り散らすところだった。

 それでもまだ収まらない怒りを抱えて、エデュアルトの様子を窺った。――と、一瞬息が止まる。彼は初めて見るような、とても冷たい瞳をしていた。



「事実を言ったまでだ」



 態度を改めるつもりのないらしい専属騎士に、フィロメナ様は大きくため息をつく。かと思うとエデュアルトにくるりと向き直り、大きく頭を下げた。



「本当に申し訳ございません、エデュアルトさん。よく言って聞かせますので……」



 聖女にこうも真正面から謝られてしまっては、こちらとしても強く言うことはできない。頭を下げるフィロメナ様の後ろで腕を組んでいる専属騎士に思うところがないと言えば嘘になるが、許すか許さないか、それはエデュアルト本人が決める問題だ。

 私は何も言わずエデュアルトを見た。彼は数秒、冷たい瞳のまま頭を下げるフィロメナ様を見つめていたかと思うと、にっこりと笑みを顔に“貼り付けた”。そして聖女に「お気になさらないでください」と声をかけた後、自分から専属騎士へ近づく。



「ギネシア王国、カンデラリア辺境伯の三男テオバルド様。凄腕の騎士というお噂は存じ上げております」



 右手を差し出しながら、そう挨拶した。

 ――カンデラリア辺境伯の三男、“テオ”バルド。フィロメナ様は名前しか紹介しなかったが、エデュアルトはかねてからの知り合いなのだろうか。もしくは、テオバルドが有名人なのかもしれない。

 なぜならエデュアルトは、辺境伯という単語を口にした。



(王国の辺境伯の息子ってすごい方なんじゃ……)



 ギネシアは南に大きな領土を持つ大国だ。その国の辺境伯ということは、広大な領地を持つ有力貴族に違いない。そんな大層な生まれの方が専属騎士だなんて、正直驚きだ。

 テオバルドはチッ、と舌を打ってエデュアルトの手を見下ろしたかと思うと、



「人語を話す獣が易々と我が家名を口にするな」



 彼の手を乱暴に叩いて、再び腕を組んだ。そのあまりに横暴な態度に、思わず眉間に皺が寄る。しかしエデュアルトの顔に張り付いた笑顔が崩れることはなかった。

 ――仲良くするつもりは到底ないらしい。

 エデュアルトの呪いのことを知っていたテオバルドに、愛称と容姿から彼の身分を割り出したエデュアルト。やはり以前からの知り合いと考えるのが自然だろうか。



「テオバルド!」


「……フン」



 フィロメナ様が再び咎めるように名前を呼ぶ。しかしテオバルドは全く気にしない様子で、ふい、と顔ごと視線を逸らした。

 その様子だけ見ると反抗期の息子と母親のようで微笑ましいのだが――今回お世話になる身であっても、エデュアルトを愚弄したことには怒りを覚える。



「本当に申し訳ありません」



 しかし何度もフィロメナ様に頭を下げられてしまうと、怒りよりも彼女への同情が湧いて出てきた。専属騎士がこうも他人に攻撃的では、フィロメナ様も苦労されるだろう。なぜこんな騎士と専属契約を――とまで考えて、いけない、と頭を振った。

 第一印象が最悪だからと言って、必要以上に他人を貶めてはいけない。苦手だと感じた人物とは必要最低限かかわらない。これが一番平和だ。

 繰り返しエデュアルトに謝罪するフィロメナ様に、テオバルドは流石に罪悪感を抱いたのだろうか、いくらか柔らかい口調で声をかける。



「キミが頭を下げることはない」


「おまえの無礼を謝ってるんだよ!」



 ――が、しかし、逆効果だったようだ。

 フィロメナ様はたれ目がちの青の瞳を更に釣り上げて、テオバルドをひどく叱責した。その勢いは怒りを覚えていた私でも、さすがに止めに入ろうかと悩むほどで。

 極めつけに、彼女はこう叫んだ。



「その態度を改めないようなら、明日にでも専属契約を切るから!」


「なっ!?」



 その言葉には流石のテオバルドも焦りを覚えたようで、あからさまに慌てだす。そして弁明をするためか、フィロメナ様の顔を覗き込もうとして、逸らされた目線に更に慌てる。その様子は正直微笑ましかった。



(仲良さそう……)



 目を合わせたいテオバルドと絶対に目を合わせたくないフィロメナ様の攻防が続いていたが、とうとうテオバルドが折れた。彼はぐっと下唇を噛み締めながら、エデュアルトを睨みつける。そして無言で右手を差し出した。――先ほど拒絶した握手のやり直し、ということだろう。

 エデュアルトは笑顔でその手を握り返す。けれど銀の瞳は笑っていないように見えて、なぜだろう、少し恐ろしかった。



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