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13:先輩聖女



 翌日、私たちは昼前に教会へ向かった。朝一番に訪れようとしたのだが、朝食の際に宿屋の女将さんが「司祭様は昼前まで不在ですよ」と教えてくれたのだ。

 教会を訪ねれば司祭様とシスターたちから歓迎を受ける。雑談もそこそこに、私は持ってきた種火を灯した。そうすれば元々燃えていた聖火の勢いが、僅かながら元気になったような気がする。

 数秒で終わってしまう簡単すぎる任務に苦笑しつつ、無事完了したことを司祭様にお伝えしようと振り返った、そのときだった。教会の扉が開かれる。



「まぁ、フランチェスカ様!」



 それは司祭様の弾んだ声だった。

 目を凝らす。入口に立っていたのは二つの人影だった。



「こんにちは。近くまで来たものですから」


(他の聖女かしら?)



 逆光で顔までは見えなかったが、司祭様の呼びかけに応えた女性は、私と同じ純白の制服を着ているようだった。その傍らに控えるのは大きな体を持った騎士。間違いない、聖女とその専属騎士だ。

 私は聖火から離れると、エデュアルトの許に歩み寄る。彼はお疲れ様、と言うように笑いかけてくれた。

 突然現れた聖女は間違いなく私の先輩だろうし――何せ私は先日デビューしたばかりの新米聖女だ――挨拶をする機会を伺っていたところ、



「あら、こんにちは」



 私の視線に気づいたのか、向こうから声をかけてくださった。

 優し気な目尻の皺に強張っていた体から力が抜けていく。年齢的には四十前後だろうか。ベテラン聖女と称したくなるような落ち着きようだった。

 私は慌てて数歩前に出て、大きく頭を下げる。



「こ、こんにちは。聖女のオリエッタ・カヴァニスと申します」


「専属騎士のエデュアルト・エッセリンクです」



 私のすぐ隣でエデュアルトも頭を下げて自己紹介をした。すると向こうの専属騎士も聖女の隣に並び立つ。



「フランチェスカよ。こちらは専属騎士のマルティン」



 聖女フランチェスカ様が目配せすれば、専属騎士マルティン様は無言で頭を下げた。その一連の流れに彼らの信頼関係が見て取れるようで。私もフランチェスカ様のように、スムーズにエデュアルトを紹介できる日が来るのだろうか。

 素敵な二人だと憧れの目を向けていたら、フランチェスカ様が「あら」と声を上げる。



「オリエッタさん、あなたは聖火の種火を運んできたのかしら?」



 なぜそれを、と驚いてから、自分が右手にランタンを持ったままだったことを思い出した。聖火の種火を運ぶのは専用のランタンが使われるから、見れば一発でわかる。



「は、はい。つい今しがた完了しました」


「そう、お疲れ様」



 にっこりと微笑む姿はまるで母のようだ。遠い記憶の中、雪景色の中に消えていく今世の母の姿を思い出して、ほんの少ししんみりとした気持ちになる。

 フランチェスカ様はまさしく聖女らしい聖女だなと思い――はた、と思い至った。彼女に例の声について聞けないだろうか、と。

 今思えば出会って早々失礼な話だ。しかしこのときの私は自分の身に降りかかってきた異変のことでいっぱいいっぱいで、目の前に現れた先輩聖女様をまるで救いのように思ってしまった。

 救いが目前に差し出されれば、縋ってしまうのが哀れな人間の悲しい性というやつだ。



「あ、あの、フランチェスカ様はこれから任務ですか?」


「いいえ。終わって少しゆっくりしているところよ」



 やった!

 ――心の中でガッツポーズをとって、私は続ける。



「お聞きしたいことがあって……少しだけお時間をいただけませんか?」


「あらあら! 構わないわよ」



 突然のお願いにもかかわらず、フランチェスカ様はとても嬉しそうに頷いてくれた。



 ***



 相談の会場に選ばれたのは、フランチェスカ様が泊っている宿屋の一室だった。



「オリエッタ、俺も……」


「大丈夫よ! 少しゆっくりしていて」



 ついてこようとするエデュアルトを半ば強引に部屋の外へ出す。扉を閉めようとした瞬間、不服そうな表情のエデュアルトと目が合ったが、彼の前でするのは憚られる話だ。――女神の力を使ったときに、変な声がきこえてきませんか? なんて。

 もっともそれはエデュアルトの前だけではなく、誰の前でだって同じことなのだが、まずは同じ力を持つ聖女に確認したかった。もしかしたら、聖女は全員力を使うときに何かしら声が聞こえているかもしれない――限りなくゼロに近い可能性だが、ないとは言い切れないはずだ。



「とても変なことを聞いてしまうんですが……」



 そう前置きを置いてから話を切り出す。



「女神の力を使った後、その、頭の中から声が聞こえてきたことはありますか?」


「声?」



 首を傾げたフランチェスカ様に、あの声は聖女ならば皆聞く声ではないのだと思い知らされるようで。薄々分かっていたことではあったが、改めてショックを受けてしまうのは仕方ない。

 私は謝罪しつつ、このままでは突然変なことを言いだした失礼極まりない後輩聖女になってしまう、と慌てて弁明する。



「ご、ごめんなさい! とても変なことをお聞きしていると分かっています! ただ、昨日女神の力を使ったら、とてもはっきりとした女性の声が頭の中に響いてきて……」



 私の言葉にフランチェスカ様は何か考え込むように黙り込んだ。

 しばらくの沈黙。そして、



「もしかしたらそれは女神様の声かもしれないわね」



 なんとも聖女らしい回答をフランチェスカ様は導き出した。

 首を傾げた私に、穏やかな表情と声でフランチェスカ様は続ける。まるで眠れないとぐずる子どもに絵本を読み聞かせる母親のような声音だった。



「私たちの力の源は女神ナディリナ様のもの。あなたはきっと、祝福されているのよ」



 祝福されている。本当にそうであれば喜ばしいことなのだが、悲しいかな、祝福されているとは思えない。だって、



(ポンコツって言われたけれど……)



 それは紛れもない悪口だ。女神様がそんな口汚く罵ってくるとは思えない。けれど初対面の私に時間を割いてくださり、突然変な質問をされたにも拘らず優しく答えて下さったフランチェスカ様に、これ以上言い募ることなんてできず、私は「そうなんでしょうか」と曖昧に微笑んだ。

 何はともあれ、やはり“普通”の聖女は力を使っても変な声なんて聞こえてこないようだ。シスターたちに相談しても、同じ返答しか得られない可能性が高い。それを承知で相談するか、もしくはあの声と対話できないか試してみるべきか――

 ううん、と唸り首を傾げる私に、



「あなた、聖女になったばかりね?」



 フランチェスカ様は穏やかな声で尋ねてくる。

 私は反射的に「は、はい!」と大きな声で返事をした。すると彼女はふふ、と笑う。



「何かあれば先輩聖女を頼りなさい。そうして私たちは続いてきたのだから、ね」



 ――そう、まるで自分の子どもを慈しむような瞳で言うものだから。向けられたあたたかな言葉に、心が弱っていたのもあるだろうけれど、思わず泣きそうになってしまった。

 初めて会った相手にこんなあたたかな言葉をかけられるだろうか。これが、聖女なのだろうか。私はフランチェスカ様のようになれるだろうか。――いいや、なりたい。これからどれだけ時間がかかるかは分からないけれど、他人の悩みに寄り添えるような、そんな聖女に。

 涙目をごまかすように目を細めて、大きく頭を下げる。



「あ、ありがとうございますっ」



 声のことは不安だけれど、自分にできることを精一杯頑張るしかない。今までも、そして、これからも。



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