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12:謎の声



 今回の目的地・メリピアに到着したのは、西の空にうっすらと太陽が見える、黄昏時だった。夕日に照らされる町並みはなるほど確かに栄えているとは言えなかったが、道行く人々の顔には笑顔があふれていて、きっと居心地のよい町なのだろうと想像できた。

 エデュアルトに手を引かれて馬車から降りる。しかし降りた後も彼は私の手を掴んだままで、どうしたのかと見上げれば、心配の色を滲ませた銀の瞳と目線が絡んだ。



「もう大丈夫なのか?」



 どうやらエデュアルトはまだ私の体調を気にかけているようだ。あれだけ弱っていたのに急に元気になったものだから、無理をしているのではないかと疑っているのかもしれない。

 私はにっこりと、より元気に見えるように歯を見せて笑う。



「えぇ、すっかり平気。ありがとう」



 そして繋がれたままの手を解く――と、そのとき、エデュアルトの手のひらに血が滲んでいることに気が付いた。

 私は思わず両手で彼の手を取る。手のひらに浮かび上がった傷はそこまで深くはなかったが、鋭利な刃物でつけられた傷のように見えた。一体どこで切ってしまったのだろう。



「エデュアルト、血が……」


「あぁ、すまない。オリエッタの手は汚れていないか?」



 何よりも先に私の手の心配をされて苦笑してしまう。手が汚れることぐらい、なんてことないのに。

 私は首を振って、それからお伺いを立てるべく上目遣いで見た。



「私は大丈夫。治癒の力を使ってみて構わない?」


「あぁ、ありがとう」



 まだ私の治癒の力は不安定だ。失敗すれば体調を崩す可能性もある。それにエデュアルトは治癒魔法が効きにくい体質だと言っていたし、以前のようにうまくできるだろうか。

 不安を抱きつつ、左手でエデュアルトの大きな手を支え、右手で切り傷にそっと触れる。そして目を閉じた。

 失敗を恐れていては先に進めない。絶対に、成功させる――

 ふわ、とあたたかな何かが指先まで広がっていく。この感覚には、覚えがあった。

 恐る恐る目を開ける。そしてエデュアルトの手のひらを見やれば――傷は塞がっていた。



(やった! 治癒の力だったら、少しずつ使えるように――)



 心の中でひそかにガッツポーズを取り、



『やっと安定した!』



 鼓膜を揺らした女性の声に、飛び上がった。

 私は慌ててあたりを見渡す。やはりそれらしい人影はない。一体この声はどこから聞こえてくるのだろう。

 先ほどの声には聞き覚えがありすぎた。昼間、私をポンコツと罵ったあの声と同じだ。

また幻聴を聞いているのだろうか。それなら、どうして――



「オリエッタ?」



 怯えた表情で視線を巡らせる私を心配に思ったのだろう、エデュアルトが顔を覗き込んでくる。咄嗟になんでもないわ、と微笑みかけようとして、



『ちょっと、こっちよこっち! そっちじゃないったら! あんたの頭の中!』


「頭の、中……?」



 思いもよらない言葉に、ぴしりと固まった。

 ――頭の中? この声は、頭の中から聞こえている? そんなの、本物の幻聴じゃない!



「オリエッタ、顔色が悪い」



 エデュアルトの手のひらに添えたままだった右手を、逆に握られる。その温もりに一瞬我に返ったのだが、



『どうしてあたしがこんなポンコツ聖女に閉じ込められなきゃいけないのかしら。ほんっと嫌になるわー』



 脳裏に響いた女性の声に再び意識を持っていかれてしまう。

 頭の中に“いる”この存在は一体なんなのだろう。疲労とストレスで聞こえるようになった幻聴? 私が生み出してしまった第二の人格? それとも――私に寄生している、未知の生物?

 ぶるり、と恐怖で体が震えた。未知は即ち恐怖だ。分からないことが一番恐ろしい。だってこんな声の存在は教科書に載っていなかった。基礎すらできない劣等生――ポンコツに、応用を求められても分かるはずがない!

 今はただ、とにかくこの声から逃れたい。その一心で拳を握りしめた。



『だいたいねぇ、あんたがポンコツなのがいけないのよ。さっさと女神の力を使いこなせるようになっていれば――』


「ごめんなさい、黙ってて!」



 声を上げた瞬間、プツン、と何かが切れるような音を聞いた。

 それきり声は聞こえなくなる。耳を澄ませても、私をポンコツだと罵る声は一向に聞こえてこない。まるで電話や通信が切れたような、そんな感覚だった。

 とりあえずほっとして私は息をつく。――がしかし、横顔に痛いぐらいに突き刺さる視線にハッとなった。

 ゆっくりと顔をそちらに向ける。そうすれば見るからに当惑している表情のエデュアルトと目があった。



「……オ、オリエッタ? 大丈夫か?」



 ――きっとエデュアルトなら、変な声が頭の中から聞こえる、なんて正気を疑うようなことを言っても、信じてくれる。信じようとしてくれる。まだ数日しか時間を共にしていないが、彼はそういう人だという確信があった。

 だから瞬間、すべて話してしまおうかと悩んだ。彼に話せば、少しは恐怖も薄れるのではないかと甘えかけて――寸でのところで思いとどまる。

 エデュアルトのことを人として好ましく思っている。だからこそ、できるだけ迷惑をかけたくなかった。これ以上面倒事に彼を巻き込むわけにはいかない。

 ごまかせるはずがないと分かっていつつも、私は微笑んで答える。



「大丈夫、なんでもないわ」



 そう笑えば、優しく真面目な彼は強引に踏み込んでこられないだろうと分かっていた。狙い通り、エデュアルトは納得していない表情を浮かべながらも「そうか」と引く。

 とりあえずあの女性の声については、まずシスターたちに相談しよう。聖女を数多く見てきた彼女たちなら、何か知っているかもしれない。

 そんな期待を胸に抱いて、今晩泊る予定の宿屋へ足早に向かった。



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