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10:贈り物



 初めての任務を終えてコレット大修道院に戻ってきた私たちを出迎えてくれたのは、笑顔のシスター・イネスだった。

 彼女は私の姿を見つけるなり、今にも抱きしめんばかりの勢いで歩み寄ってきたかと思うと、あたたかな言葉をかけてくれた。



「初任務、お疲れ様。不測のことがあったと聞きました、よく勤め上げましたね」



 労いの言葉をありがたく頂戴しつつ、その“不測のこと”について報告する。

 報告を聞いている最中の彼女はとても険しい顔をしていて、力になれない自分を歯がゆく思う。私が一人前の聖女であったなら――マイナス思考に陥りかけたところで慌てて頭を振った。

 私は私にできることをする。無茶をしては、またエデュアルトに心配と迷惑をかけてしまうかもしれない。背伸びをせず、欲張らず、一歩ずつ、確実に進んでいこう。女神の力だって、使うことができたのだから。



「あの、シスター、商人の呪いのことは……」


「わかっています。あとは私たちに任せなさい」


「お願いします」



 礼をし、退室しようとしたところを呼び止められた。振り返れば、シスター・イネスは浮かない表情をしている。



「帰ってきて早々で申し訳ないけれど、次はメリピアに向かってもらいます」



 どうやら彼女は連日の任務を振ることに後ろめたさを感じていたらしい。しかし私にとって任務を振られることは喜ぶべきことであるから、笑顔でシスター・イネスの許に駆け寄る。



「聖火の種火を運べばいいんですか?」


「え、えぇ。少し遠いけれど、自然豊かないい町ですよ」



 私の勢いに気圧されつつも、シスター・イネスは頷いた。

 少し遠い――ということは、今回より遠出になるのだろう。シスターが口にしたメリピアという地名には聞き覚えがあった。世界地図は聖女の授業で散々習ったが、その場所まで馬車でどれくらいかかるか、といった知識はない。



「出発は明日の朝。馬車は手配しておきます」



 シスター・イネスから提示された予定に頷いて答える。今日は聖女寮でゆっくりして、鋭気を養おう。

 今度こそ部屋から退室して、私とエデュアルトは二人、寮へと向かった。私の部屋はもちろん、別棟に専属騎士が眠るための部屋が数室用意されているのだ。エデュアルト専用の部屋ではなく、他の専属騎士も使う宿屋に似た施設だが、食事も出るし設備もしっかりしている。彼にもゆっくり休んでもらおう。

 棟の入口まで案内して、私は改めてエデュアルトにお礼を言った。不測の事態に対処できたのも、彼のおかげだ。



「今回は本当にありがとう。明日からも、お願いします」



 頭を下げて、頭上で彼が「あぁ」と答えたのを聞いてから顔を上げる。――と、目の前に控えめな装飾がついた髪留めが現れた。

 数秒、何が起きたか分からなかった。髪留めと、その向こうにあるエデュアルトの顔を見比べて、ようやく理解する。彼が私に向って髪留めを差し出しているのだ、と。



「……趣味に合うか、分からないが」



 一向に反応を示さない私に焦れたのか、エデュアルトは呟く。その声にはっと我に返り、受け取るように両手を差し出した。そうすれば手のひらの上に髪留めが置かれる。

 いたってシンプルな髪留めだ。紐に小さな緑の宝石がぶら下がるようにしてつけられている。日の光を受けて輝いているのを見て、これで髪を結べば頭を動かすたびにキラキラ光って綺麗だろうと思った。



「これは?」


「露店で見かけた。……似合うと思って」


「…………」



 エデュアルトが、私に髪留めをプレゼントしてくれた。その事実は理解しているのに、感情が追い付いてこない。まるで他人事のようだ。

 だって、そんな、まさか。こんなプレゼントをもらえるなんて、思ってもみなかった。



「気に入らなかったら捨ててくれ。安価なものだから」



 あまりに私の反応が薄かったせいだろう、エデュアルトは明らかに声のトーンを落として言う。



「わ、私のために?」


「初任務が無事終了したことの、祝いに」



 いつ買ったのだろう。だって、街ではほとんど一緒に行動していたのに。全然気づかなかった。

 こんなプレゼントをもらうなんて今世では初めてだ。そもそも大修道院では、友人の誕生日にあげられるものなんて手紙ぐらいしかなくて――髪留めを買うお店もなければお小遣いもない――こういうとき、どう反応するのが正解なのか全く分からない。

 前世の私はプレゼントをもらったとき、なんて言っていただろう。そんな昔のこと、もうぼんやりとしか思い出せない。



「ゆっくり休んでくれ」



 エデュアルトは踵を返す。そして棟の中へと姿を消してしまう――

 ありがとうって、お礼を伝えられていない!



「エデュアルト!」



 思わずその背を呼び止める。するとエデュアルトは何とも言えない表情で振り返った。どこか寂しそうな、落ち込んでいるような、そんな表情に見えるのは、私が“そうであって欲しい”と思っているからだろうか。

 大きく息を吸う。そんなに距離が離れているわけでもないのに、私は大声で叫んでいた。



「ありがとう! とっても嬉しい!」



 声の大きさは、きっと私の喜びの大きさに比例していたのだと思う。

 エデュアルトはいきなり大声を出した私に驚いたように目を丸くして、それからはにかんだ。嬉しそうに、面映そうに。そして棟の中へと入っていく。その背中を私はしばらくぼうっと眺めていた。

 私は一人寮に帰って、鏡の前で髪留めを髪にあててみる。赤の髪に緑の宝石はよく映えた。似合うものを、と探してくれたのだろうか。

 髪留めを傷つけないように小箱にしまって、私は聖女の制服から着替えるなりベッドにダイブした。そのまま寝てしまおうかとも思ったが、予想外にも睡魔は襲ってこなくて。

 そこまで体力を消耗する任務ではなかったし、まだ日も高い。



「……ふふ」



 自分でも気づかないうちに微笑んでいた。視線は自然と先ほど髪留めをしまった小箱へ向かう。

 私は周りの人々にとても恵まれている。だからこそ彼らに甘えず、一刻も早く独り立ちできるように頑張らなくては。

 ベッドから起き上がる。そして教科書を開くべく机に向かった。明日向かうメリピアという場所についてと、改めて女神の力について、少しでも知識を蓄えておきたかった。学びに終わりはないのだから。

 教科書と合わせて、授業でとったノートを読み直す。その最中に、ある顔が思い浮かんだ。それは何度かノートを写させてもらったことのある、学友・ガブリエルの顔だ。



(ガブリエル、今頃どうしてるのかしら)



 同期でもある彼女は今頃立派に聖女の務めを果たしていることだろう。聖女同士、いつか同じ任務に就くこともあるかもしれない。

 そんな未来を夢見て、その日は暗くなるまで勉学に励んだ。



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