53 第一王子の独白②
シャーロットと婚約破棄をするためには、世間にあんな女では王太子妃に相応しくないと周知させなければならない。
そして同時に、ロージーこそがグレトラント国の未来の王太子妃になる資格があると、貴族たちに知らしめなければならなかった。
俺はまずは情報を集めることから始めた。
あの女の醜悪な行いの証拠は面白いほどすぐに集まった。ロージーの身を心配していた令息たちが密かに調査してくれていたのだ。
ロージーへの数々の嫌がらせ、俺と一言言葉を交わしただけの令嬢へのいじめ、下位貴族の令嬢を奴隷のように扱い、更には教師への特別待遇の要求……あの女は自身の高い身分を笠に着て学園内でやりたい放題だった。
怒りに打ち震えた。
いくら公爵令嬢だからって、限度というものある。人としてやっていいことではない。
あの女はなにか勘違いをしているようだ。自分が神にでもなったつもりなのか?
あんな氷のように冷酷で、醜い精神を持っている女が自分の未来の伴侶だとは……考えるだけで吐き気がしてきて最悪な気分になった。あの女が王太子妃になって、いずれは王妃になったら、きっと我儘放題で国庫をも吸い尽くし、国中を混乱に陥れることになるだろう。
そんなことは俺が絶対にさせない。
愛するロージーはもちろん、この国のためにも早く婚約破棄に持ち込まなければ……と、俺は焦った。
そんなとき、驚くべき情報がもたらされた。
それはあの女の父親――トーマス・ヨーク公爵が秘密裏に犯罪に手を染めているという話だった。
それを聞いて俺は然もありなんだと思った。あの女を育て上げた父親だ、悪事の一つや二つ恬然として恥じないだろう。父上は公爵のことを無二の親友だと信頼しているようだが、平気で不正を働くような腹穢い男なのだ。
ヨーク公爵の情報を提供してくれたのは、驚いたことに俺と敵対する王弟派の貴族の一人だった。
国王派の筆頭であるヨーク家だが、その血筋の良さから王弟派からも一目置かれている家門だった。
王弟派はヨーク家には表立っては逆らうことはない。御前会議では国王よりヨーク公爵の意見を尊重しているくらいである。何故なら現国王より公爵のほうが血が尊いからだ。
馬鹿馬鹿しい話だが、王弟派は本気で血で人間の優劣を判断しているのである。血筋が良い者は下等の者に対してなにをやっても許される……と、本気で思っている奴らだった。
そんな王弟派の貴族がなぜ王家を凌ぐほどの超高位貴族のヨーク公爵の告発に至ったのか尋ねたら、彼は「ただ義憤に駆られたからだ」と俺の目を真っ直ぐに見つめながら答えた。その双眸は国の為に覚悟を決めた力強さと情熱が宿っていて、王子の自分が思わず気圧されるような雰囲気を持っていた。
暗雲の中に光が差し込んだ気分だった。
国を想う心は国王派も王弟派も関係ない。皆、本心ではグレトラント王国を愛しているのだ。
未来は変えられると思った。
平民の血が混じった俺と、平民の父親が爵位を買って男爵令嬢になったロージーが共に手を取り合って国のために尽力したら、きっともっと良い国になる。そしたら王弟派も俺たちを理解してくれるはずだ――そう考えた。
俺とロージーで二つの派閥をまとめ上げて、この国の中興の祖になるのだ。
俺はシャーロットとヨーク公爵の数々の悪事の証拠を突きつけて、父上に迫った。
父上は始めは「ヨーク家に限って、まさか」と一蹴したが、何度も粘り強く交渉して、更には王家側からも揃った証拠を精査してもらって、これらが揺るぎない事実だと認められると、やっと首を縦に振った。
これで報われると思った。悪は滅んで、国は良くなる。俺はやっとロージーと結ばれるのだ。
嬉しくて思わず咆哮した。達成感で満たされた気分だった。
断罪の決行は学園の卒業パーティーになった。卒業したら王太子と婚姻をして盤石の地位を得る……と、思い込んでいるヨーク公爵家に正義の鉄槌を下すのだ。それが俺の歩む「正しい道」だ。
準備は万端だ。証拠も抜かりなく揃っているし、逃げられないように事前にヨーク公爵邸の周囲は常備軍を待機させてある。逆恨みでモーガン男爵家が被害に合わないように、警備も固めた。
胸が高揚した。身体中が火を吹くように熱かった。
これから、グレトラント王国の歴史に名を残す断罪劇が始まるのだ。主演は俺とロージーで、勧善懲悪の最高の物語だ。
「シャーロット・ヨーク公爵令嬢。お前とは婚約破棄をする」
俺は会場中に響くように、声を張り上げた。




