47 男爵令嬢の独白①
アーサー様はあたしの運命の人だ。
彼と出会ったのは、あたしがまだ13歳だったとき。
初めて来た王都ですっかり道に迷って、治安の悪い路地裏へ足を踏み入れたときに、あたしは柄の悪い大男たちに襲われそうになった。そのとき彼が颯爽と現れて、華麗な剣捌きで男たちをやっつけてくれたのだ。
きらめく星々のような艷やかな銀色の髪、切れ長の瞳の奥には夜空を閉じ込めたような深い青が広がって。物語に出てくる伝説のエルフのような神秘的な美しさに、あたしはひと目で夢中になった。
その日は彼が付きっきりで王都を案内してくれた。
彼は田舎から出てきた男爵令嬢のあたしのことをまるでお姫様のように扱ってくれて、魔法にかかったみたいな幸せな一日を過ごしたわ。
お別れの頃には、あたしはもう彼の虜だった。彼さえいれば他になにも要らない。あたしは将来、絶対に彼のお嫁さんになるのだと、彼は他の誰にも渡さないと……そう決意したの。絶対に。
それからも彼との交流は続いた。お手紙を書いたり、デートをしたり、そして……。それは夢のようなひと時だったわ。
彼はいつもあたしのことを「君はこの世で一番可愛いね」って言って頭を撫でてくれて、優しく抱き締めてくれるの。彼の腕の中は柑橘類のような仄かに甘い香りがして、この世界で一番落ち着けるあたしだけの特等席だったわ。
王立学園へ入学を控えたある日、カフェ・マンシーの二階のVIP専用の個室で密会したときに、物凄く深刻そうな顔の彼から、ある打ち明け話をされた。
なんでもグレトラント王国の二人の王子には平民の血が流れていて、本来なら王位継承権を持っていないはずなんですって。法律に従えば王子たちではなく、ドゥ・ルイス家の長男である彼が王位を継ぐのが正しいらしいの。
それを聞いてあたしは「そうよね」って妙に納得をしたわ。だって彼ったら飛び上がるくらいに綺麗な顔をしていて頭も良くて剣の腕も凄くて、それに隠しきれないくらいの高貴なオーラを纏っていて……。
本当は彼が王子様なんだよって言われても「当然よね」って皆コクコクと頷くと思うわ。あたしもそうだったもの。
王家の平民の血の話はあたしも聞いたことがある。たしか、前の前の王様が平民との間にできた子供を次の王様にして大問題になったって。
お父様もよく「平民の子が国王だなんて、自分たちとほとんど変わらないじゃないか」って文句を言っていたのを覚えているわ。
それに比べてドゥ・ルイス家は由緒ある血筋で、彼の曽祖父様は王様の弟で曾祖母様は隣国のお姫様だったらしいの。平民なんかとは格が違う、本物の王家ってやつよね。たしかにお父様たちが怒るのも仕方ないと思うし、あたしも彼こそが本当の王子様だと思うわ。
彼はあたしに「自分が王位に就く手伝いをして欲しい」ってお願いしてきたの。こんなこと、あたしにしか頼めないって。
もちろん、あたしは喜んで彼に協力することにしたわ。だって、それが正しい道だと思ったから。彼が王様になれないなんて、そんなのおかしいでしょう?
あたしの役目は第一王子であるエドワード・グレトラントを堕落させること。
第一王子をあたしに溺れさせて王子としての機能を果たせなくして、その間に彼が周囲の貴族たちを派閥に入れて一気に王位を平民から奪い返すんですって。
そして……彼が王様になったら、あたしをお妃に迎えてくれるって…………。
エドワード・グレトラント第一王子はたしかに目麗しかったけど、彼ほどじゃあなかったわ。それに頭も剣の腕も、彼に比べたらなんだか残念なかんじ。全部が彼の劣化版ね。本当になんでコレが王位継承権第一位なのかしら?
だから王子をあたしに夢中にさせることなんて、とっても容易かったわ。
他の令嬢とはちょっと違う様を見せて、王子様は知らない世界をたくさん教えてあげてたら、王子はすぐにあたしに靡いちゃった。
こんなに簡単でいいの? って、自分でもびっくりしたわよ。
仕上げに彼から貰った薬を使ったら、王子はもうあたししか見えなくなっていたわ。単純な男。
笑えたのが、王子の婚約者のシャーロット・ヨーク公爵令嬢ね。
あの女は王子の婚約者でしかも公爵令嬢っていう身分だからって、いつも上から目線の高慢ちきで威張り散らしていて、すっごく気に食わなかったの。初対面のときから大っ嫌いだったわ。
それがあたしに王子を取られちゃったものだから、プライドがズタズタに傷付いたみたいで、日に日に周りに対して酷く醜い態度を取るようになって、そしてどんどん嫌われていって、馬鹿みたいだったわ。ざまぁみろ、ってね。
王子もそんな女のことをますます嫌いになっていって、二人はもう修復できないところまで来て、国一番の令嬢だとか言われていたあの女の評判もガタ落ちで最高だったわ。
でも……あたしはとんでもない事実に気付いてしまったの。
彼の心はあたしじゃなくて、あの女にあるということを……。
それを確信したときは、体中が燃えたぎるような激しい嫉妬と憎悪を覚えたわ。
なんで、あんなつまらない女なんかを。なんで、あんなプライドの塊みたいな馬鹿な女を。
あんな女、家柄だけじゃない。
でも彼があの女に向ける視線はとっても優しくて、あんな穏やかな顔をするんだって……とっても悲しかったわ。
だから、あたしは絶対にあの女が許せなかった。
そのときに、あたしは決めたの。
あたしから彼を奪おうとする公爵令嬢、必ずあたしがこの手で潰してやる、って……!