39 小休止
図書館でのわたくしと第一王子の揉め事の噂は瞬く間に広がった。
どうやら世間ではモーガン男爵令嬢に嫉妬をしたわたくしがヒステリーを起こしたと思っているようだ。そして第一王子と公爵令嬢は物凄く不仲で、もう修復できないところまできている……とも。
なので二人の婚約は絶望的で、次期王太子妃は男爵令嬢になるのではないかと実しやかに囁かれていた。本当にそうなって欲しいところだけど……。
そして、そんな噂を積極的に広めているのは男爵令嬢一味らしいとの情報を得て早速わたくしとアルバートお兄様は密かにその証拠を集めた。
社交界ではモーガン男爵が学園では令嬢が、それぞれ自分たちが有利になるような荒唐無稽なストーリーを吹聴しているようだった。おかげでわたくしは今回の人生でも不名誉な悪役令嬢としての地位を確立していっているが、前回の人生と違うところはお兄様やダイアナ様をはじめとする頼りになる味方もいるということだ。本当に嬉しいことだわ。
モーガン男爵令嬢のことはもちろん国王陛下にも伝わっていて、前回の人生と同様に「直ちに別れるように」とおっしゃっているらしいのだけど、今回も第一王子が頑なに拒否をし続けているようだ。
でも王子と男爵令嬢の婚姻なんて前代未聞だから、第一王子は今回もわたくし側に重大な落ち度があって婚約者に相応しくない、逆に男爵令嬢は未来の王妃に相応しい……という流れに持って行くのではないかとハリー殿下とお兄様が警戒をしている。
ハリー殿下と第一王子は、わたくしが図書館で倒れた日の晩餐の席で殴り合いの大喧嘩をしたらしい。
小さな口論が乱闘に発展して、料理の載ったきらびやかな食器も最高級のワインが注がれたグラスも食卓を飾る美しい花瓶もひっちゃかめっちゃかになってしまって、最後は大激怒した国王陛下がご自身の近衛兵を使って息子二人を囚人のように無理矢理押さえ付けたそうだ。それでハリー殿下も第一王子も二週間の謹慎処分を下されて、今は自室に軟禁状態なんですって。
――と、いう内容をハリー殿下からこっそり送られて来た手紙でわたくしは知ったのだった。
今、わたくしは領地に滞在している。
わたくしと第一王子の諍いを重く見た王家と公爵家はすぐに話し合いの場を設けることとなって、お父様たちは慌てて王都に戻って来た。
そこでどんな会話があったか詳細は分からないけど、わたくしはハリー殿下の学園入学まで病気療養の名目で領地で静養することになったのだ。王妃様がしばらく第一王子と顔を会わないほうが良いだろうと取り計らってくださったのである。たしかに、今また第一王子と顔を合わせたら自分でも渦巻く負の感情を抑制することができない気がするのでお誂え向きだった。
図書館での一件はわたくしが病気の発作を起こして倒れて第一王子が介護をした、という話にいつの間にか変わっていた。どうやら王妃様がわたくしの名誉のために噂を流してくださったようだ。王妃様はハリー殿下との婚約を推してくださっているし、感謝の言葉しかないわ。
王都にはお兄様が残っていて、男爵家や王弟派の対策に奔走してくださっている。
バイロン家にも頻繁に通ってバイロン侯爵と王弟派の家門の話や事業の話などの情報交換をしているそうだ。……これは、ダイアナ様に会いに行く口実もあるのだろうけど。
わたくしもお兄様たちに甘えてばかりじゃいけないので、領地でできることを行っている。
ヨーク公爵領はドゥ・ルイス公爵領と隣接しているだけあって、王弟派の家門や商会の出入りも多い。わたくしは彼らがヨーク家に謀略を仕掛けてこないように目を光らせている。先日もお兄様の管理する畑に発注していない毒草の苗が大量に届く事件があって、対応に追われていたところだ。
領地の屋敷にはハリー殿下とアーサー様から手紙や贈り物などが届いた。
アーサー様はわたくしの体調を本気で心配してくださっていて、可愛らしい花束に添えて丁寧に綴られた手紙が送られて来た。本当は健康そのものなので後ろめたさもあり、わたくしも心を込めて丁重に返事を書いたわ。
王弟派とは今現在も反目し合っているけど、アーサー様はとっても親切で良識もあって、以前わたくしを男爵令嬢から助けてくれたこともあるし、彼の代では両派閥が歩み寄れないかしら……って思うこともあるけど、政治的なしがらみもあるし、なにより第一王子とアーサー様はとっても仲が悪いので無理な話かしらね。
領地で過ごす時はあっという間に過ぎていった。
ハリー殿下もダイアナ様もさすがに今回は遊びに来られらなかったけど、二人とは手紙を頻繁にやり取りしたわ。
殿下との関係ももうお父様はなにも言ってこなかった。どうやら王都でお兄様が掛け合ってくれたみたい。扇のことも怒られるのを覚悟していたけど、お咎めがないどころかなにも言及してこなかったわ。
そして、学園復帰まで一月を切ったある日、お父様とお母様と一緒に意外な人物が来訪した。
それはハリー殿下と王妃殿下だった。