30 ヨーク家にて
「ロッティー、第二王子殿下に送ってもらったそうだな」
わたくしは帰宅するなり、お父様から書斎に呼び出された。
「そうですが……なにか?」
覚えずムッとして、わたくしは言い返す。
「なにか、じゃないだろ。私は婚約者候補の三人平等に、特定の人物と懇意になりすぎないようにと言っただろう?」
「だって、第二王子殿下みずから送ってくださるっておっしゃったのよ? 断るわけにはいかないでしょう?」
「父から禁止されている旨を伝えればいいだろう?」
「わたくしはヘンリー王子殿下と一緒に帰りたかったんです!」
「シャーロット! 立場を考えなさい! お前は未婚の貴族の令嬢なんだぞ!」
わたくしたちは無言で睨み合った。
無性に腹が立った。なによ、平等平等って、もとはと言えばお父様が優柔不断なのがいけないんじゃない! わたくしは最初からハリー殿下がいいって言っているのに、なんで分かってくれないの!
「二人とも落ち着いて。喧嘩しないで」
しばらくしてお母様が仲裁に入った。
「ねぇ、トーマス。考えたのですが、第二王子殿下とこの子が愛し合っているのなら、わたくしは二人を応援したいと思いますわ」
「テリーザ!」
お父様はぎょっとした顔をして、
「お母様!」
わたくしは瞳を輝かせた。
「国王陛下が第一王子にとおっしゃっているんだから、それは駄目だろう。陛下は王弟派を黙らせるために国内の上位貴族の令嬢を希望されている」
「でも、わたくしたちも恋愛結婚だったじゃないですか。わたくしは愛する人と婚姻したのに、娘には好きでもない相手を強要するなんて嫌ですわ」
「そんな単純な話じゃ――」
「お母様とお父様は恋愛結婚だったのですか!?」
突然のお母様の告白にわたくしは驚きと興奮を隠せなかった。一国の王女と公爵の組み合わせだから、ずっと政略結婚だとばかり思っていたわ。
「そうよ。わたくしはもとは国内の伯爵家と婚約が内定しかかっていたの。でも、お父様が留学でこちらへ来たときにお互いに一目惚れしたのよ。あのときの夜会でのトーマスはとっても素敵だったわ」と、お母様はうっとりとした顔をする。
「テリーザ、その話はや――」
「それで? それでどうなったのですか? お祖父様から反対されなかったのですか?」
「もちろん父からは反対されたわよ。当時は国一番の財力を持った伯爵家の当主と、まだ正式な当主でない他国の公爵令息だったからね。でも、トーマスは父に認めてもらうために物凄く頑張ってくれたわ。父が出す無理難題をことごとく突破していったんですもの。それでついに父も折れてね、わたくしたちは晴れて結婚することになったのよ」
「まあっ! 素敵!」
「だからね、ロッティー、わたくしはあなたの恋を応援することにするわ」と、お母様はわたくしの手をぎゅっと握ってくれた。
「ありがとうございます、お母様!」
「駄目だ!」
「あら、どうして? 王妃様も応援してくださっているのよ?」
「テリーザ! やめなさ――」
「王妃様がですか!?」
わたくしはびっくりして目を丸くした。
「そうよ。王妃様は第一王子は他国の王家の姫と、第二王子はロッティーと、ってお考えなのよ。それで盤石の布陣にして王弟派を押さえ込むつもりなの。ドゥ・ルイス家の嫡男も二カ国の王族の血が入っているからね。それに純粋な恋する二人を応援したいって気持ちもあるとおっしゃっていたわ。まぁ、王妃様は昔から第二王子にはとっても甘いからねぇ」と、お母様はくすくすと笑う。
「そうなのですか?」
王妃様が味方に付いてくださるなんて嬉しいわ。前回の人生での王太子妃教育でお世話になったけど、とっても頼りがいのある方だったんですもの。その分、ちょっと怖いけどね。
「そうよ! だから、ロッティーも頑張りなさい!」
「はいっ! お母様!」
「二人とも勝手に話を進めるんじゃない」
「なによ。王妃様の意向を無視するの? それにアルは好きな子と婚約したのにこの子は駄目なわけ?」と、お母様は気色ばんだ。
「王子と公爵令息では立場が違うだろう? それにアルバートとダイアナ嬢は身分的にもなんの問題もない。むしろこちらからお願いしたいくらいの立派な令嬢だ」
「そう言うのなら第二王子とロッティーも問題ないでしょう? あなたは娘の幸せを考えていないの?」
「一番考えてるさ! だからこそ第二王子という不安定な立場のところに嫁がせたくないんだよ!」
「……ヘンリー第二王子殿下は先々代の王弟とは違いますわ」
お母様はきっとお父様を睨んだ。
「分かってるよ……分かってる…………」と、お父様は深いため息をつく。「この話は今日はここまでにしよう」
わたくしはお父様の書斎をあとにした。
お父様はハリー殿下が先々代の王弟のように良からぬことを企むんじゃないかって考えているのかしら?
だとしたらそれは考えすぎだわ。ありえない。彼はそんな野心は持っていないわ。とっても誠実で常に笑顔で、身分に関係なく誰とでも打ち解けるような表裏のない素晴らしい方なのよ。たしかに先々代では大揉めに揉めたらしいけど、それとハリー殿下を重ねるなんて失礼しちゃうわ。
「ロッティー?」
わたくしが怒りのあまりどすどすと足音を立てながら歩いていると、呆れ顔のアルバートお兄様と出くわした。
「どうしたんだい? 父上と喧嘩でもした?」
「もうっ! お父様ったら酷いんです! ――あら、そちらの植物は?」
お兄様は見たこともない赤黒い葉の茂った植物の鉢を抱えていた。なんだか不気味な色の葉でぞくりとした。
「あぁ、これ? これはちょっと危険な作用のある薬草なんだ。だからロッティーは近付かないようにね」
「危険?」
「そうだ。まだ詳しくは解明されていないんだけど、過度の興奮作用や幻覚作用があるみたいなんだ」
「そうなんですか? それは怖いですね。見たこともない品種のようですが、図鑑にも載っていないということは新種なのですか?」
「そうなんだよ。だからこれから分析をするんだ。依頼人から催促されているから、今週はディーと会えなくなるんだよなぁ……」と、お兄様はぼやいた。
「もう! たかだか一週間くらいでしょ?」
わたくしなんてハリー殿下と手紙のやり取りでさえ禁止されているのよ。
「その一週間が長いんだよ……」と、お兄様は肩を落としながら去って行った。




