27 学園生活が始まる
「お久し振りね、シャーロット様!」
「ダイアナ様! ご無沙汰しておりますわ!」
入学式を終えて教室に着くなり、わたくしはダイアナ様と喜びの抱擁を交わした。彼女とは約一年振りの再会である。手紙では頻繁にやり取りをしていたけど、こうやって実際に会えるのはとっても嬉しいわ。
「遅くなりましたが、ご婚約おめでとうございます」
「ふふっ、ありがとう! これであたくしたちは姉妹になるわね!」
「そうですわね。……これからはダイアナお義姉様と呼んだほうがいいかしら?」と、わたくしはいたずらっぽく笑った。
「もう! やめなさいよ!」ダイアナ様もくすくす笑う。
「お二人は素敵な姉妹になりますわ」
「そうですわ! ヨーク家とバイロン家が結ばれるなんて夢のようですわ!」
二人の令嬢がニコニコしながら話し掛けてきた。彼女たちのことは覚えているわ。
彼女らは前回の人生ではダイアナ様と常に一緒にいた二人で、それぞれ第一王子の取り巻きの婚約者なのよね。
「もうっ、あなたたちまで……。シャーロット様、紹介するわ。わたくしの友人のラケル・ウォーカー伯爵令嬢とドロシー・スミス子爵令嬢よ」
二人の令嬢はわたくしにカーテシーをした。
「ご機嫌よう。わたくしはシャーロット・ヨークと申しますわ」
「当然存じ上げておりますわ! シャーロット様は有名ですもの」
「私たちとも仲良くしていただけませんか?」
「もちろんですわ。これからよろしくお願いいたしますね。……って、有名……?」
わたくしは首を傾げた。まだ社交界デビューもしていないし、第一王子とも婚約をしていないし、今回の人生では大人しくしているし……一体いつ有名になったのかしら?
「はいっ!」ドロシー様はにっこりと笑顔を向けた。「ダイアナ様からいつもお話を伺っておりますし、ヨーク公爵家は名門ですし、それに第一王子とドゥ・ルイス公爵令息のお二人から求婚されているなんて……とっても素敵!」
「えっ!?」
わたくしは目を丸くした。更に追い打ちを掛けるようにラケル様が続ける。
「ヨーク公爵令嬢は国王派と王弟派どちらを取るのか社交界では専ら噂ですわよ」
「そっ……そうなのですか?」
「はいっ! あんなに素敵なお二人に求婚されるだなんて羨ましい限りですわぁっ!」
ラケル様もドロシー様もうっとりとした顔をした。
ダイアナ様は苦笑いをしている。彼女からの手紙に「王都に戻れば周囲が騒がしくなるかも」と書かれていたけど、こういうことだったのね。
「それで、シャーロット様!」
二人の令嬢はずいと顔を近付けて、
「エドワード様とアーサー様、どちらを選びますの!?」
ギラギラとした顔つきで訊いてきた。
「え……っと……」
わたくしは二人の勢いに思わずたじろいだ。
どちらって……どっちもお断りよ! でもこの場でそう発言すると角が立つかもしれないし、社交界にあっという間に噂が広がるかもしれないし……。
「ちょっと、あなたたち。シャーロット様が困っていますわよ? それにそんな品のない話を令嬢がするものではありませんわ」
ダイアナ様が助け舟を出してくれた。二人とも「ごめんなさ~い」と引き下がる。
わたくしはほっと胸を撫で下ろした。とりあえずは一安心だわ。ダイアナ様に感謝ね。
「なんだい? 私の話かい?」
「ひゃっ!」
びっくりして振り返ると、間近にアーサー様が立っていた。ニコリと穏やかな笑みを浮かべてこちらを見ている。
数年振りに会う彼もすっかり成長して大人びた姿になっていた。さらさたとした銀色の髪が妖艶に光って、ますます神秘的な美しさを醸し出していた。
「アーサー様……驚きましたわ」
「ごめんね。ちょっと君をからかいたくなってみてね」と、彼は片目を瞑った。
「もうっ、心臓に悪いですわ!」
「あはは。ごめんごめん」
「……お二人は親しくされていますの?」と、ドロシー様が興味津々に訊いてきた。
「えっと……ちょっと領地で――」
「まぁっ! 領地でお会いになる仲ですの!?」
ラケル様が興奮した様子で大声を出す。たちまち教室じゅうの注目が集まった。
うかつだったわ! 領地で会うなんて懇意にしていると宣言しているも同然じゃない。わたくしの馬鹿馬鹿!
わたくしはしどろもどろになって、
「え、ええっと……そうではなくて……」
「それは誤解だよ。ほら、私と彼女の家の領地は隣同士だろ? だから時おり後学のために我が領民の経営する商会の交渉に付いて行っているんだ。隣同士だから商会の交流も盛んでね。それで私がヨーク領に行った際にシャーロット嬢もたまたま街にいたわけさ」と、アーサー様が代わりに答えてくれた。
「まぁ! そうだったのですね。誤解をしたようで申し訳ありません。さすがアーサー様は勉強熱心ですわね」
この回答には教室にいる誰しも得心がいったようで、ざわついていた雰囲気もすっかり落ち着いた。
「いやいや」と、アーサー様は笑顔で答えたあと、
「心配しないで? 君の不利になるような発言はしないから」と、わたくしに耳打ちをしてきた。
「あ、ありがとうございます……」
わたくしは感謝しながらも少しだけ困惑した。彼は基本的には優しくて紳士的で素敵な方なのよね。でもヨーク領で平民を前にしたときは冷酷で本当に怖かったわ。……なんだかよく分からない方だわ。
「シャーロット嬢、これから3年間どうぞよろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いいたしますね」
わたくしたちが歓談していると、
「きゃっ!!」
教室中に一際大きな可愛らしい声が響いた。




