25 再び王都に、そして予期せぬ再会
収穫祭での事件は家族の耳には入ったがそれ以外には一切漏れずに、わたくしは傷物令嬢という不名誉な称号は回避できそうだ。
お父様によるとアルバートお兄様の襲撃事件と関連しているかもしれないということで、わたくしの警備はさらに厳重に配備されることになった。ありがたいけど、自由に動けないのはストレスがたまるわね。ま、自業自得なんだけど。
今回の人生でも王弟派との確執はどんどん深まっているようで、国王派筆頭のヨーク家は特に警戒するようにと国王陛下が王都の屋敷付近の騎士の見回りを増やしてくださったそうだ。こちらもありがたいことだけど、わたくしが第一王子と縁を結ぶように仕向けられている気もするわ。断固拒否よ。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「まぁ! 皆、ありがとう!」
屋敷に脚を踏み入れると、使用人の皆が笑顔で出迎えてくれた。わたくしも思わず顔が綻ぶ。領地も大好きだけど、生まれ育った王都の屋敷はほっと一息つける場所よね。
「「「ロッティー、おかえり」」」
お父様とお母様とお兄様もわたくしを待ってくれていた。わたくしたちは順番にハグをして再会の喜びを分かち合った。
「ロッティー、綺麗になったね」
「まぁ、お兄様ったら。そういう言葉はダイアナ様におっしゃってくださいませ」
「もちろんディーにはいつも言っているよ」
あら、いつの間か愛称呼びになっているわ。真面目なお兄様がこんなにロマンチストになっているなんて、恋って不思議よね。ちなみに領地もじわじわと薔薇園が拡大していっているわ。
「領地でちゃんとお勉強をやっていたみたいね。偉いわ、ロッティー」とお母様。
「公爵家の人間として当然のことですわ。領民のためにも今度も頑張りますわ」
「おおぉ……私のロッティー……こんなに立派になって…………」と、お父様がハンカチで涙を拭った。なんで公爵家の当主が泣いているのよ……。
わたくしが呆れ返っていると、
「だ、旦那様! お客様です!!」
執事のジョンソンが血相を変えて飛んで来た。このパターンは、嫌な予感だわ。
「来客だと? 急に来るなんて無礼にもほどがあるぞ!」
お父様はさっきとは打って変わって気色ばんだ。誰だって家族の感動の再会を邪魔されたら怒るわよね。
「それが……エドワード第一王子殿下のご来訪であります」
「「「「ええぇっ!?」」」」
予想外の客人にわたくしたちは喫驚して、しばし硬直した。
「ヨーク公よ、突然の訪問、大変申し訳ない」
第一王子はお父様を目にするなり会釈した。
あら、一応頭を下げることもできるのね……と、わたくしが感心しているとバッチリと彼と目が合う。
「っ……!」
思わずさっと目を逸らした。まずいわ、露骨すぎたわね。不敬よね。
わたくしは不意に投げやりに書いた四行の手紙のことが頭をよぎって、背筋が凍った。
自分で書いたくせになんだけど、あれも相当不敬よね。実はあれ以降の彼への手紙の返事も全て五行以内で終わってたのよね。……怖いので彼のほうはもう見ないようにしましょ。
「いえ……しかし驚きましたよ。今日はどのようなご要件で?」
「いや、シャーロット嬢が領地から戻って来たと聞いてな。挨拶をしたいと思ったんだ」
「これはこれは……お気遣い感謝します。シャーロット、前へ来なさい」
お父様に促されてわたくしは渋々と第一王子のもとへ向かった。脚が重いわ……。
彼と再び目が合った。
数年振りに見る姿は随分と大人びていて、少年から大人に変貌しかけの精悍な顔立ちに、身体つきも筋肉が付いて逞しくなっていた。前回の人生ではこの容貌に骨抜きになっていたのよねぇ。今となっては記憶を消したいくらいに恥ずかしいわ。
「おかえり、シャーロット嬢」
第一王子は爽やかな笑顔を向けた。
……え、なんなのかしら、この猫かぶりは。笑顔の下には邪悪な本性を隠しているくせに。急激に鳥肌が立ったわ。
「ご機嫌よう、エドワード第一王子殿下。本日はわざわざ足をお運びくださって痛み入りますわ」と、わたくしはカーテシーをした。
「凄く綺麗になって驚いたよ。向こうでも頑張っていたみたいだね」
「恐れ入りますわ、殿下」
「ヨーク公、済まないが少しの間だけシャーロット嬢と二人きりで話をさせてもらえないだろうか」
「殿下、さすがに未婚の男女が二人きりというのは……」
お父様は顔をしかめた。そうよ、二人きりなんてお断りよ! 早く追い返しましょう。
「それもそうだな……」第一王子はちょっと考えてから「では、庭園を散歩しながらではどうかな? 密室ではないので少しの時間なら問題ないだろう?」
「……承知しました。シャーロット、殿下を庭にご案内しなさい」
お父様はすんなりと承諾した。
ちょ、ちょっとあっさりすぎない!? ここは娘を持つ父としてもうちょっと踏ん張ってくださいな! まぁ、王族から二度も頼まれたら断りづらいんだろうけど。
「分かりましたわ。殿下、こちらでございます」
わたくしは第一王子が伸ばしてきた手を嫌々握った。
おや、顔に嫌悪感が滲み出てしまったわ。気を付けなきゃ。
「聞いたところによると、アルバート公爵令息が作った薔薇園があるんだって?」
「えぇ、兄の婚約者であるバイロン侯爵令嬢の影響で我が家でも薔薇の栽培を始めたのです」
「へぇ。相思相愛なんだね。羨ましいな」
「そうですね」
あなたもそう遠くない未来にモルガン男爵令嬢と相思相愛になりますよ、と言いたいところだが面倒なことになるのは必至なのでおくびにも出さない。
もう、早く男爵令嬢と結ばれてわたくしとの婚約話は白紙に戻して欲しいわ。
わたくしは早く面会を終わらせたくて早足で目的地へと向かった。もちろん会話も最小限の社交辞令だ。
「うわぁ、凄いね!」
お兄様が作った薔薇園はちょうど蕾が咲きはじめていた。まだ小さい蕾でも色とりどりに彩色されていて、可愛い鈴のようにちょこんと枝に付いていた。
「満開には程遠いですが、蕾の状態もなかなか美しいと思いますわ」
「そうだね。まるで君のようだよ」第一王子はにっこりと微笑んだ。「蕾からでも近い将来に美しく気高く咲くのが分かる」
「なっ……お、恐れ入りますわ!」
わたくしは虚を衝かれて狼狽した。
今日は本当にどうしちゃったのかしら? こんな気障な言葉を第一王子の口から聞くなんて……怖いわ。
「そんなに畏まることはないよ」
「い、いえ……」
「シャーロット嬢は思慮深くて聡明で美しい。まさに令嬢の鑑だね」
「っつ…………!!」
一瞬で顔が熱くなった。
なんなの、この王子は! 前回の人生ではこんなことってなかったのに。わたくしを褒めるなんて……。意味が分からないわ。
そのときだった。
穏やかに笑っていた第一王子の口元がわずかに歪んだように見えた。
「……第二の人生では随分いい子ちゃんなんだな。一体なにを企んでいるのだ、シャーロット?」
「えっ……」
にわかに第一王子の雰囲気が変わった。
氷のような冷たい瞳、全てを見下しているような傲慢な表情。彼はわたくしの知っている断罪をした冷徹な王太子の姿そのものだった。
総毛立った。
あまりの突然のことにわたくしは思考が停止して、ただ豹変した彼を見つめていた。
「ふんっ、まぁいい。俺は今日はお前に忠告をしに来たのだ」
「忠告……?」
わたくしは言葉が紡げずに彼の放つ単語を復唱することしかできなかった。
「そうだ。お前がなにを企てているかは知らないが、俺の邪魔はするな。今回はいい子ちゃんで通すつもりなら、これからも大人しくしてろよ」
「わ、わたくしは……」
全身が震えて、上手く声が出ない。
「馬鹿なお前にわざわざ教えてやっているんだ、ありがたく思え。いいか、もう一度言う。決して俺の邪魔をするな。……従わなければまた処刑台に送るぞ」
「……………………」
第一王子は静かにわたくしに近付いて、耳元で囁く。
「俺の言いたいことはそれだけだ。学園ではよろしくな、シャーロット」と、ニヤリと笑った。
とろり、と冷や汗が出た。




