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20 ダイアナ様がやってきた

「お久しぶりです、ダイアナ様」


「ご機嫌よう、シャーロット様! 会えて嬉しいわ!」


「わたくしもです!」


 勢いよく馬車から降りてきたダイアナ様を受け止めるようにわたくしは抱擁した。いよいよ彼女が領地へ遊びに来てくれたのだ。


「ここまでいらっしゃるのは大変だったでしょう。今日はゆっくり休んでくださいね」


 わたくしは早速ダイアナ様をお客様用の寝室に案内する。


「そんなことないわ。いろいろな景色を見られたし、なによりシャーロット様とアルバート様と会えると思うと道中はずっと胸が踊っていたわよ!」


「わたくしたちも今日がとても待ち遠しかったですわ。お兄様ったら張り切っちゃって、まだ庭で作業をしているのよ」と、わたくしはくすくすと笑った。


 ダイアナ様はにわかに顔を紅潮させて、

「そ、それは楽しみだわ……」と、呟くように答えた。




「凄いわ……っ!!」


 ダイアナ様が感嘆の声をあげた。

 庭の一角にある東屋の周辺をアルバートお兄様が薔薇園に改造したのだ。

 さすがにダイアナ様の薔薇園には見劣りするが、色とりどりの薔薇の花と生き生きとした緑の葉のコントラストが真っ白な東屋に映えて美しかった。

 お兄様は葉の部分をもっと鮮やかな緑色にしたいと苦心していたようだ。その甲斐あって、ポツポツと点在している薔薇の花がまるで散りばめられた宝石のように輝いていた。


「とっても素敵! 薔薇の海の中に浮かんでいるようだわ!」


「喜んでくれて嬉しいよ、ダイアナ嬢。君が来るまでになんとかできて良かったよ」


「お兄様は勉強を抜け出してまで庭仕事をしていたのですよ」


「ロ、ロッティー!」


「まあっ! それはいけないことですわね。でも、嬉しいですわ!」


 ダイアナ様はにっこりと笑った。お兄様も照れ笑いをしている。再会の喜びを噛み締めているようだ。

 そしてまたもや専門用語を交えて薔薇の話をはじめた二人であった。邪魔者は消えたほうがいいかしら?


 一通り二人の話が終わってから……一時間以上は話していたわよ……わたくしたちは東屋でお茶をした。

 ダイアナ様からは王都の話をいっぱい聞いたわ。流行り物や噂話、そして王子たちの話を。


 二人の王子はどちらとも婚約話が止まったままのようだ。他の婚約者候補たちとも会っていないらしい。

 なんでも二人とも学園を卒業するまでに決めればいい、という話になったそうだ。となるとまだ猶予が3年以上はあるので急いで進めなくても……ということらしい。

 アーサー公爵令息も他の令嬢との婚約の噂は特に聞かないそうだ。

 第一王子は学園を卒業するまでにはモーガン男爵令嬢と早く決まればいいわね、とわたくしは心の中で祈った。


 わたくしが第一王子への手紙の返事が書くことがなくて四行で終わってしまったと打ち明けたら、ダイアナ様は令嬢らしからぬ様子で爆笑した。お兄様は呆れ返っていた。お父様に言い付けないようにとちゃんと口止めしたわ。

 ダイアナ様は「あのプライドの高い第一王子が四行しかない手紙を読んで面喰らう姿を想像したらおかしすぎるわよ!」と、いつまでも笑っていたのだった。




 それから一週間あまりダイアナ様は領地で過ごした。


 わたくしたちは毎日ひねもす一緒にいて、他愛のないお喋りに花を咲かせた。

 もちろん、ダイアナ様とお兄様との時間も作ってあげたわよ。でも未婚の男女が二人きりは外聞が良くないので、二人の世界にこもっている間はわたくしは背景の薔薇と一体化していたわ。


 わたくしは薔薇として二人の会話に耳を傾けていたのだけれど……ちなみに決して盗み聞きなんかじゃないわ……一つの薬草が加工によって薬になったり毒になったりするらしくて、植物って不思議なものなのね。

 薔薇ひとつにしても鑑賞以外にも薬としての用途もあるみたいで、ちょっと感動したわ。

 わたくしもヨーク公爵令嬢として薬学の基礎を知ったほうがいいわね。あとでお兄様に相談してみましょう。



 そして、ダイアナ様の滞在の最終日前日。


 この日はヨーク公爵領の収穫祭の一大行事がある。魔女やおばけの仮装をして街を練り歩くのだ。

 暗くなりはじめると、黄色いカボチャをくり抜いて中にロウソクを灯したものが幻想的な光を放ち出す。街はかつての魔女の街のように怪しく装飾されて仮装した人々で賑わう。


 実はダイアナ様は今回はこのお祭りを目的に来訪していて、わたくしたちで事前に手紙で綿密なやり取りをしていたのだ。


「じゃあーんっ! どうかしら?」


 ダイアナ様は準備した仮装姿に身を包んでくるりと回ってみせた。

 彼女の仮装は古代の魔女の姿で、黒いとんがり帽子に黒いドレスをまとっている。ところどころ真紅の装飾が上品に施されていて、黒装束だけど暗くならない印象になっていた。


「とっても素敵ですわ! やはりダイアナ様が赤がお似合いですわね。まるで薔薇に祝福されたみたいですわ!」


「うふふ、ありがとう。シャーロット様もすっごく素敵だわ! さながら夜空にきらめく星の精のようね」


 わたくしも同じく古代の魔女の姿で、こちらはアクセントに青みがかった銀色の装飾を散りばめている。今日のために二人で衣装を合わせたのだ。

 わたくしたちは手紙で何度も衣装の話し合いをして、デザインも一緒に考えて生地も共同で購入した。前回の人生ではお友達とお揃いの服を仕立てるなんて考えられなかったから、わたくしは心が弾んだ。


「二人とも、とっても可愛いよ。僕はもう小さな魔女たちに魅了の魔法を掛けられてしまったよ」


「まあっ! アルバート様ったら。あたくしも素敵な吸血鬼に惑わされそうですわ」


 アルバートお兄様は吸血鬼の姿に扮していた。黒と赤を基調にした恰好で真紅のマントが映えていた。

 はじめはわたくしとお揃いで黒と青の衣装にするはずだったのに、ダイアナ様が赤だと知ったら既に作りはじめていたのに自分も赤にするって言って聞かなかったのよ。

 まったく、ダイアナ様のことになると途端に馬鹿になるのよね。第一王子も男爵令嬢のことになると人が変わったように馬鹿になっていたわ。恋する男は馬鹿よね。わたくしも前回の人生で第一王子に恋い焦がれるあまりに馬鹿なことをやったけど。


「こうしてお二人が並ぶと魔王と魔女のようでとっても素敵ですわ」


「そっ、そうかしら?」


「ええ」


「ロッティー……それは褒めているのかい?」


「お似合いだと申し上げているのですわ」


「そう受け取っておくよ。……さて、二人のレディーに僕からのプレゼントだ」


 お兄様は庭で採れた赤と青の薔薇で作ったブローチをわたくしたちにそれぞれ着けてくれた。


「うわぁっ! 可愛い!」


「凄いですわ!」


「喜んでくれて嬉しいよ。さぁ、行こうか」





 街はカボチャの明かりに包まれて幻想的な雰囲気だった。

 わたくしたちはお祭の空気を味わいながら大通りを歩いた。街の人々はそれぞれ思い思いの仮装をしていてとても楽しそうだ。



 一通り見終わったあと、街の中心にある大広場に立ち寄る。

 ここは収穫祭のメイン会場だけあって、ひとしお賑わっていた。それに反比例するようにわたくしたちは黙って彼らを見つめていた。


「……ここにいる人々の幸せを守るのが僕らの使命だね」と、お兄様が呟いた。


「そうですわね、お兄様」


 ヨーク公爵領が繁栄するために、わたくしも微力ながらお手伝いをしなきゃいけないわね。

 前回の人生ではヨーク家が没落したあとはきっと領地は混迷したと思うから、今回はそのようなことにならないように尽力するわ。


「アルバート様ならきっとできますわよ」


「君が隣に立ってくれれば」


「……………………はい」


 ダイアナ様は淡いロウソクの光でも分かるくらいに顔を紅潮させて俯いた。

 お兄様もはにかむように微笑する。

 ……あら、これはわたくしはお邪魔虫のようですわね。


 わたくしはそっとその場を離れた。

 大広場をあてもなくぶらぶら歩いて、思い切ってラム肉の串刺しを買って食べ歩きをした。

 こんなことがお母様に知られたらきっと大目玉だけど、今日は特別な夜だから別に構わないわよね?


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