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17 領地で過ごす日々

 ヨーク公爵家の領地は、王都から馬車で約一週間ほどかかるところにあって、温暖な気候で肥沃な土地が広がる地域だ。そのため自然の薬草が多く生い茂っていて、薬学や医学の研究が盛んである。


 今や伝説のような話だけど、まだ領地なんて概念のない大昔は不思議な力を持った魔女と呼ばれる女性たちが住んでいたらしい。

 その名残で領地では魔女に関するものが名産だ。

 年に一度の収穫祭では参加者が魔女やその使い魔などに扮した仮装をして街を練り歩くのが恒例行事となっていて、多くの人が中心街に集まる。


 アルバートお兄様は幼い頃はずっと領地で過ごしていて、そのときに薬草の奥深さに目覚めたらしく、今では領地運営の勉強と平行して薬学も学んでいる。最近はそれに加えて薔薇も加わったみたいだけど。


 わたくしは物心がついた頃から既に王都に住んでいて、領地に行くのは年に一、二度くらいしかない。

 領地へ行くのはいつも楽しみだった。賑やかな王都も良いけれど、緑の匂いに包まれた自然豊かな領地が大好きよ。

 ここはいつものんびりとしていて、憂鬱な婚約話なんてどこかに吹き飛んでいきそうだわ。

 学園入学までの約4年間、肩の力を抜いてゆっくりと過ごせそうね。





 ――と、思ったら間違いだった。


 お母様がわたくしが仮に王家に嫁いでも恥ずかしくないように、前回の人生と同じくらいの厳しい淑女教育を始めたのだ。

 ただ前回と違うのは、まだ正式な王子の婚約者ではないので鬼のように手酷くはなかったことだ。


 前回の人生では起きているときは常に気を張っていないといけなかったけど、今回は授業以外では比較的自由だ。それでも、最低限の所作は必要だけどね。


 わたくしははじめは平凡な令嬢を演じてわざと失敗ばかりしていたけど、お母様の指導は日に日に熾烈になるし、なによりヨーク家に生まれた以上はいつかは王族や高位貴族と婚約をするはめになりそうなので、もう自棄になって本気を出したわ。前回の人生で国一番の令嬢と呼ばれたわたくしの本領発揮よ。


 お母様は度肝を抜かれたように仰天していて、イタズラをしている気分でちょっとおかしかったわ。

 そのあとは「やっぱりわざと手を抜いていたのね」ってこっぴどく叱られたけど。

 でも、それからは厳しいお勉強というより軽い復習のような感じの流れで、お母様の肩の荷も下りたようで当初のような鬼気迫る様子もすっかりなくなって、今ではわたくしとも楽しく過ごしているわ。



 問題はお兄様よ。

 領地運営の勉強があるし、学園入学の準備もあるのに、日がな一日薬草と薔薇の研究をやっていてお母様もカンカンに怒っていたわ。

 激怒したお母様が「そんな体たらくではバイロン侯爵令嬢をお嫁にいただくことはできませんよ?」と言うと血相を変えて勉強を再開してお母様も溜飲が下がったみたいだけど、わたくしはお兄様が部屋からこっそり抜け出して庭の薔薇の世話をしに行っているのを知っている。


 恋ってそんなに人を夢中にさせるものなのかしら?

 ……そういえば、男爵令嬢に骨抜きにされた愚かな王子がいたかしらね。今思うと笑っちゃうわ。

 ま、わたくしはその愚かな王子にどっぷりと溺れていたけどね……。





 そんな愉快な日々を過ごしている中、ある日わたくしはお忍びでミリーと中心街まで遊びに行くことになった。

 お母様にずっとねだっていて、淑女教育も問題ないし領地の視察も兼ねて行って来なさいとお許しが出たのだ。



 わたくしは普段より地味で町娘然としたワンピースにつばの広い帽子を被って意気揚々と街へと出掛けた。


「ねぇ、ミリー。この恰好だったらきっと誰も公爵令嬢だって気付かないわよね?」と、わたくしはほくそ笑む。


「もちろんです、お嬢様! ここにいる全員がお嬢様が領主のご令嬢だって分かりませんよ!」


 支度をしてくれたミリーが胸を張ってしたり顔をした。


「そうよね? 今日は自由に楽しむとする――」



「やぁ、シャーロット嬢。こんなところで会うなんて奇遇だね」



 わたくしは一瞬固まった。この声は知っている。


 振り返ると、わたくしと同じくお忍びのような出で立ちのアーサー・ドゥ・ルイス公爵令息が笑顔でこちらを見ていた。


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