08.共闘したいひと
「すぐにハクアの部下が銃声を聞きつけてここへ来る。早くここを……!」
言葉を発した伊能。大きな銃声と共に伊能の左の太ももから下が吹き飛ぶ。
「グアァア!」
「伊能!」
陽香は伊能へ駆け寄り銃声の方を見る。
「こんなところでなにをしているの、伊能先生?」
短い髪を後ろで結んだ女、ライ。それとガスマスクをした二人の男。
「ウゥ……。ずいぶんと早い登場だ、ライ……」
ライは両手で持った狙撃銃の照準器から顔を遠ざける。
伊能は這いつくばりながら、陽香、木鈴はそれぞれ木の裏へと身を隠す。
「その傷じゃ速く止血をしないと死ぬわよ。こちらへくれば早急に処置することができる」
伊能はなんとか声を張りながら返す。
「数時間の延命など意味がない。私を連れ戻すのが任務なのだろう? ならばお前は任務の達成はできない」
ライは口元を緩ませる。
「私は不可能を可能にする女よ? 伊能先生もちゃんと連れて帰るわ」
話をしている隙に木鈴が動く。三人の銃口が自分へ向いていないことを確認すると木の裏から顔を出し拳銃から弾丸を放つ。
はずだった。だがそれよりも早くライは銃口を木鈴へと向け狙撃銃の引き金を引く。
“ドゥゥン”
拳銃よりもはるかに大きな音をたてて放たれた銃弾は木鈴へと向かってくる。
避ける木鈴の額をギリギリで掠りながら銃弾は遠くの木を砕いた。
「はぁ……はぁ……」
額からの血が木鈴の鼻筋をなぞる。
「躱したのは褒めてあげる。けどごめんね。鼠は始末しなくちゃいけないの」
伊能は傷口を白衣で抑えながらつぶやく。
「奴と撃ち合いで勝てると思わない方がいい……。銃というコンテンツにおいてライに勝るものを見たことがない。見ただろう……。狙撃銃の反動を体だけで吸収し、尚且つあのコントロール。奴の腕前は本物だ」
ガスマスクの男二人が少しずつ距離を締める。
「じゃあどうすればいい?」
陽香は拳銃を強く握る。
「私が知っている限りこの状況を覆す方法はない……」
「諦めろということか?」
「ただ、足掻くことならできる。陽香君、拳銃をこちらへ、私へ渡してくれ」
陽香は素直に拳銃を隣の木に寄り掛かる伊能めがけて投げる。
「助かる」
片膝を地面につき足音を聞き分ける伊能。タイミングを計り身を出しガスマスクの男の頭部へ銃弾を射出する。
「アァ!」
男は地面に倒れた。体は痙攣している。
「銃を使えるのか」
ライの反撃を受ける前に素早く身を引く。
「言ったはずだ。ハクアの部下は皆すべての技術を磨く。それは研究員である私も同じこと」
ライから言葉が投げられる。
「伊能先生。昔からあなたの銃の使いこなしは目を見張るものがあった。今のも素晴らしかったわ。けれどもう一度それができるかしら? いやそれ以上のパフォーマンスを。もう一度今程度のパフォーマンスをするんじゃ私がお前の頭を吹き飛ばす」
照準器をのぞき込むライ。
陽香は木に背中をつけ目を瞑り深呼吸する。そして声を出す。
「木鈴さん、俺にナイフをくれ」
「ナイフ……?」
木鈴は一瞬戸惑いを見せる。しかしさっきとは違う。何も言わずに腰に巻いたナイフを草の上を滑らせて陽香へと渡す。
「ありがとう」
もう一人のガスマスクの男が少しずつ三人への距離を締める。
音を聞き分ける陽香。一歩、また一歩、確実に距離は近づいてくる。もう五メートルもない。
「行くしかない……」
陽香はガスマスクの男めがけて地面を蹴った。
「馬鹿なの?」
ライの狙撃銃が火を噴く。陽香は左腕で弾丸を受け止める。だが手が吹き飛んだだけじゃない。その銃弾は左手を砕きながら陽香の胸にまで届く。
「……!」
陽香は歯を食いしばりながらガスマスクの男へ体をぶつける。
「クッ!」
ガスマスクの隙間。そこめがけ最後の力を振り絞り右手でナイフ突き出す。
「はぁはぁ……」
陽香の右手を掴むガスマスクの両腕はダラリと地面に落ちた。それと陽香の頭も。
「勇敢な鼠もいたものね」
顔の右側が吹き飛んだ。その場に倒れた陽香はピクリともしない。
ライは近づく。そして真っ黒い黒光りしたブーツで死体を踏む。
「哀しいこと。人を殺すのに躊躇いがなくなったのはいつからでしょうね」
「普通の人間はいくら殺しても罪悪感や後ろめたさ、それと同等の感情が湧き出る。それを感じるからこそ人間なのだ。それを感じなくなってしまった時点でお前は人間の道を外した。ライ、お前はもう人間じゃない」
伊能が返す。
「あら、そんな素直な説教されるなんていつぶりかしら? けど、伊能先生。あなた、自分のことを否定していることになっちゃうけど大丈夫?」
「……」
多量の汗が伊能の顔を流れる。
「あなたは研究という名目でたくさんの人を殺してきたでしょう? 「光ウイルス」の実験だって何人、いや何十人の人を殺したの? 私は知っているわよ。あなたはいつも実験には立ち会わず、実験台にされて苦しむ人間の声を聴こうとしない。そうして結果だけを持ち帰る。そんな人が人間を語らないでちょうだい。卑怯者。見苦しいわ」
伊能は閉じていた口を開く。
「そうだ、私は卑怯者だ。私は人が死ぬことから目を逸らしていた。だが何が悪い? 私は人が死ぬ場面を見たくない。だから見ない。単純な話だ。私はハクアの部隊に所属した八年前から私は人間をやめていたんだ。そのときから自分がキレイに死ぬことができるなんて思っていない。しかし私にもまだ人間でありたいと思う心はあった。だから最後に足掻いた」
ライは微笑む。
「それで私たちを裏切ったの? 自分の都合で? ばかばかしい。ほんっと、男にろくな奴はいないわ。自分勝手で先のことを考えることもできない。その場面のことを対処しても次を見据えてなくちゃそれがマイナスに働くかもしれない。そんなこと今のご時世当たり前とされていることよ? 伊能先生、あなたがいつからそんなに馬鹿になったのか知らないけどそうなった時点であなたはもういらないわ」
ライは腰に着けた何かを取り出す。そして素早く伊能の方へと転がす。
「手榴弾か!」
伊能は避けるために片足で地面を飛ぶ。木から体があらわになった伊能の肩を銃弾が砕く。
「クゥァ!」
手榴弾の爆風に巻き込まれ体は宙を浮き地面に叩きつけられた。ピクリとも動かない。
「あとはそこの鼠だけ」
木鈴が隠れる木の方へと目を向ける。
「あんた……そいつは殺さないんじゃなかったの……」
「抵抗されたら仕方ないじゃない。それに生きてるなら誰でもいい。だから代わりにお前を連れていく。だから抵抗はやめてちょうだい」
ライは目の笑っていない笑顔で語りかける。
「残念ながらそれは無理」
「お前こそ無理なのは分かっているでしょう? だから私を撃たない。恐怖に飲み込まれてるんでしょう? お前がどんなに万全の態勢でそのトリガーを引いても私はそれに対応する。それは分かっているはずなのになんで抵抗する必要があるの?」
「そんなのやってみなきゃ分からない!」
木鈴は木から半身を出し銃を構える。
「無駄」
木鈴の拳銃に銃弾が当たる。拳銃は宙を舞い地面へと落ちた。
「さあ、これで抵抗もできないわ」
少しずつライと木鈴の距離は縮まる。
「「君もね」」
ライの背後からの声。ライの首にかかる腕。ナイフがガスマスクを貫きライの顔の右側を削る。
「なに⁉」
ライは体を捻りそこから抜け出し後ろを見る。
「お前、なんで生きてるの?」
ライの顔からガスマスクが外れた。血まみれの顔。その顔は以外にも幼い顔つきをしている。
「なんで? まだ死にたくないから」
血まみれの陽香。吹き飛んだ顔の部位は元通りになっている。
「……鼠を侮っていたわ」
狙撃銃を構えるライ。体の動きを見てそれに素早く対応する陽香。狙撃銃を蹴り飛ばしライの顔を掴むと足をかけそのまま緑の地面へと叩きつける。
「死ぬときの昂ぶりを楽しんで」
陽香はそう言うと反対の手でナイフを首に突き刺した。
「ァ……ァ……」
体がピクピクと動いたかと思うとすぐに力は抜け動かなくなる。
「これでひと段落か……」
陽香は立ち上がり木鈴の方へと走る。
「大丈夫?」
「私は……けど」
木鈴の視線の先、伊能が倒れていた。
「伊能!」
二人は伊能の元へと走る。
「あ……ああ……。ライを殺すなんて……凄いな……」
血と汗が混ざる液体が全身を染めている。木に支えられる伊能は細い声で話す。
「しっかりしろ!」
半分も開かない目で陽香を見つめる。
「見ての通り腕も足も失った……。血が止まらない。もう死ぬ。だからよく聞いてくれ……」
「ああ」
「……この先を東へ進め……川の音を聞き分けるんだ……。その先に「光」がある……。きっと私が会うべきだったのは君だったようだ……」
閉じられた目、下を向いた頭。
「伊能にはずいぶん助けられた。感謝しなきゃいけない」
「うん……。それでこの後はどうするの?」
横にいる木鈴が口にする。
「この後? 木鈴さん、君にこの後はないよ」
「え?」
木鈴の額に穴が開く。目は見開き陽香のことを見ていた。
「どうやら君は馬鹿だね」
「いち……ろ……はるか……」
茶色にも金髪にも見える髪を揺らしながら地面に倒れこんだ。
涼しい。森の中は汗が流れるほど暑いのに陽香は涼しい顔をしている。陽香の頬を風が撫でる
“ブルルブルル”
なにかが振動している。陽香はその方向へ歩く。
狙撃銃を持っている死体。その内ポケットからのようだ。大きなサイズのスマートフォン。一目で一般的なスマホとは違うことが分かるそれを迷わず手に取り通話ボタンを押した。
「ライ、「光」へ行くにつれ腐敗体が多い。念のためだ。第二休憩所を通るな、裏を使え」
聞き覚えのある声。ハクアだ。
「それなら安心してくれ。ライはもういない」
数秒の間音が消える。
「……誰だ」
「誰だと思う?」
「……馬車にいた死体か」
「よくわかった」
「貴様がライを殺したのか」
「俺一人じゃないが」
向こう側で何かを叩きつけたような音がする。
「そうであれいい腕前なことは確かだ。私の前に現れるとき失望させてくれるなよ」