05.馬車へ乗るのはファンタジー
数分もしないうちに複数の足音が聞こえだした。
「鼠どもは逃げたか」
背が高くコートの上からでもわかるほど筋肉質な体。短い髪に彫りが深い顔が特徴的な男。体からは冷気が溢れている。
「死体ですか?」
短い髪を後ろで結び顔にガスマスクをした女、彼女は目の前の死体を見て言葉を発した。
「醜い争いだ」
大柄な男は靴で死体を転がす。
「人間か。血の色が鮮明だ。ただの人間か、ソリド?」
女の隣、口元を布で隠したサラサラとした髪が特徴的な男、ソリドは答える。
「調べないと分かりません」
「そうか。価値はありそうだ」
三人の後ろにはガスマスクで顔を隠し武装した五人の人間、そして二匹の馬とそれが引く大きな箱型の馬車。
「乗せろ」
後ろの兵士は素早く死体を引きずり馬車の前へ移動させる。一人の兵士が両手で馬車の扉を開ける。中には足と腕が縄で縛られ、目と口が隠された人が四人、転がっていた。死体はその隣に適当に置かれる。
扉が閉められた。
外の光がほとんど中には入らない。わずかな隙間からほんの少しだけの光。それは目が慣れるには十分だった。
陽香は顔を上げる。何事もなく夢から目覚めるように。
力を抜きうつ伏せの状態から仰向けになり周りを見る。中には自分以外に四人の人間がいることを把握する。音をたてないように起き上がろうとしたとき馬車が揺れる。進みだしたようだ。
縛られた四人、一人は白衣、あとの三人は作業服を着ている。
「哀しいな」
ジロジロと見ていると後ろから声がした。
「誰だ」
陽香は反射的に振り向く。
「誰でもない。死人だ」
フードをかぶり眼鏡をかけた男。肌は異様なまでに白い。見たところ年齢は三十から四十あたりだろう。ダンボールの上に座り手には薄暗いランタンを持っている。
「明かり?」
「気がつかないものだろう? 俺は気に入った」
揺れる馬車の中で男はランタンを見たまま話をする。
「どういう意味?」
「そのままだよ。魅力的だと言われるだろう」
陽香もランタンを見つめる。
「俺が? 魅力的な人間になれればいいとは思う。けど言われたことはない」
男の表情は変わらない。けれど少しだけ微笑んだように見えた。
「内側は見えにくいものだ。この馬車の行き先は君の求める場所だろう。心が躍る方へ向かいたい」
男はランタンから陽香へと視線を移す。
「それであなたは誰なんだ?」
陽香も男の方を見る。
「言ったはずだ。ただの死人だと」
そう言うとランタンのふたを開け親指、人差し指、中指で火を捕まえるように触れる。薄暗い火は消え辺りは真っ暗となる。視界が真っ暗になり馬車の動きが止まったことに気づいた。
“ガタッ”
外から扉を開けようとする音が聞こえる。陽香は素早く元の位置に戻りうつ伏せになる。
「どうだ? 何か異常はあるか、ライ?」
ガスマスクをした女が懐中電灯で馬車の中を照らす。
「見た限りはありません」
女は上や下を満遍なく光を当てる。その後陽香を数秒照らす。
「女の勘は鋭いというからな。だが激しい思い込みは足を引っ張るだけだ。それに私がいる限り……」
「ハクア隊長! 狂犬です!」
ガスマスクをした一人の男が話を遮り叫ぶ。
「七、八、九.随分と多いな。死体の血におびき寄せられたか」
大男の前に立つソリド。
「俺が始末します」
背中に手をやり鞘を捨て身長の半分ほどの刃先の刀を手に取る。
「フ、頼もしいな」
ソリドは飛びつき襲い掛かる狂犬を次々と真っ二つにしていく。
あっという間に死んでいき最後の一匹となった狂犬がソリドへ飛び掛かる。それと同時に頭上の木の枝から一匹が大男の腕へと噛みつく。
「少しだけ賢くなったか?」
大男、ハクアの全身から溢れる冷気の勢いが増す。噛みついた犬は数秒もしないうちに口から足元まですべてが凍りついた。
「ハクア隊長、すみません」
ソリドはそう言い刀を振り血を飛ばし、鞘へ戻す。
「問題ない。自分の身は自分で守るものだ。どこかのお偉いと違い私はその意識が欠如していない」
腕を振り凍り付いた狂犬を振り払った。
「ここで体力を使う必要はない。このまま川沿いを進む。急ぐぞ」
馬車の扉が閉められる。
「凄いな」
陽香はぽつりと呟いた。