オアシスでの誓い
朝の光が射し込んで、ハイデマリーは目を覚ました。
指輪が目に入った。
光にかざしてみる。
小さなオパールの指輪。
ウェディングドレスと共に用意されていた、古い指輪。
母が嫁いで来た時には、父が身に着けたと聞いた。
父に手を取られて大広間の絨毯の上を歩いている時、指に感じた違和感。
熱かった、でもそれを言う余裕はなく、これから結婚式を挙げる、ただその思いだけだった。
その存在を感じたのは、砂漠に入った時。
フェルホルムの王太子の馬が向かう方向に馬を向けた時、指輪が熱くなった。
指輪が熱くなる方向に王太子は常に向かった。
そして、王太子の腰にある剣に石の大きさこそ違うが、同じ石が飾られていると知った。
星屑を散りばめたようなオパール。
お父様。
王の責務とはいかほどなんだろう。
いつも険しい顔をしていた王が、手を引く時に優しい顔を見せた。
殺された。
あんなに血を流して。
父を助けることもせず、私は逃げて来てしまった。
一点を見つめたままハイデマリーは、身動きしない。
ハイデマリーが起きた事に気が付いていたディートフリートは、お茶の入ったカップをそっと置くと、ハイデマリーの視線が動いた。
その頬には涙が流れている。
ドクンドクン・・・
ハイデマリーに見惚れるディートフリートは、自分の心臓の音がうるさくて息さえ苦しくなる。
「見苦しくってごめんなさい。
いつもは、こんなのじゃないのよ」
ハイデマリーは笑おうとするが、涙が止まらない。
涙を拭おうとして、ディートフリートに着せられたディートフリートの上着の袖をまくる。
ハイデマリーには大きい上着を涙で汚してはいけないと思っているようだ。
ディートフリートは、自分の上着を着ているハイデマリーが愛しくてしかたない。
「泣いて当たり前だ。
君は逃げただけでも勇敢だ、よく自分の気持ちを抑えた」
ディートフリートは、カップをハイデマリーに持たせて手を添える。
「飲んだらいいよ。
気持ちが落ち着く」
ディートフリートとハイデマリーの視線が絡まる。
「殿下」
後ろから声がかかり、ディートフリートは振り返りもせずに答える。
砂漠のオアシスにいるのは自分達しかいないからだ。
「なんだ?」
「食事の準備ができております」
食事と言っても、干し肉を固パンに挟んだだけのものだが、追手から逃れている間に用意したには十分すぎる程だ。
オアシスに来れたおかげで水には不自由しない。
ディートフリートはハイデマリーをそっと支えて、立ち上がらせる。
ハイデマリーは、花婿に裏切られ、父親を殺され弱っている。
付け入るなら今だ、ディートフリートは好機に躊躇することはしない。
侍女のカルロッタは心配していたのだろう。
「姫様、ご気分はいかがですか?
少しは食べれますか?」
「ありがとう、カルロッタ。
貴方はちゃんと寝れた?」
「はい、騎士様が交代で番をしてくださり、私は休ませていただきました」
カルロッタのドレスは砂で汚れ、髪も乱れ、眠ったというには疲れがよくわかる。
「カルロッタ、ごめんなさい。
私と一緒に逃げなければ、貴女は実家に戻って暮らせたのに」
ロレンツォが貴族の全てを粛清するはずもない。
マヌエル王国の属国になったとしても、反抗しなければ多くの貴族が国の執政に必要だろう。
反抗した貴族はすでに処罰を受けているかもしれない。
大広間でも、私を逃がすためにたくさんの人が戦っていた。
ガシッ、カルロッタがハイデマリーの手に手を添える。
「姫様。
謝らないでください。
私は自分の意志で来たのです。
馬も乗れませんが、誰よりもお仕えします」
それは貴族の総意のように思えて、ハイデマリーはカルロッタが添えた手に手を乗せる。
「気弱になってました。
ありがとう、カルロッタ。
苦労かけるけど、絶対に取り戻すことを諦めないわ」
二人で泣きながら誓い合っている姿は感動的なのだが、ディートフリートは複雑である。
ハイデマリーを勇気づけて、自分がカルロッタのポジションにいる予定だったからだ。
「王太子殿下」
ハイデマリーが居住まいを正して、ディートフリートに向き合った。
「ここまで助けていただいて、ありがとうございます。
姫でも無くなった私に、お渡しできるものなど何もありません。
国を取り戻した時の約束もはっきりした事は言えません。
それでも、殿下しか頼れる人はいないのです。
今の私に出来る事は何でもいたします。
どうか、お力添えをお願いします」
ディートフリートは、悲壮な覚悟のハイデマリーが自分を頼ってくれたことは嬉しいが、ここで結婚してくれ、と言ったら国目当てか、身体目当てと思われる。
結婚式であんなことになったのだ、今は結婚という言葉はダメだろう。
それでも言わずにおれない。
「いつか俺の花嫁になるということを、考えて欲しい」
ハイデマリーはピクンと身体を震わせた。
「何でもするといいました。
いつかではなく、今すぐにでも。
今の私は王女でもなく、花婿に裏切られた傷物ですから」
まるで愛人になるかのように言うハイデマリーを庇うように、カルロッタが前に出ようとする。
「いつか姫が俺を好きになった時でいいんだ。
俺のはもう貴女が好きだから」
間違ってもロレンツォと同じような男と思われたくない。
「だから、約束する。
俺は、貴女に好きになってもらうように努力する。
それの近道は、貴女に協力することだと思っている」
「結婚式で初めてお会いしましたよね?
あれから今までで、どこに好きになる要素があったかわかりません」
好きだと言われたハイデマリーが、不思議そうに言う。