騙された想い
ハイデマリーとロレンツォは、穏やかに愛を育てているようにみれた。
周りの多くの者は、他国の王族であるロレンツォが王配として婿に入るに当たり、軍部の役職を与えるのに不安を表したが、ハイデマリーがロレンツォを推し進めた。
書類関係は自分がするからと、指揮官の一人に推薦したのだ。
軍馬に乗るロレンツォに喜んでほしかったのだ。
軍に籍を置くことになったロレンツォは、グレートヘン王国に来ると訓練に参加し、軍の指揮系統を身に付けた。
ハイデマリーは、慌ただしい日程をこなしてマヌエル王国に戻ったロレンツォの部屋にいた。
次は結婚式の二日前に来る予定だ、そのまま式になりマヌエル王国に戻ることはない。
ガチャ。
ハイデマリーが部屋にいるとは知らず、掃除に侍女達が来たようだ。
気づかれないように、ハイデマリーは寝室に隠れる。
「今朝も見たそうよ」
噂好きな侍女の話がハイデマリーにも聞こえてくる。
「この部屋から王女様付きの侍女が出て来たんでしょ?」
「あら、知っていたの?」
「大きな声じゃ言えないけど、噂があるもの」
きゃはは、と笑い声がハイデマリーの頭の中に響く。
王女付きの侍女。
ハイデマリーは誰だろうと考えるが、心臓は跳ねるように鼓動している。
「伯爵家の娘だって偉そうにしている人よね」
ドキン、伯爵家の娘。
「そうそう、王女付きだからって、私達を見下しているのよね。
あの金髪を見かけると避けるようにしてるわ」
王女付きの侍女で、金髪の伯爵令嬢。
ラザレア。
直ぐに名前が浮かんだが、そんなことはないと打ち消す。
ロレンツォが自分を裏切っているはずなどない。
何かの見間違いに違いない、ハイデマリーは自分に言い聞かす。
どうやって掃除の侍女達にバレずに部屋を出たかも覚えていないほど、ハイデマリーは狼狽していた。
「殿下、今日の髪型は何にしましょう?」
ラザレアの声にハイデマリーはピクンとする。
「大臣と会合があるから、きっちり結ってちょうだい」
ハイデマリーは聞かなかったことにして普段通りにしようとしたが、気にならないはずがない。
「殿下、迎えの護衛が来ております」
カルロッタがハイデマリーに告げると、ハイデマリーはドレッサーの前から立ち上がり扉に向かう。
後ろを振り返ると、ラザレアはリボンを片付けていた。
それはいつもの姿で、自分を騙しているなどと思えなかった。
ハイデマリーは歩く姿も徹底的に教育されている。
どんな時も女王として威厳を持つよう、歩く姿勢も座る姿も美しいが、堅苦しくも見える。
移動は常に護衛に守られ、羽目をはずすことなどないハイデマリー。
結婚式の為にロレンツォは、近衛大隊を引き連れて来た。
「明後日の結婚式には、父も参列するからその護衛も兼ねているんだ。
父の帰国に近衛は護衛として戻る」
あまりの多さに苦情を受けたハイデマリーがロレンツォに言っても、すでに王宮に入っている。
「近衛が見送りにつく、と手続きもしてあったはずだ」
「これほどの人数と聞いてませんでした」
ハイデマリーも言わずにはおれない。
「僕は第2王子とはいえ、王太子と同格としてこの国と婚姻を結ぶんだ。
これぐらいは当然ではないか。
父からの贐なのだ。
我が国にとって、この婚姻の重要性を表す為でもある」
祝いの為に仰々しくした大隊を帰すのも、両国間に不信が生まれるとハイデマリーは諦めるしかない。
「分かりました。大臣達に説明してきますが、すぐにあの数が滞在する部屋は用意できません。
すでに参列の来賓が到着しておりますから」
「王都の外で野営するから大丈夫だ。
式に護衛として華を添えるが、それまでは王都の外で待機させる」
ロレンツォの言葉で、ハイデマリーは護衛を呼ぶ。
「内務大臣の所に行きます」
ロレンツォに挨拶をして部屋を出て行く。
チッ、とロレンツォが舌打ちしたことをハイデマリーが知ることなく、結婚式の前日は変更部分の確認に追われた。