ハイデマリー・グレートヘン
ここから、ハイデマリー視点になります。
勉強が一日のほとんどを埋めていた。
知識、語学、馬術、ダンス、護身術、話術、国史。
幼い頃から、生活とはそういうものだと思っていた。
正妃である母は次の子を産むことなく亡くなってしまい、ハイデマリーに同母の兄弟が出来ることはなくなった。
それは、自分が次期女王となるということだった。
それから、法律と政務の勉強が追加された。
王家には、たとえ王妃が死しても次の王妃は迎えないと決められている。
そして、王の側室に子がなされても王族になることはなく、領地のない伯爵か子爵として臣下になり、貴族給も一代限りと決められている。
王妃に子がなきとも、それを違えることはなく他王族から迎える。
10歳の時に婚約者が出来た。
「ロレンツォ・マヌエルです」
その男の子は優しく笑ってくれたから、教えられた通りに手を出した。
「ハイデマリー・グレートヘンよ」
王子さまは、手の甲にキスをするのよね?
ロレンツォは一瞬キョトンとしていたが、ハイデマリーの手を取ると跪きキスをした。
二人の顔合わせは無事に終了し、それから年に何度かマヌエル王国からロレンツォが来る形で交流が続いた。
「これは僕の国で流行っている髪飾りなんだ。
お互いの瞳の色石を埋め込むと願いが叶うというんだ。
髪につけていい?」
コクンとハイデマリーは頷くと、ロレンツォが髪に挿してくれた。
「ありがとうございます。
とても嬉しいです」
何度も髪に触り、髪飾りを確かめるハイデマリー。
その様子にロレンツォも声を出して笑って、
「とても似合ってますよ、願い事は何にしますか?」
「秘密よ」
ロレンツォもハイデマリーも笑顔があふれていた。
立派な女王になってロレンツォと二人でグレートヘン王国を治める、それがハイデマリーの願いであった。
しかし、それはハイデマリーが頑張れば頑張る程、ロレンツォの心は離れていった。
立派な女王に、王配の必要性は政務から離れて行く。
ハイデマリーを支えていくのはグレートヘン国内の官士や軍人であり、王配ではないのだ。
誰もがハイデマリーの勤勉を褒めたたえ、王の補佐として政務を覚え始めると、ロレンツォに施されていたグレートヘン王国の教育は少なくなっていった。
それは、ロレンツォのプライドを壊すものだった。
「ロレンツォ様、もうすぐ17歳のお誕生日ですわね。
ちょっと早いですが、プレゼントを用意してありますの」
マヌエル王国から着いたばかりのロレンツォを、ハイデマリーは訪ねていた。
今回は2泊の滞在予定である。
ハイデマリーは厩にロレンツォを連れていくと、美しい仔馬を紹介した。
「名前はロレンツォ様がお付けください」
国で1番美しいといわれる馬の子供だから、ロレンツォは喜ぶと思ったのだ。
ハイデマリーは、ロレンツォの表情が一瞬なくなるのに気が付いてしまった。
無理に笑顔をつくって、ハイデマリーは言葉を続ける。
「私達の結婚式までには大人になりますから、ロレンツォ様の乗馬として問題ありませんわ」
「ありがとう、でも僕には今日も騎乗してきたガステアがいるから、ハイデマリーが乗ればいいよ。
綺麗な馬だから、女性が似合うんじゃないかな?
ガステアは軍馬だから、この仔馬ほど綺麗じゃないけど実用に向いているんだ。
誕生日のプレゼントをしてくれる気持ちだけで嬉しいよ」
ロレンツォが微笑むと、ハイデマリーは頬を染めて俯いた。
「ハイデマリーも乗馬が上手くなったと聞いている。
これから、湖まで散策しないか?」
ロレンツォがハイデマリーを誘うも、ハイデマリーは時間がないと言う。
「ロレンツォ様は着いたばかりでお疲れでしょう?
遠出はやめておきましょう。
それにお茶の時間に、新しい大臣を紹介しようと呼んであるのです。
湖まで行くと、お茶に間に合いません」
それから二人で王宮に戻る時も、ハイデマリーは新しい大臣の話をしながら歩いた。