裏切者
大広間の混乱は続いていたが、ロレンツォ・マヌエルは王の座に座り、マヌエル兵が大広間を制圧するのを見ていた。
倒れていくグレートヘン兵が増えてくると投降する者も出て来た。
その中には、王女が戻って来るまで耐え忍ぶつもりの者も多くいる。
「ロレンツォ様」
先程まで令嬢同士、隅に集まって震えていたはずの一人がロレンツォに近寄って声をかけた。
ラザレア・ケルケトフ伯爵令嬢。
ケルケトフ伯爵家の次女で、ハイデマリー王女の侍女として出仕している。
ハイデマリーは年も近いことから、ラザレアを友人のように相談をしていた。
お茶会のお菓子は何がいいかしら?
次の夜会のドレスはどれにしよう?
婚約者の誕生日プレゼントは何が喜ぶかしら?
裏切者、内通者、残された人々はラザレアに出そうになった言葉を飲み込む。
王女の婚約者として、グレートヘン王国にロレンツォは来ることもあり、ロレンツォ王子とラザレアは距離が近く噂もあった。
年上のカルロッタがハイデマリーに言ったこともあったが、ハイデマリーはラザレアを信じていた。
だが、今はロレンツォが圧倒的な力を持っている。
王が殺され、大広間にいる自分たちの命もロレンツォが握っていると分かっていた。
ラザレアがロレンツォに情報を渡していたと分かっても、勝者はロレンツォなのだ。
「ラザレア、怖い思いをさせたがもう終わる」
ロレンツォが声をかけた時には、ラザレアは横に立っていた。
「王女は逃げおおせるかしら?」
「あの王女を助けた男は誰だ?」
反対にロレンツォが確認をしてきた。
「来賓の方ですから何処かの王族でしょう。
何人か若い男性の賓客が参列されています。
この惨状では、直ぐにわかりませんわ」
ロレンツォにとって、王女を仕損じたのは大きな失敗だ。
ましてや、中央の祭壇の前にいた自分の剣を止めることが出来る者などいないはずだった。
参列席からも、壁際の警備兵からも離れていたはずだ。
自分は周りを確認しながら剣を振るったのだ。
その時の視界に邪魔者はいなかった。
参列席からどうやって俺の剣を受け止めた?
まるで風のような速さだったとしか思えない。
いや、今更考えても仕方ない。
それより、何故に王宮から逃げ出せた?
大広間には、十分な数の兵を配置していたのに。
あの男は誰だ?
その後、混乱に乗じて多くの参列者が逃げた。
これは元々、他国からの賓客は逃がす予定で兵に指示していたからだ。
他国からの賓客を傷つけさえしなければ、グレートヘン王国を制圧したマヌエル王国に出兵する国は出まい、とふんでいたからである。
ラザレアが知らないならば、国内の有力貴族ではあるまい、他国の人間ならば厄介だ。
最悪、その国と敵対することになる可能性がある。
それは、ハイデマリーにそれだけの価値があればの話だ。
ハイデマリーを先鋒に担いで、この国を取ろうとしても簡単にはいくまい。
自分達も何年もかけて用意してきた。
子供の頃からの婚約者ハイデマリー王女。
綺麗なだけの面白みのない女だった。
次期女王という身分が無くなれば、何の魅力もない。
他国に逃げても持て余すことになるだろう。
「ロレンツォ様?」
ラザレアがロレンツォの思考を止めた。
「どうされました?」
ラザレアには答えず、ロレンツォは立ち上がる。
王宮の制圧は終え、大広間に残っている貴族の尋問が始まる。
結婚式は王族や有力貴族が一堂に集まるチャンスであった。
力の差を見せつけ、抵抗する者を粛清する。
グレートヘン王宮は、ロレンツォ率いるマヌエル軍に制圧された。
それは、グレートヘン王国の終わりであった。