ミルドレッドの贈り物
フ―、ディートフリートは溜息をつきながら椅子に深く腰掛けた。
目の前の机には、未処理の書類の山。
することが多すぎて時間に追われ、書類仕事をするのは毎日深夜だ。
マヌエル王国への進軍は急なことだったので、勝利はしたものの戦後処理の準備ができていなかった。
そして、それは国内情勢を調べれば足りないものばかりだった。
後宮にたくさんの見目麗しい女性が集められ、寵愛を得た者の一族は重要職を与えられた。
能力があってもコネが無ければ、重用されることはない。
古い貴族の派閥。
王族と後宮の浪費。
疲労した国民。
マヌエル王国にとって、グレートヘンの国力は大きな魅力だったのだ。
王配では、グレートヘン王国の財を自由に出来ない。
そこに、ロレンツォの権力欲が重なったのだろう。
早く片付けて、ハイデマリーに会いに行きたい。
手紙の返事も届かない。
まさかしつこくて嫌われた、と不安はあるがハイデマリーが忙しいのは分かっている。
女王になったハイデマリーも、戦後処理をしているのだ。
ましてや、有能な人間をたくさん亡くしてしまったグレートヘン王国。
ちゃんと寝ているだろうか、食事はとれているだろうか、と心配になる。
控えている事務官が顔をあげた、扉の外が騒々しくなったからだ。
またか。
扉の外がマヌエル王国の警備兵の時は、買収されて扉を開ける者さえいた。
後宮に入るために育てられた女性は、たくましいと言うしかない。
敗戦国になろうとも、新しい統治者に取り入ろうとする。
自分が優位に立つために相手を貶める女、というのは好かない。
ディートフリートは、手にした書類を事務官に渡しながら、ニコラに指示を出す。
「牢に入れておけ」
自分で立って扉の外の兵に命令するのも、煩わしい。
ニコラが慣れたように、扉に向かう。
バサッ。
音は窓の外からだ。
ディートフリートと事務官が振り向いた時には、窓を開けて、ミルドレッドが入って来ていた。
ミルドレッドの姿を初めて見るフェルホルムから連れて来た事務官が、ディートフリートを庇うように前に出る。
「大丈夫だ」
事務官を手で制したディートフリートとニコラが、ミルドレッドに膝をつく。
「ミルドレッド様急なお越しとは、何かあったのでしょうか?」
「マリーに毒を盛られた」
ディートフリートとニコラが部屋から飛び出そうとしたのを「待て」とミルドレッドが止める。
「ここからグレートヘン王宮まで何日かかると思っている?
マリーは我が処置した。医師もついている」
自国の王太子が膝をつく相手。
フェルホルム王国から来た事務官は、ミルドレッドを見るのは初めてだが、ただならぬ様子に息を潜めている。
それを察してニコラが紹介する。
「こちらは水の竜、ミルドレッド様だ」
「竜!?」
事務官が驚くのも無理はない。
竜は伝説の中でしか存在しない、ましてや人の姿のミルドレッドである。
「お前なら、耐えることが出来よう」
ミルドレッドは、ディートフリートの額に指を当てる。
「我の子孫たるお前にしか耐えれないと言うべきか。
お前は、竜の血が濃い。
他の者には毒にしかならん」
グッ、と力を込めると、ミルドレッドの腕に鱗が現れ、爪が長く伸び硬く尖る。
部屋にミルドレッドの影が伸び、竜の形になる。
ひー、事務官が口を押さえて座り込んだ。
その目の前では、ミルドレッドが伸びた爪で、腕の鱗を1枚取ると、ディートフリートの口にねじり込んだ。
「飲み込め」
ミルドレッドは、一言しか言わない。
何が耐えれるというのか分からないが、ディートフリートは躊躇なく飲み込んだ。
「うわぁぁ!」
ディートフリートが喉を押さえて、身体をよじる。
苦しそうな呻き声に、ニコラと事務官が寄ろうとするも、ミルドレッドに止められる。
「我の力を一部与えるのじゃ。
人間にはきつかろう」
さらに、ミルドレッドは爪で、自分の腕に傷をつける。
「ほら、飲め」
ミルドレッドが血の流れる腕を、ディートフリートの口元に近づけた。
ポトリ、血がディートフリートの口に落とされる。




