悲しみの連鎖
死を覚悟していたのだろう。
一人の侍女が前に出ようとしたが、ミルドレッドの迫力に貴族の令嬢では震えて足が動かない。
「他の人は関係ありません、私です」
それでも、他の侍女を巻き込まないように思っていたのだろう。最初から逃げる気はなかったようだ。
それは、少しばかりミルドレッドの興味を引く。
娘を殺したのと同じ人間が、ハイデマリーを殺そうとした。
すぐに処分しようとしたが、あの男と違って逃げようとしない。
医師に診察を受けていたハイデマリーも気が付いたが、大量に吐血したために体力が戻らずベッドに横になって動かない。
それでも、侍女を見て、あれは3年も仕えている侍女だと確認する。
「ほう、申し開きがあるか?
マリーはお前の主であろう」
ミルドレッドが、猶予をあげるかのように侍女に問いただす。
「軍人が上官に逆らうことなど出来ない!
将軍に指令されれば従うしかないの。
あの人は、まだ生きていた!
なのに全員を処刑した殿下など死んでしまえばいい」
裏切った将軍下の軍に恋人がいたのだろう。
ロレンツォを討ち、王位を取り戻したハイデマリーは、裏切り生き残ったグレートヘン兵の処刑の許可をした。
ハイデマリーが戻ってきた時に、ロレンツォと共に王宮にいてハイデマリーに向かってきたグレートヘン兵は、全員が裏切者と判断した。
その中にいたのだろう。
それでもそれを逆らって、男3人と女1人だけを共に戻ってきたハイデマリーに助勢した者達はいたのだ。
マヌエル軍に立ち向かうには、あまりに劣勢すぎてもだ。
マヌエル軍優位の中、ハイデマリーに付いたのは少なくない。
彼らは、ミルドレッドが竜とは知らず、己と家系の命をかけて、グレートヘン王家の為に駆け付けたのだ。
「愚かとしか言いようがないな」
ミルドレッドはもう飽きたとばかりに吐き捨てる。
「きゃあああ!」
部屋の隅に集まっていた侍女達の悲鳴が響く。
犯人の侍女が身体の水分がなくなったかのように、一瞬で干からびて転がったからだ。
ゴトン。
音を立てて床に落ちた袖から出ている手は、ミイラのようになっている。
ハイデマリーはベッドから一部始終を見ていた。
声を出すことはできたが、しなかった。
女王となった自分に危害を加えた犯人を、庇うことはできない。
私は、恋人の仇なのだろう。
私は父の仇を取った。それは新しい憎しみを産んだ。
「姫様」
カルロッタがハイデマリーの涙を布で拭いてくれる。
いつの間にか泣いていたらしい。
「お苦しいのですか? お水を飲まれますか?」
ハイデマリーは首を横に振って、いらないと答える。
ミルドレッドと視線が交わる。
「我の判断で処刑した」
ミルドレッドが責任は自分にあると言ってくれているようで、優しさに心が震える。
「ミルドレッド様、ありがとうございます」
助けてくれて、ありがとうございます。
負担を背負ってくれて、ありがとうございます。
一人で女王になるのではない。
やっとわかった気がする。
もし、もっと前にロレンツォを頼っていたら、違う未来になっていたのかもしれない。
ああ、ディートフリートに会いたいな。
「陛下、血が足りないのです。
少しお休みください」
医師がカルロッタに指示をだしながら、ハイデマリーに言葉をかける。
ゆっくり目が閉じていく。
おちていく意識の中で、ルキーノの声が聞こえた。
「ミルドレッド様。
毒の入手経路を聞かなければいけなかったのです」
「それは悪かった。
そうだな、人間はいろいろ大変だな」
全然悪く思ってない口ぶりのミルドレッドの声を聞きながら、ハイデマリーの意識は薄れていく。




