竜の怒り
それから、ディートフリートはハイデマリーに起こったことを話した。
竜の瞳が紅く燃えるように、怒りに染まっていく。
「その男が殺したグレートヘン王も我の子孫じゃ。
人間の男はいつの世も、殺してもあきたらん」
竜の言葉にハイデマリーが前に出て、祈るかのように膝を折る。
「どうか、お力をお貸しください」
「ほう、我の力を貸せとな?」
先ほどよりも竜の瞳は怒りで真っ赤に燃えた。
「あの男の子孫のお前が言うのか!
我の力を利用したいか!?」
「私は国を取り戻さねばならないのです。
竜様の怒りに触れここで死ぬのも、マヌエル王国軍に討たれ死ぬのも、死ぬのは同じ。
それなら、希望のある方に賭けます!」
「マリーは俺が守る」
ハイデマリーを庇うようにディートフリートがさらに前に出る。
「殿下!」
ニコルとルキーノをディートフリートが手で押さえる。
カルロッタは、一番後ろで座り込んでいる。竜の存在に許容範囲が超えたようだ。
「ディートフリート殿下、ありがとうございます。
そして申し訳ありません。
私は竜様に命を捧げても力を貸していただきたいのです。
殿下はどうか他の方とお幸せになってください」
ディーと呼べと言われたが、ハイデマリーには昨日会ったばかりの人物をそう呼ぶことは出来ない。
「出来ない!
竜殿も言ったではないか!
俺は一人しか愛せない、それが竜の血なのだろう」
ほぉ、と竜は二人の様子を見ていた。
いつの間にか瞳の怒りは消え、面白そうにしている。
「我は娘を亡くしたが、娘は残したのだな。
お前名は何という?」
竜はハイデマリーに問いかけた。
ハイデマリーは竜にロイヤルカーテシーをすると告げた。
「グレートヘン王が第一子、ハイデマリー・グレートヘンにございます」
横でディートフリートも礼をした。
「竜殿、名前も名乗らず失礼した。
私は、フェルホルム王国王太子、ディートフリート・フェルホルム。
お会いできて光栄です。
そして後ろに控えているのは、私の護衛と王女の侍女です」
二人の後ろでは、貴族の子弟であるニコル達も礼をしている。
「よい、我の姿を見て動転するのが普通じゃ。
我は水を統べる竜、ミルドレッド。
まぁ、他にも出来るがな」
ふむ、とミルドレッドは考えて尾を振り上げた。
「どちらにせよ、我が子孫を殺した男は許すわけにはいかないな。
これで女が関わっていれば、娘を殺した男のようではないか」
さっと顔をそらしたカルロッタを、ミルドレッドが気が付かないはずがなかった。
「そこな侍女、どうした?」
「ミルドレッド様」
顔をあげたカルロッタを見て、その場の者は悟った。
「違う、ラザレアが私を裏切るなんて」
ハイデマリーが言うも、カルロッタが首を横に振る。
「ラザレアは、私と同じ侍女をしています。
噂はハイデマリー様の耳にも届いていたようですが、ハイデマリー様はラザレアを重用されていたので信じ難いのだと思います。
何人もの人間が、ロレンツォ様の部屋から朝方出て来るラザレアを見ています。
式の朝にもです」
「他の女が気に入ったから、我が娘が邪魔になったあの男と同じではないか!」
ダン!!
ミルドレッドが尾を振り下ろすと、勢いで地面が揺れた。
「ミルドレッド様。
そんな男ばかりではない!
俺はハイデマリーだけだと誓う!」
掌を握りしめているハイデマリーに手を添えて、ディートフリートが庇う。
ハイデマリーの指輪とディートフリートの剣が光る。
その光を見つめ、思わずハイデマリーとディートフリートの視線が合う。
「あの・・」
「ディーと呼ぶ約束だろ?」
ディートフリートはハイデマリーを立ち上がらせると、ミルドレッドに向き合った。
「私からもお願いいたします。
グレートヘン王を殺害し、ハイデマリー王女を殺害しようとした簒奪者から奪い返したいのです。
どうか加護をお与えください」
「そうよの、我もそやつの行いは許し難い」
ミルドレッドは竜から人の形に姿を変えた。
「だが、無償というわけにはいかん。
覚悟があるか?」
大剣を背負った騎士姿の美女がいた。
ハイデマリーとディートフリートは無言で頷いた。




