竜の葬送
竜は、部屋に入って来た5人を見つめると大きく頷いた。
「そうであったか」
竜は納得したようだが、ディートフリート達には分からない。
なにより竜の存在に驚くばかりなのに、会話が出来るのが信じられない。
竜の足元には、まるで竜に襲われたかのような女性が倒れている。
目を閉じていても、若く美しい女性とわかる。
そのドレスは赤く染まり、大量の血が流れて事切れていた。
その先には男女が倒れており、そちらも血まみれで死んでいるようだった。
「動くでない」
ディートフリート達が、女性に近寄ろうとしたのを竜が止める。
「ジュミレアが、お前達を呼んだのだな」
竜の言葉は穏やかだ。
怒っているようには聞こえない。
「竜殿、ここはどこでしょうか?
そしてジュミレアとは?
私達は、訳もわからずここに来たのです」
竜を刺激しないように、ディートフリートは状況を見ながら問いかけるのを、ニコルとルキーノはいつでも守れるように横で準備していた。
その後ろに守られるようにハイデマリーとカルロッタがいる。
「お前達を呼んだのは、ここに倒れているジュミレア、我の娘だ。
娘がお前達を我に会わせてくれたのだ。
その剣と指輪をかざすがいい」
竜に言われた通りにかざすと、オパールがキラキラ光った。
「お前達は、ヨアンとナゼルの子孫だな。
ここの時間を止めてから、長く時が経っているのだろう」
ヨアン・フェルホルム、ナゼル・グレートヘン、それぞれの王国の始祖の名前である。
「我は間に合わなかった。
娘が、そこな男に殺されるのを止めることはできなかった」
そう言って、竜は倒れている男女に目を向けた。
「娘はその男と恋に落ち、ほとんどの力を封印して竜とは隠し人間の女として嫁いだのじゃ。
男は娘だけを愛すると誓い、我はそれを許したのじゃ。
我らは生涯一人しか愛せない。
男はこの国の王となり、娘は王妃となった。
娘の力でこの国は水と緑に恵まれ、富栄えた。
もちろん、男はそんな事は知る由もなく、自分の力と思っていたのだろう。
そして生まれたのがヨアンとナゼルと名付けた息子達。
娘は時々、男にバレぬようにして我に子供達を見せてくれた。
可愛い息子で、竜の血が流れていても人間であった。
娘は竜だから人間のように歳は取らぬが、男に合わせ見かけは歳を取るように幻術をかけていた。
なのに男は、若い女に手を出したのじゃ。
しかも、その女を王妃にするために、我が娘を殺した。
竜の力を封印してなければ、人間が殺すことなど出来ない。
娘は殺される瞬間、幻術が解け美しい姿に戻り、子供達を呼んで自分の逆鱗を2つに割って渡した。
そこに転がる男と女の身体を引き裂いたのは我じゃ、我の娘を殺した者を許すことは出来ない。
娘の加護は無くなり、我の怒りを受けた国は滅びる運命じゃ。
だが、子供達は東と西に飛ばした。城の者を付けてな。
我は娘と離れがたくて、ここの時を止めた。
そして、一夜で国全部を砂に埋もれさせた」
剣と指輪にはめ込まれているのは、オパールではなく、竜の逆鱗といわれる鱗だったのか。
誰も入り込むことのないように術をかけたのだろうが、逆鱗が導いた。
「我が子孫達よ、何故にここに来た?」
竜は、のっそりと寝ている身体を起き上がらせた。
それは、時が動くということだった。
300年の時が一気に進んだ。
宮殿は朽ちたように薄汚れた。
王と呼ばれた男と女の身体は溶け始め、砂のような塊になった。
竜の娘ジュミレアの姿は竜となったが、砂になることはなかった。
300年の時を経ても残る強靱な身体。
「竜様、何故にジュミレア様は刃如きで亡くなったのでしょう?」
ハイデマリーは、たとえ力を封印していても、竜の身体に一撃だけで致命傷を与えるとは思えなかった。
「絶望じゃ。
娘は男の裏切りに生きる意味を無くしてしもうた。
それが竜じゃ」
グレートヘン王国に、王妃が亡くなっても次に王妃がなることはない、というのはコレからきているのか、とハイデマリーは思う。
「私のフェルホルム王国では、王族は政略結婚はしない、好いた人がいなければ結婚しなくともよい、と決められている。
それは、始祖がヨアンだからなのだと分かりました。
そして私達は、側室や愛妾をおくことはありません。それは竜の血なのですね」
ディートフリートが納得したとばかりに言う。
「兄のヨアンは、竜の血が濃かったからのう。
人としては長く生きたはずじゃ」
「はい、そのように史記には残ってます」
同じ竜を先祖に持つフェルホルム王家とグレートヘン王家だが、グレートヘン王家は300年の間に血は薄まっていき、政略結婚を受け入れ、側室をおくこともあった。
フェルホルム王家のように血が残っていれば、ロレンツォと婚約など決してしなかったろう、とハイデマリーはもしもの事で思ってしまう。
竜が呪文を唱えると、ジュミレアの身体は光の粒となり消えていった。
「竜の葬送じゃ」
寂しそうに竜は呟く。
ただそこには、光が差し込んでいるばかりだった。




