悪夢の結婚式
新しい年となり、お正月もずいぶん経ってしまいましたが、本年もよろしくお願いいたします。
国を取り戻すために頑張る生真面目な王女様と、王女様が大好きで振り回される王子様のお話です。
楽しく読んでいただけましたら嬉しいです。
一目ぼれで即失恋か、グレートヘン王国王女の結婚式に参列しているディートフリートは、花嫁に見惚れていた。
花嫁が美しいのは当然だが、それだけではないのだ。
フェルホルム王国王太子として数多の経験をしたが、初陣の時でさえこれほど心臓が音を立てたことがない。
次期グレートヘン女王の結婚式である。
国賓として参列した結婚式で花嫁に惚れるなど最悪だと思っても、花嫁を見つめずにいられない。
王宮の大広間にしつらえた祭殿、窓からこもれる光。
壁の彫刻、天井画、寄木細工の床の中央に伸びる絨毯。
たくさんの賓客が、長い時間をかけて準備した国の行事であると物語っている。
国の威信をかけたようなレースのベールは長いレーンになっている、真っ白なウェディングドレス。
ハイデマリー・グレートヘン王女。
父である王に手を引かれた花嫁が、絨毯の上を歩んで花婿の元に向かう。
その先で待つマヌエル王国第2王子が憎くてたまらない。
王女の夫となるあの男と場所を代わりたい。
花婿のロレンツォ・マヌエル。
第2王子の婿入りに、マヌエル王国は儀礼服に身を包んだ近衛の大隊に供をさせた。
マヌエル王国の威信がこの近衛隊なのだろう。
どうして、初めて見たのに、こんなに心惹かれるんだろう。
顔だってベールで半分隠れているのに。
扉が開いて入って来た時に、父である王にむけた笑顔を見てしまった。
心臓をわしづかみにされる、というのはこのことだと分かった。
儀礼用に帯剣した剣が熱を持っている。
添えている手が熱い。
ディートフリートは、遅すぎる出会いに後悔する。
自分ならば、王女の隣に立つ身分があるのに。
それはまるで、スローモーションのように見えた。
花婿のロレンツォが、腰の剣に手をかけ引き抜く。
儀式用の装飾剣のはずだった。
その剣はグレートヘン王の胸を突き刺した。
「きゃああああ!」
一瞬で大広間は喧噪の渦となり、返り血を浴びたロレンツォは引き抜いた剣で、花嫁に斬りかかる。
ガン!!
来賓席を飛び出したディートフリートの剣が、ロレンツォの振り下ろした剣を受け止めていた。
ディートフリートが花嫁の手を引き背に隠すと、ロレンツォの剣を弾き飛ばした。
「姫、こちらへ!」
ディートフリートは、花嫁の手を握り出口へと走り出す。
後ろからロレンツォが剣を拾って追いかけてくる。
花嫁は被っていたベールを取り払うと、追いかけてくる王子に投げつけ、王子の視界を遮った。
そこに、ディートフリートの護衛騎士ルキーノとニコラが飛び出してきてディートフリートと花嫁を守り、逃走ルートを切り開いていく。
大広間には、なだれ込んで来たマヌエルの近衛隊とグレートヘンの騎士の戦場となっていた。
この結婚式は、マヌエルの策謀だったのだ。
次期女王になる王女の婿になってもグレートヘン王国に権力を持てるはずもないならばと、グレートヘン王と、唯一の子である王女の殺害。
婚姻という王家同士の契約の隙を狙っての犯行。
マヌエルの近衛隊は、このための帯同だったのだ。
儀礼用の殺傷能力の低い装飾剣を帯剣していると思い込んでいた。
儀礼装のグレートヘンの騎士と、戦争を準備し真剣のマヌエルの騎士とでは、マヌエルの騎士の方が有利である。
ディートフリートは襲い来るマヌエルの近衛騎士を剣で薙ぎ払いながら、花嫁を連れて逃げる。
今は逃げるしかない。この大広間に限っては武力で劣っている。
姫さえ生き延びれば、取り戻すことが出来る。
その思いは王女も同じだ。
「皆、逃げなさい!
私は死んでも戻って来るから!」
逃げながら後ろを振り返らずに叫ぶ王女。
こんな謀反は許されない。
許したりしない。
王女が戻るその時まで、力を隠して温存するのだと。
逃げる王女を助けるかのように、賓客の中からもマヌエル兵に応戦する者が出て来た。
それに助けられて、王女は逃げていく。
戦う者、逃げる者、騒乱の大広間から廊下に飛び出した。
「姫様」
控室の扉を開けて、侍女が手招きしている。
「あれは、私の侍女です」
王女の言葉を聞いて、ディートフリートは花嫁を抱き上げ、部屋に飛び込んだ。
うわぁ、花嫁を略奪しているみたいだ、ディートフリートは修羅場だというのに舞い上がっている。
王女の方は、目の前で父王が殺され、婚約者には裏切られ、国は存亡の危機である。
悲壮な覚悟で、逃げているのだ。
必ず国を取り戻す。
チラチラとディートフリートが見ていることなど気が付かない。
騒乱になっている王宮の中を、侍女の案内で裏手に回ると厩に向かった。
「ハイデマリー姫、馬には乗れるか?」
王女ハイデマリーが頷くのを見て、ディートフリートは軍馬に飛び乗った。
「侍女殿はこちらへ」
護衛のルキーノが侍女のカルロッタを馬に乗せると後ろにまたがった。
4頭の馬は、王宮の門を潜り抜けた。
それは、王が殺されてから僅かのことだった。
ディートフリート、ハイデマリー、カルロッタを乗せたルキーノ、ニコラがフェルホルム王国を目指す。