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7.政府の対応

 朝のニュースで、『門』発生が報じられて以降の世間の雰囲気はというと、意外なことに平常そのものであった。


 『門』から敵性生物や異世界の軍勢が、あふれ出る事態にでもなっていたのなら、周囲の反応も違っていたのであろう。


 しかし、少なくともこの時点では、『門』はただ現れただけにすぎなかった。


 確かに、空中から突如建造物が現れることや、3次元的にはあり得ないはずのダンジョンなどは、現人類の技術力を超えた何者かの存在の介入を示唆していた。

 だが、その超科学を有すると思われる何者かは、人類に直接接触してくることはなかった。


 中には、軍隊を派遣した国もあったが、警察でも十分に対応可能な相手しか見当たらず肩透かしを食らうことになる。


 そう、人類は『門』という存在を持て余していたのだ。

 このため、無意識のうちに、あくまで日常レベルの問題として扱うこととなったのだ。


 発生当初こそ、ニュースの話題を独占したものの、突如出現するということ以外に害がないということが明らかになるにつれ、大半の人々の興味は他のことに移って行くことになる。

 これは、日本に限った話ではなく、世界中のマスコミの対応であり、世界中の視聴者の対応であり、そして、世界中の政府の対応であった。


 後に、この時の世界の行動を振り返った社会心理学者は、これこそが正常性バイアスの代表例であり、自分に都合の悪い情報を無視したり、過小評価した結果として記すことになる。

 そう、後世の目から見れば、門の現れたこの日を境に、世界は変わろうとしていた。

 しかし、そのことをこの時点で自覚していた者はごくわずかであった。


 それら世界の政府の中でも、日本政府は比較的早めに対応を行ったといえなくもない。

 しかし、あくまで、日常業務の一環といった対応であり、非常事態に対する対応とは程遠いものであった。



●5月1日 日本国 総理官邸


「以上が今国会に提出する法改正案の概要です」

 官房長官の言葉に、総理は頷く。

「結構だ。それで進めてくれたまえ」


 会議がひと段落したところで、総理が別の話を切り出す。

「そういえば、今朝のニュースで芝公園におかしな建物が現れたとか言っていたが、何か続報はあるかね?」


 官房長官がメモを確認しながら答える。

「例の『門』だとか、ダンジョンだとか騒がれていたやつですな。総務大臣ならびに国家公安委員長、現状で何か報告できる情報はありますか?」


 総務大臣と国家公安委員長は顔を見合わせたのち、総務大臣が代表して質問に回答した。



「まず、説明のため今朝発見された門型建造物を、今後は単に『門』と呼ぶことにさせていただきます」


「消防と警察からの報告では、現在確認されている『門』は国内では5箇所」

「朝の時点から4箇所が追加確認されました」

「確認された『門』のうち3箇所は公有地内。残りの2箇所は私有地内です」


「いずれの『門』でも、有毒ガスなどの発生は確認されていません」

「また、『門』から通じる地下空洞は通常の3次元空間には干渉しないようで、地下に埋設されている電気、ガス、水道等に異常は見られないということです」

 ある大臣が質問する。

「地下鉄はどうなのかね?」

「現時点で地下鉄等の公共交通機関に影響を及ぼす可能性のある位置で確認された『門』は、芝公園だけです。芝公園の『門』については、都営地下鉄と協力して警察と消防が、芝公園駅構内および周辺の確認を行っていますが、特に異常は見つかっていません。間もなく、運転が再開される予定です」


「一方で、『門』内部に小型肉食動物の存在が確認されております。猫程度の大きさの割には、凶暴で人間サイズの相手にも平気で襲い掛かってくるそうです。すでに消防隊員に2名の軽傷者が発生しています」

「朝のニュースでは負傷者が出たとは言っていなかったが?」

「あの後、芝公園以外の『門』の確認に向かった隊員で負傷者が出ました。いずれも命にかかわる怪我ではないそうです」


「なお、捕獲した生物を『門』外に搬出したところ、比較的短時間で衰弱して死亡したということです。このため、現在までに確認された『門』については、害獣が『門』外に出てくる可能性は低いと考えられます」


「また、『門』内部の空間はかなり広大であり、消防隊員は入り口周辺の安全確認のみで引き返したと報告を受けています」


「現在、これらの5箇所では所有者の許可を得た上で、入り口を閉鎖する措置をとっています」


「それで、『門』は5箇所ですべてなのかね? それとも、今後も増える可能性があるのかね?」

 ある大臣の質問に、総務大臣は答える。

「現在も確認中の『門』らしきものの情報が数箇所あります。今後も増加するものと予想されます」


 官房長官が、総務大臣と国家公安委員長に尋ねる。

「それで、今後も警察や消防署で、『門』の対応を行うと考えてよいのかね」

 総務大臣は、頷きながら答える。

「消防庁に対しては、急激にペースが拡大するなどの異常事態が発生しない限り、そのように指示しています」

 国家公安委員長も同じく頷きながら、

「警察庁に対しても、同様に『門』について対応するよう指示を行っています」


 総理が、国家公安委員長に尋ねる。

「『門』が見つかるたびに、それをすべて閉鎖することは可能かね?」


 国家公安委員長は首を横に振る。

「そう言うわけにもいかないでしょう」

「私有地内の『門』をどうするかは、土地の所有者に権利があると考えられます。所有者が望まない場合、われわれには私有地に立ち入る権利はありません」


「警察でも、自衛隊でも送って閉鎖すればいいじゃないか」

 大臣の一人が話を混ぜ返すが、それに国家公安委員長が本気で反論する。

「無茶を言わないでください。我が国は、独裁国家でも共産主義国家でもないんです。個人の私有地を法律を無視して徴発するようなまねができるわけがないでしょう」


「危険防止のためでもかね」

 別の大臣が質問をするが、国家公安委員長はそれに反対する。

「危険かどうかが、そもそも法律に定められていません」

 防衛大臣が、それに同意する。

「法に定められた有事でも、災害発生時でもないのに市街地に自衛隊を展開することはできません」


「では、付近の住民を緊急避難させるというのは……?」

 その質問に、国家公安委員長が答える。


「ですから、『門』の発生が危険かどうか法に定められていないと言っています」

「さらに言えば、現時点で緊急避難が必要なだけの危険性も確認されていません」

「任意で避難する人への対応は必要かもしれませんが、自分の意志で残ると言っている人を排除することはできません」


「そもそも、あれは個人の所有物になるのかね?」

 その質問に、法務大臣が答える。

「今の法律で、突如空中から現れる建造物を明確に扱ったものはないとしか言いようがないですな」

「つまり、個人の所有物であるという法律もないと……」

 法務大臣は肩をすくめながら

「そこまでいくと、裁判所の判例を待つしかないでしょうな」


「法的に所有権が不明確なのであれば、暫定的に国家のものとするというのは……」

 ある大臣の考えに、別の大臣が反論する。

「おい、おい、独裁政権がらみで、野党に攻撃のネタをわざわざ提供するつもりか? そこまでして国家で独占する意味もあるまいよ」


「内部に動物がいるということであれば、鳥獣保護法や狩猟法とのからみで制限をかけられないかね?」

 問われた農林水産大臣は、

「現在の鳥獣保護法は文字通り、鳥類と哺乳類を対象にしたものです」

「鳥類と哺乳類については、特定の種類を除いて狩猟を禁止しています」

「内部にいる動物が、鳥類と哺乳類の場合は鳥獣保護法で規制可能かもしれません」

「もっとも、それら以外の爬虫類や両生類あるいは昆虫等については規制の対象外です」

「鳥類と哺乳類以外の制限については、むしろ、環境省の領分だと思います」


「狩猟法のほうではどうかね」

「やはり、対象は鳥類と哺乳類ですね。禁猟区であっても鳥類と哺乳類以外の捕獲を禁止する法律はありません」


「鳥獣保護法や狩猟法の改正で対応は可能かね?」

「まず、内部にいる動物が何なのかを調査する必要がありますので、即効性はないかと」

「鳥類と哺乳類については、法の存在をアピールすることである程度は抑止できるかと思いますが、違法な狩りを行われてもそれを立証するのが困難ですので、完全な対策としては不十分かと」

「まあ、不十分でもやらないよりはましかもしれませんが……」


 総理が、環境大臣に尋ねる。

「環境省のほうで、何か制限をかけることは可能かね?」

「絶滅が危惧される希少生物となれば、採取の制限が可能です。しかし、そのためにはやはり内部の調査が必要ですので、即効性はありません」


 文部科学大臣が別の観点から話を切り出す。

「物理学や地質学、生物学その他の専門家からなる調査チームを創って調査させることも必要ですな。まあ、どの分野が適切なのかは不明ですし、すぐに結果が出るとも思えませんが……」


 農林水産大臣も提案をする。

「鳥獣保護法の観点から、調査には農水省の者も加えていただけますかな」


 それを聞いて、環境大臣も

「環境省のほうでも対応する必要があるかもしれません。環境省も参加しましょう」

「あとは、現場との連携のため、消防庁と警察庁の参加もお願いできますか」

 その要請に、総務大臣と国家公安委員長は、「分かりました」とうなずく。



 総理が会議のまとめに入る。

「とりあえず、政府の対応としての発表は次の通りかな」


・本日未明突如現れた門型建造物(通称、『門』)について、現時点までの調査では差し迫った危険性は確認されていないため、落ち着いて行動するようお願いします。


・『門』内部には小型肉食動物が生息している可能性があり、不用意に内部に立ち入らないようお願いします。


・『門』内部の小型肉食動物が、外に出てくる可能性は低いため、落ち着いて行動するようお願いします。


・『門』を見つけた場合、近くの警察署または消防署に連絡願います。


・政府は複数の分野の専門家からなるチームを編成し、『門』の調査に開始しました。


・現時点で緊急避難が必要な危険性は掴んでいませんが、自主的な避難を希望する人のために各自治体には準備を行うよう要請します。


「鳥獣保護法については、緊急性が低いということで後に回すがよろしいかね」

 農林水産大臣はうなずいた。

「私は、それでかまいません」

「では、本件はこれまでとし、次の議題に移ろうか」



●5月1日 アメリカ合衆国 ホワイトハウス


 閣議の席で、事務次官から各地で出現した『門』についての報告を受けた大統領は、やれやれといった雰囲気で首を振ったのち対応について述べた。

「州政府レベル以下の警察や消防で十分対応可能だということだから、国家レベルでの対応は現時点では不必要だと思うね。まあ、事態が急変した場合のバックアップとして、軍でも情報は集めておいてくれ」

 大統領の言葉に、国防長官がうなずく。


 副大統領が、大統領の言葉を補足するようにつぶやく。

「それにしても、わが国を始めとした各国で『門』の出現があったのは、ある意味幸いでしたな。『門』が既存の科学の範囲を超えた現象であることは明らかです。これが特定の国家に集中していたら、どこの国家が主導権を握って調査するかで、新たな外交問題の火種になりかねないところでした」


「まったくですな。ところで『門』の調査はどのようにして行うおつもりですか?」

 国務長官が、大統領に尋ねる。

「我が国の科学者は優秀だよ。我々素人が口を出すよりも、彼らに任せておいたほうが良い結果を引き出してくれるさ。まあ、議会には特別予算を組むよう要請する必要はあるだろうがね」

 閣議の参加者全員も大統領の意見に賛意を示す。


「あとは、そうだな。特に差し迫った危険はないので、普段通りの生活をするよう国民にメッセージを送る必要があるかな」

「ある意味、それが一番重要かもしれませんな」



●5月1日 中華人民共和国 国家主席官邸


 事務担当者から、『門』についての報告を受けた国家主席は、しばらく目を閉じたまま考え込んだのち、軍と科学技術庁のトップを呼び出した。


「今朝出現した『門』については知っているな。何個かの『門』とその先を、科学者を集めて軍と共同で調査させろ」


 軍のトップが不安そうに尋ねる。

「お言葉ですが、『門』の先には軍を動員するほどの危険性はないとの報告を受けておりますが……」

「警察も、科学者もあてにならん。情報を隠したりしないよう、軍が目を光らせておけ」

「はっ、分かりました。それでは、すべての『門』を封鎖します」

「その必要はない。調査するサンプル以外は、放置しておけ」

「放置ですか……」


「そうだ、この中国人民14億の中には『門』の利用方法を考え付くやつがいるかもしれん。それが国家の役に立つなら後で徴発すればいい。逆に失敗して命を落とそうが、国家の腹は痛まん。人海戦術というやつだ」

「了解しました」

「それにしても、『門』が我が国にも出現して幸いだったな。最初の『門』とか言われている、東京の『門』だけだったら、あの忌々しい日本と交渉しなければならんところだった」



●5月1日 ロシア 大統領府


 『門』出現の報告を受けた大統領の反応は、冷淡なものであった。

「それで、特に危険はないんだろう。だったら何も問題ないじゃないか」

「ですが、『門』が現代科学の知識を超えたものであることも、確かなのですが……」

「それは科学者の問題であって、大統領の問題ではない。ブラックホールがどうなろうと関係ないように、『門』とやらがどうなろうと私には関係ない。余計なことまで報告しなくてもよろしい」


 このような反応は、彼だけのものではなかった。

 大半の国家の首脳部の反応は似たり寄ったりであった。

 むしろ、下位の警察や消防、あるいは地方自治体レベルで処理され、国家の首脳部には正式な報告が上がることすらない場合のほうが多かったぐらいであるし、それが問題だとも考えていなかった。

 その結果、国家の首脳部であっても、『門』についてはマスコミを見た一般人と、知識の面で変わらないということが往々にしてあったのである。


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