12.交渉
●5月4日 とある町
とある町の住宅街にあるファミリーレストランで、水沢たちと2人の男女が会っていた。
相手の男女は、30代半ばだが、何やら心痛があるようで疲れた表情をしている。
飲み物が、運ばれてきたところで、水沢が話を切り出した。
「今日はお忙しいところを申し訳ありませんでした。私がダンジョンズギルド株式会社社長の水沢健司と申します。こちらが弊社役員の橋口清美と申します」
水沢の紹介を受けて、清美が頭を下げる。
「本日、お二人にお会いしたのは、ご自宅に現れたというダンジョンの活用方法についてです。ご自宅に不気味な建造物が現れたということで、お二人ともさぞ心細い思いをされていることと思われます」
それに対して女性の方が答える。
「主人がネットでダンジョンに対価を払う方がいらっしゃるとの記事を見つけたと言っていましたが、本当のことだったんですね」
「はい、その通りです。弊社ではダンジョンの借り受けを行っております」
「幸いなことに、弊社ではダンジョンの活用方法を発見することができました。もし、ご自宅とダンジョンを弊社にお貸し頂けるのでしたら、月30万円をお支払いする用意があります」
「月額30万の収入があれば、新しい住居の家賃と、賃貸する今の住居の住宅ローンに加えて、若干ですが余分な収入まで入ることになると思います。決して悪い話ではないと思いますがいかがでしょう」
その言葉を聞いて、相手の女性の顔色が明るくなる。
「ねえ、あなた。いい話だと思うけどどうかしら? 今のままだと住む場所を移ろうにも資金が無かったのが、何とかなりそうじゃない」
だが、男の方は不信感を隠そうともしない。
「俺たちを騙して、自分たちで利益を独占するつもりなんじゃないのか」
「独占などとんでもありません。皆様にも、適切な賃貸料をきちんとお支払いします。契約に不信があるようでしたら、地元の信用のおける不動産業者に仲介を頼むことをお勧めします」
「それから、先に述べておくべきだったかもしれませんが、事業が軌道に乗りダンジョンの資産価値が上昇した場合、次年度以降の賃貸料の増額交渉もお受けいたします。これも不安でしたら、契約書に明記しておいて構いません」
「ダンジョンの活用方法って何なんだ?」
「他に情報を漏らさないという、こちらの誓約書にサインをいただけますか? そうすれば、事業内容をお教えしても構いません」
男はイライラしている様子を隠そうともせず、水沢たちを怒鳴りつける。
「おまえら、チート持ちだろう。みんなが言う様にダンジョンがショボいなんて、おかしいと思ったんだ」
「確かに、ダンジョンはショボくはありませんよ。それだからこそ、私たちが事業を始めようとしているのですから。ただ、あなたが考えている内容とは少し異なると思います」
「まずは、落ち着いて話を聞いていただけませんか」
だが、水沢の言葉は、男を苛立たせるだけだった。
「そうか、お前ら鑑定能力持ちだな。スキルなど存在しないと嘘をつきやがって。大方、ステータスボードの隅にでも、見えない文字で書かれているに違いない」
男の剣幕に、その妻が慌てる。
「あなた?」
「そもそも、お前が危険だからと言ってダンジョンに入るのを止めるから、こんな奴らに付け込まれるんだ。今から俺が行って秘密を暴いてやる」
「だって、もしあなたに何かあったらと思うと……。お願い危険なことは止めて」
「うるさい。お前が何と言おうと俺は行くと決めたんだ」
そう言って男は席を立つと、乱暴な足取りでファミリーレストランを出て行ってしまった。
「あの主人が申し訳ありません」
頭を下げる女性に、水沢は静かに声をかける。
「いえ、構いませんよ。異常な出来事が起きたせいで、心労がたまっていたのでしょう」
「それに、いくつになっても冒険心を忘れられない大人もいます。ご主人が、ご自分でダンジョンの調査を行いたいという気持ちも分かります。そう言う私も、同じように冒険心を抑えられなかったおかげで、ダンジョンの事業化方法に気づけたのですからね」
「ただし、ダンジョンに潜るのであれば、防具を始めとした準備は万全にした上で潜るように伝えてください。政府発表では比較的無害な小動物と伝えられていますが、油断すれば命の危険がない訳でもありませんので……」
その言葉を聞いて女性は、はっとしたような顔をした。
「あの、私、主人を追いかけます。あわただしくてすみません」
そう言って、彼女は急ぎ足でファミリーレストランを出て行こうとする。
しかし、清美が、その彼女を止めるて声をかける。
「落ち着いて。あなたが止めようとして旦那さんは意固地になるばかりだと思うわ。それよりも、ダンジョンに向かった旦那さんの後を私たちが追いかけようと思うのだけれど、中に入るのを認めてくれるかしら」
清美の言葉に、女性は少し安心したような顔で同意する。
「危険なことを頼んで申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
「私たちはダンジョンのプロだから安心して」
水沢たちは、会社の車で女性の自宅に移動した。
ガレージを見ると男の車は先に自宅に着いていた。
『門』は庭の片隅に鎮座している。だが、男がすでに中に入ったのかどうかは、ここからではうかがい知ることはできない。
女性は慌てて車を降りると、自宅の中に旦那を探しに飛び込んでいった。
「時間がないから、車の中でダンジョン装備に着替えるわよ。それにしても、ダンジョンの確認があるかもしれないと、装備を持ってきて正解だったわね」
装備を身に着け終わるのとほぼ同時に、女性が家から飛び出してきた。
「夫は家の中のどこにもいません。もう中に入ってしまったのかも」
「安心して、私たちも今から追いかけるから」
ダンジョンの中に入ったとたんに、男の悲鳴が聞こえてきた。
「急ぐぞ」
水沢はそう声をかけると、悲鳴の聞こえてきた方に走り出した。
通路の角を曲がり、100メートルほど進んだところに男はいた。
腹を右手で押さえ、左手でスコップを振り回している。ただ、左手のスコップは攻撃のためというよりは、ただ闇雲に振り回しているといった方が正しい。
男の周りでは、体長50センチほどの角ウサギが跳ね回り、隙を見ては男にとびかかろうとしていた。
次の瞬間には、動物は男の太ももに体当たりした。体当たりを受けた太ももからは血が流れる。
男はうめき声を上げながら地面に転倒した。
水沢たちが男のところにたどり着いたのはちょうどその時であった。
「助けに来たぞ。こいつを倒す間少し待ってろ」
水沢はそう言って、透明な大盾を構える。角ウサギの攻撃に合わせて盾で受け止める。
盾に当たって怯んだ角ウサギに止めを刺そうと、清美が前に出て薙刀を振るう。
しかし、薙刀が当たるよりも先に、角ウサギはジャンプして攻撃を躱す。
「速い。さすが新種だけのことはあるわね」
清美がつぶやきを聞いた訳でもあるまいが、彼女が態勢を立て直すよりも早く、角ウサギが清美を攻撃しようとする。
「させません」
だが、すかさず清美の前に出た水沢の大盾が攻撃を遮る。
前に出ながらの盾での防御が丁度カウンターになったのだろう。角ウサギは一瞬目を回して動きが止まる。
「はっ」
そこに清美の薙刀での追撃が入り、角ウサギに止めを刺した。
戦闘が終わって男の様子を見る。男は腹と太ももに刺し傷ができていた。決して浅くはない傷ではあったが、急所は外れているようである。
「痛い。死ぬ」
弱音を吐く男に、持ってきた救急道具で血止めをしながら水沢は声をかける。
「しっかりしてください。大丈夫、死ぬようなことはありません。肩を貸しますから何とか外に出るまで頑張ってください」
男を護衛してダンジョンの外に戻った二人は、慌てふためく奥さんをなだめながら、救急車を呼んだ。
幸いなことに、男のけがは水沢の見立て通り命には別状がなかったものの、しばらく入院が必要とのことであった。
それから数日後、奥さんからお礼の言葉とともに、自宅を貸し出したいとの申し出が水沢たちのもとに届いた。
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