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不可視存在(2)

 ハンバーガーを食べつつ、マチは地上を松代シティの中心へ向かって歩いていた。ミートボムバーガーも、なかなか悪くない。パンも肉もチーズも野菜も合成品だが、そもそもハンバーガーは人工的な味でこそハンバーガー、というのがマチの持論だった。

 そういう意味で、あの店はマチにとって貴重である。治安の面では、やや際どいが。

 マチが歩く地上は歩行者専用で、走行車両は高架を走り、飛行車両は決められた高度を飛ぶ。事故防止のために地上の歩行者道路を保護する屋根が延々と続く。

 マチが非合法の武器屋を二件、当たった感触では、衝撃銃の偽造はリスクやコストばかり大きく、需要がない。

 つまり、衝撃銃を偽造する人間は、よっぽどの馬鹿か、あるいは相当な情報面での偽装技術と、需要がない上に高度な工業技術を持っていることになる。

 マチの感覚では、技術的に偽造できるのではないか、と感じ、そういう技術者が密かに存在するような匂いを感じたわけだが、ここに至ると、それも空想のような気もする。情報面では、マチの経験的に、何か新しい技を行使すれば不可能ではない、という感触である。情報関係の技術はごく稀に、飛躍的な手法が発見されたり、あるいは考案されたりする。

 ただ、どちらにせよ、衝撃銃の偽造は、難しい。

 非常に困難、としか思えなかった。

 実際には、あの警官は自殺だったのかもしれない。死体の倒れ方や衝撃銃の位置がおかしかったのは、物盗りが物色した結果かもしれないし、物盗りじゃなくても、極めて極めて、極めて低い確率だが、野良猫か何かが移動させたのかもしれない。

 そんな偶然の可能性を考えつつ、マチがその可能性を信じきれないのは、そこまでの偶然というものを信じられないこともあるし、そもそも彼は偶然を排除するタイプだった。

 実際に目の前にある、結果、という動かしがたいものを見て、そこに至る経緯を可能な限り、理詰めで、現実的に考えるようにしていた。

 ギブスンに通信すると、すぐに相手が受けた。

(どうだった?)ギブスンの方から質問してくる。(収穫はあったか?)

(これといって、ないな。美味いハンバーガーくらいだ。衝撃銃による他殺、と考えて、あるいはうちの衝撃銃と全く同じ、別の衝撃銃が存在する可能性を探ったんだが、細すぎる線としか思えない)

(ハンバーガーが気になるし、怒りが湧くが、とりあえず脇に置いておく。まず、把握していない衝撃銃、がありえないはずだが、どれくらい細い線だ? もう切れたか?)

 マチは少し思案して、話す。

(もちろん、作れないわけでも、使えないわけでもない、と思う。実際に俺たちが持っているわけだし。だけど、痕跡が残るはずなのに、綺麗なものだ。どこにもとっかかりがない。そっちはどうだ?)

(トヨサキの所有する衝撃銃は全部、厳密に管理されていて、齟齬はないぞ)

 ハンバーガーを食べ終わったマチは包み紙を丸める。

(保持記録、移動記録、使用記録、全部調べたか?)

(調べたさ。おかしいところは何もない)

(そうか)

 やはり、全ては思い込みか。

 マチはそう報告するための報告書の内容を考え始めた。

 が、その時、視界の隅に赤い点滅が浮かんだ。視線を向け、即座に受ける。緊急のメッセージだった。

(おっと、なんだ? マチ、見えているか?)

 ギブスンの声を聞きつつ、マチはメッセージを開封。視界に文字が流れ、即座に読んだ。

 死体が発見されたらしい。現場はマチの位置からだとやや遠い。

 飛行車両のタクシーを使うために、マチは走り出した。思考通信で近くを飛んでいる空車の車両を問い合わせる。

(今夜も俺は帰れないらしいな)

 悲嘆にくれるギブスンのぼやきに、

(余計に手当てが出るさ)

 とマチはそっけなく応じた。


 発見された死体は、やはり心臓麻痺だった。

 夜の帳の下、マチが現場に着いた時は、トヨサキの企業警察の捜査官がいて、死体はすでに片付けられていた。鑑識は済んでいるようだった。

 死体の代わりに、立体映像で、現場の発見時の様子がそこに浮かび上がっていた。

 その場で先着していた二人の捜査官と挨拶もそこそこに情報交換する。

 死体は衝撃銃で撃たれたらしい。外傷らしい外傷もなく、ただ心臓が止まっていたという報告がすでに思考通信で届いている。

 今回の現場にも、衝撃銃はある。マチはその点を事前に確認し、それは確定情報だった。ただ立体映像が形作る範囲に、衝撃銃は見当たらない。

「衝撃銃が見えないが?」

 捜査官がすぐ答える。

「容疑者が二丁、所持していたよ。そのうちの一つが、被害者の持ち物さ」

 衝撃銃の所有者や数よりも重大なことが、今回は起こっているのだ。

 この事件の発覚直後、一人のトヨサキの企業警察の警官が逮捕された、というのである。

「それで、身内を逮捕とは、どういうことだ?」

 マチの質問に別の捜査官が答える。

「そいつが犯人だ、ってことらしい。ただ、でたらめではある。発見者もそいつなんだ」

「なんだって? ちょっと理解できない、日本語が不自由なのは俺か?」

「だから、容疑者が通報したんだ。もちろん、自分がやったとは言っていないが、衝撃銃の履歴がそいつなんだとさ。動機その他は取り調べているが、もちろん、自分はやっていない、の一点張り」

 思わず目を見開くマチに、他の捜査官たちは首を振ったり苦笑いしたりする。

「衝撃銃は位置情報も使用履歴も記録される。それがわからない奴なんか、企業警察にはいないだろう。そいつが錯乱していなければ、何かがおかしい」

 マチの指摘に、そうだな、と一人の捜査官が顔を歪める。

「しかし実際に、死体はあるし、銃の使用履歴もある」

 短い沈黙。

(ギブスン)

 呼びかけにすぐに返事が来る。映像は繋いでいない。視線は立体映像の死体を見据えている。

(検死はどうなっている? 誰がやっている?)

(まだ報告書は来ていない。担当は、リンゲツ先生だよ)

(前の死体の検死も、リンゲツ先生だったな。直接、繋げるか?)

 ギブスンが無言で即座に思考通信を切り替える。

(なんだ? ニジ・マチか?)

 頭に響いた声は、低い、初老の気配のにじむ声だった。企業警察に所属する医師であるリンゲツの声だ。

(いきなりすみません、先生。死体はどうです? トヨサキの衝撃銃で間違いないですか?)

 じっと、死体の映像の胸の辺りを睨む。もちろん、服の下は見えない。

 低い声が頭の中に返ってくる。

(この前のは確実だ。トヨサキの衝撃銃だな。これは、機械のカメラじゃなく俺の目が見たのだから、間違いない。今回の奴はまだはっきりしないが、見た感じでは、同じに見えるな)

 マチが黙っていると、リンゲツは補足を求められたと考えたようで、ゆっくりと、しかし簡潔に所見を口にし始めた。

(衝撃銃で撃たれると、体にはほとんど傷がつかない。しかしほとんどであって、まったくではない。そのわずかな痕跡に、衝撃銃の個性が出る。前の死体も今回の死体も、非常にその個性のある痕跡が似通っている)

(……ええ、わかりました。ありがとうございます)

(助けになれば、と思っているよ。報告書は数時間で出来上がる)

(ありがとうございます。失礼します)

 マチは通信を切った。

 現実では、同僚の捜査官たちは死体の立体映像を眺めて、あれこれと議論していた。彼らはマチが通信を終えたのに気づき、視線を送ってくる。

「どうだった?」

「身内の衝撃銃らしい。もちろん、まだ絶対ではない」

「それでも、もう、決まりかな、これは。同士討ちとは、虚しいね」

 捜査官のひとりのその一言で、沈黙が降りる。

 その沈黙の中を、唐突に何かが走り、マチの思考に雷光のように閃いたものがある。

「これは、俺たちが攻撃されているのか?」

 マチの言葉に、二人の同僚は顔を見合わせる。

「攻撃だって? どういうことだ?」

「いや……」

 苦しげに、マチは呟くように言う。必死に閃きを掴もうとするが、消えていく方が早い。それでも手繰ろうとする。

「俺たちを仲間割れさせたのか、と思ったんだが……」

 マチがはっきりと口にできないのは、そこが自分の頭に浮かんだ瞬間的な閃き全体のほんの最後だけであり、その次の瞬間にはそれさえもはっきりとは捕まえ損ね、逃がしてしまっていたからだった。

 そう、攻撃されている、と感じたが、仲間割れ、とは違う何かだと思ったが、すでにその何かは消え去っている。

「仲間割れって、どういうことだ?」

 捜査官のひとりが、慎重な口調で問いかけてくるが、マチは首を振るしかない。

「そう思ったが、違うな。違う。悪い、反射的に口に出ただけの言葉だ」

 仲間の顔を見回してから、マチは、

「俺は本部に戻るよ。何か新しい話があったら回してくれ。しばらくお互いに情報交換しよう」


 トヨサキ精機の企業警察が所有するオフィスは高層ビルの一フロアだった。

 情報保護や機密保護のために様々な工夫が施されている。

 そのオフィスの一角にある個人スペース、その一つにマチとギブスンの姿を見ることができた。マチは現場からここに戻り、状況を把握してからギブスンのブースに移動していた。

「企業警察も質が落ちたのかねぇ。仲間を殺すとは……」

 ギブスンがそう言いつつ、コーヒーを飲む。少し背を反らせただけで椅子が叫ぶように軋んでいる。テーブルの上は機械類が多すぎて、テーブルもまた椅子と同じく挫けるのでは、と思えるほどだ。

 そのテーブルの上にできている小さなスペースに、焼き菓子がまだ包装を解かずに置かれている。その焼き菓子を買ってきたマチは、壁に寄りかかってコーヒーを飲んでいた。

「そうかもしれないし、違うかもしれない」

 呟くように言いつつ、マチはカップの中の黒い水面を眺めている。

「例の殺人容疑の警官を、しっかり調べて欲しいんだ、ギブスンにはね。情報面じゃない。あの現場に至る全ての道や交通手段を洗って、監視カメラや個人認証の全てを確認してくれ」

「それは、また……、面倒だな」

 頼む、とマチが片手で拝むポーズ。

「それでマチ、俺にありがたい仕事と焼き菓子を恵んでくれたお前は何をするんだ?」

「俺は、もうちょっと衝撃銃を偽造できるかどうかを、追ってみる」

「それは無理だって言わなかったか?」

「無理とは言っていない。現実味がないだけで、どこかに抜け道があるかもしれない。そこを考える」

 頷いたギブスンがコーヒーカップをテーブルに置くと、ヘッドマウントディスプレイを取り出し頭につける。これは思考を読み取る装置も兼ねていて、つまりマチがつけているカチューシャと同じである。

 太い指が焼き菓子の包装を剥がし、無造作に口に運んだ。咀嚼の合間に言葉が漏れる。

「何かわかったら伝えるよ。どこにいる?」

「自分のブースにいる」マチもコーヒーを飲み干すと、壁から離れた。「ゆっくりやるさ」

「仲間割れ、とか口走ったらしいな」

 少し警戒するような、ギブスンの口調に、マチは思わず唇を傾ける。

「口走っただけさ」

 ギブスンのブースを出たマチは、少し離れている、やはり仕切られた自分のスペースに入ると、椅子に落ちるように腰を下ろした。

 わからないことが多すぎる。どこかに何か、誤解、誤認があるのは間違いない。それを暴けば、スッキリと解決するはずなのだ。

 マチは持っていたカップをテーブルに置くと、カチューシャからコードを引っ張り出し、ブースに設置されている端末に接続する。

 思考が体から解き放たれ、無数の情報が視界を横切り、やがて晴れた。

 目の前に広がるのは、果てしなく広がる世界。天も地もなく、遠近感という概念がない。

 情報世界、思考世界などと呼ばれる、情報と思考が直接に接続された空間。この空間には、全世界の情報が連結されている。

 そこをマチは一気に移動する。

 衝撃銃の製造メーカーを当たり、そこから衝撃銃の基礎構造や技術などの情報がどこに提供されているか、追っていく。

 衝撃銃は毎年、複数の新型が出る。公的な警察組織である首都警察、そして企業の私警である企業警察は、自社か、契約している企業から衝撃銃を採用する。

 衝撃銃の開発は複数の国営企業がそれぞれに行っている一方、大学や民間企業の研究所などでも研究されている。

 そういった様々なところにある衝撃銃に関する情報を統合し、しかるべき原料や部品を用意し、しかるべき設備で製造すれば、最新鋭の衝撃銃は作れる。それがまずマチの推測だった。

 その衝撃銃が、既存の管理システムをすり抜ける、ということが真相ではないか、と思ったのだ。

 情報を集められるだけ集めていくが、マチは自分の想像が的外れだと理解できてきた。

 衝撃銃は、撃った相手を目立った外傷もなく、心臓麻痺として殺すことができる。もちろんそれよりも弱い出力で使うのが普通であるが、この仕組み故に、首都警察も企業警察も、衝撃銃の管理は過剰なほどに厳しく行う義務を負う。

 それを破ることを研究した情報が、思考世界からアクセスできる場所にあるわけもない。

 マチは思考世界を漂いながら、思考を巡らせた。

 事実は、衝撃銃で死んだ人間がいる。

 もう一つの事実は、衝撃銃が使われた記録がある。

 しかし、その衝撃銃の使用者は、自分は何もしていない、と言っている。ここはこれから詳細が分かるだろう。

 最後の一つが解消されれば、第一項と第二項は何に問題もない。被害者も発砲も、実際に起こり、殺人もまた、企業警察の警官の暴走となる。

 ただ、そうなった時、どうして殺人を起こしたかを、調べないといけない。

 それに、気になるのは、何故、衝撃銃を使ったのか、である。

 衝撃銃はありふれた凶器ではないし、そもそも、管理が厳しい上に、一般に広く普及しているわけではない。首都警察あたりから衝撃銃が流れる可能性もなくはないが、そうなると、首都警察の方が事態が明るみに出ると、管理不十分で大きすぎるダメージを負う。この筋こそ、薄いというのがマチの感覚。もちろん、企業警察の衝撃銃が凶器になるのも、筋が通らない。

 すべてがチグハグなのだ。

 何か、何か、ズレがある。

 そんなことを思っていると、視界の隅に赤い点滅。ギブスンからの呼び出し。

 思考を現実に戻し、通信を受ける。視界の隅にウインドウ。

(なんだ? ギブスン)

(二回目の現場で、監視カメラの映像から容疑者が出た。個人情報も取り寄せておいた)

 情報が送られてくる。視界に文書を開き、それを思考で追っていく。

(一般人だが、一ヶ月前まで傭兵会社にいた。今は無職。住所は記録されていても、集合住宅の一室だが、すでに解約済み。現在位置は検索中。個人情報も追跡中だ)

 マチは中身を確認した文書を閉じ、カチューシャのコードを抜きざま、立ち上がってブースを出る。

(うちの警官が殺したんじゃないんだな? 警官は冤罪か?)

 難しい顔のギブスンが応じる。

(そうらしい。俺が確認した映像には、警官による警官殺しの瞬間は残っていない。もっとも、今、追っている男が手をくだす瞬間も確認できない。ただ現場にいた容疑だけだ)

 これで、とマチは思った。

 先ほどの三項目のうち、三つ目はおおよそ確定した。容疑を否定する警官の言動は、真実を口にしている。

 そうなると一つ目と二つ目に、裏がある。

 とりあえずは衝撃銃のバッテリーを受け取ろうと、マチは装備課のブースへ向かう。その間にもギブスンが話し続ける。

(映像が不鮮明だが、相手は衝撃銃を持っているようだ。こいつの位置情報を遡って追跡しようとしているが、いつできるかは不明。とりあえず、現時点を街灯の監視カメラでリレーして追っている。五分後に飛行ドローンを張り付かせることもできる。それでも、確保するなら急いでくれよ。実はドローンの数が違法なんだ)

 マチは走り出した。

 やがて彼は、夜明けも間近の街へ飛び出した。



(続く)



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