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不可視存在 (1)

 情報化が激しく進んだ世界。

 思考はそのまま通信と情報に接続されている。

 日本国の第三首都である松代シティはその粋が凝縮された都市である。

 その都市の上空を浮遊する二つの飛行島。その影のために地上では、消えることなく光り続ける様々な三次元映像の装飾や看板、広告。

 もちろん、車両も激しく行き交う。完全な地震対策が施された高層ビル群と、その間を走る高架。空中を流れていく飛行車両の列。

 その全てを見て、触れ、利用し、利用され、流される人々。

 ありとあとあらゆる全ての要素が、眠るどころか、休むこともない都市である。

 

 そんな松代シティの一角。

 松代シティの外れにある四階建てのアパートの四階の角部屋で、ニジ・マチという名の青年が床に敷いた布団に寝転がっていた。時間は夜になったところで、窓の外は暗いし、カーテンを閉め切った室内には微かにしか光りがない。

 マチはカチューシャのようなものをつけ、仰向けになり、目を閉じている。カチューシャからはコードが伸び、部屋の隅の小さな機械に接続されていた。それは一般的な、通信加速器であった。

 マチの思考は情報の大海に没入し、彼の意識には情報が直接に流れ込んでいる。その彼の意識には、今、果てしなく広い世界が広がっていた。

 真っ暗な海に浮かぶ、真っ青な球体。

 海は宇宙であり、球体は地球だ。

 文字通りの宇宙、文字通りの地球。

 マチの思考に従って、映像が変化していく。地球が回っているように見えるが、実際に動いているのはマチの方だということは、少しの注意でわかる。

 様々な国、組織の観測衛星の映像をつなぎ合わせ、それを整えることで生み出された、リアルタイムの、擬似宇宙遊泳映像なのだった。

 しばらくマチは宇宙を漂ったが、それを止めたのは視界の隅に生まれた赤い表示だった。

 通信が来ている。それも最重要。

 目を開ければ、そこはいつもの自分のアパートだ。宇宙遊泳を中断し、思考を切り離す瞬間に感じる、自分が収縮するような錯覚を頭を振って退けた。

 彼の部屋は六畳一間で、ほどほどに整頓されている。

 カチューシャの位置を直しつつ身を起こし、通信を受ける。相手はわかっていた。自分の部屋なので、マチからの通信を思考ではなく音声で伝達するように設定。

「なんでしょうか」

(ニジ・マチ三等警部。事件だ。君の出番だ)

 頭の中に響く落ち着いた男性の低い声に、マチは思わず溜息を吐きそうになった。

 事件なのはわかっている。誰が事件以外でこの相手と通信をしたいと思うだろう、とマチはうんざりし、それでも気持ちを整える。

 立ち上がり、身支度を整えている間に、相手が話を進めていく。

(うちの警官が一人、不自然なことになっている。位置は同時に送ったアドレスの通りだ。念のため、衝撃銃を所持してくれ)

「衝撃銃?」さすがにマチが聞き返す。「どういうことです? 濡れ仕事でもないでしょう?」

(攻撃ではなく、自衛のためだ。本社ビルの装備課で受け取りたまえ)

 背広に腕を通しつつ、マチが確認。

「不自然なこと、というのは?」

(衝撃銃で撃たれている)

 マチの連想では、衝撃銃を持つ人間に殺された、という可能性より、自殺が強い。

 玄関で靴を履き、姿見で一瞬だけ自分の姿を確認。

(いずれにせよ、現場に行き、君にはそこから捜査を担当してもらう)

 アパートを出て、後ろ手に閉めたドアが自動でロックされた。

「ニジ・マチ三等警部、承知しました。それで」

 歩調を緩めず、マチは声を無意識に低めて言う。

「今回は最低でもどれくらいですか?」

(二ヶ月だ)

「二ヶ月……。了解しました。捜査を始めます」

 こうしてマチの企業警察の警官としての仕事がまた始まった。


 松代シティは、中心部は高層ビル群で、外周に近づくほど、昔ながらの建物が増える。

 盆地に形成された都市で、時間の流れとともに拡大し、今は山手にも住宅が建った。一戸建てを買える人間は裕福で、また、個人所有の車両で通勤や移動ができる人間も、また裕福な層と言える。

 そんな松代シティの中心部にほど近い位置にある、商店街の中の、路地の奥の路地の奥、そこが現場だった。人払はするまでもない気もするが、念のためか、そこを封鎖する黄色いテープを企業警察の警官が見張っていた。

 マチはトヨサキ精機の企業警察に所属している。

 企業警察、というのは民間の警察組織で、これは法改正の末、様々な拘束はあるものの、本来の警察と大差ない権限が与えられている。

 ことに松代シティにおいては、本来の治安維持を務める首都警察が、汚職にまみれている、という現実がある。そうなってしまえば、民間の警察組織、という立場でも、住民の信頼度は高い。企業警察は清廉とさえ言われるのである。

 路地裏で、マチは現場をじっと観察している。

 地面に男が一人倒れているが、それは立体映像。実際の死体はトヨサキの私設病院に搬送され、解剖されている。

 男はトヨサキ精機の企業警察の一員だった。しかしマチには面識はない。

 ゆっくりと立ち位置を変えながら、マチはその場を念入りに確認する。気になる点があった。

(ギブスン)

 思考通信で相棒に呼びかけると、視界の隅に窓が開き、そこにだいぶ太った男の顔が表示される。トヨサキの企業警察の一員で、マチと組んで事件に当たることが多い。情報担当である。

(自殺じゃないのかね)

 頭の中の声に、マチは少し顔をしかめる。思考で返事をする。

(もちろん、そういう目もある。不自然すぎるが、そういう偶然もあるかもしれない)

(詳細に教えてくれよ)

(衝撃銃で死んだにしては、死体の姿勢が不自然に感じる。衝撃銃が落ちている位置もおかしい気がするね。もちろん、そういう印象、という程度だけど。誰かが死体に触ったのかも知れない。物盗りかもしれないな。でもそれは所持品をチェックすればわかる)

(財布は無事だ。硬貨も紙幣もカードも、他の端末も、全部ある。何も不自然はないようだな)

 頷いたマチの視線の先、やはりこれも立体映像で、板のようなものが地面に映し出されている。それが企業警察の警官の身分証であり、装備の一つの、衝撃銃である。

(詳細な死因はわかったか?)

(もちろん。心臓麻痺で間違いない)

(つまり衝撃銃で撃たれた、か。現場で回収した銃の分析も終わってるか?)

(記録では発砲は一回だ。バッテリーの残量でもそれは裏が取れている。指紋は哀れな被害者のもののみ。何も変なところはない)

 黙り込んだマチを視界の隅の窓から、ギブスンが不思議そうに見つめる。

(何がそんなに気になる?)

(……検死報告書をこっちに回せるか?)

 ギブスンが顔を不愉快さを表情に浮かべたが、

(まだ正式な報告書はないぞ。仮のものを送る)

 愚痴をこぼしつつ、ちゃんと仮の報告書のデータはマチまで転送されてきた。

 ざっと目を通し、要点を確認する。

(何を見ている?)

 胡乱げなギブスンに、マチは素直に返事をした。

(衝撃銃は首都警察、企業警察が導入しているが、その痕跡には個性があるんだ)

(それは知っている。そして俺もその点を確認したさ)

(痕跡は、トヨサキの企業警察の所有する衝撃銃による痕跡と、酷似している、か)

 疑問は消えたかい? という表情のギブスンを視界の隅に置いたまま、マチは黙っている。

(何か言ってくれよ、マチ。お前の考えは?)

(自殺じゃない、と思っているのさ)

(おいおい、それはちょっと飛躍しすぎじゃないか? 現に衝撃銃が現場にあり、実際に使用された痕跡がある。死体もそれを証明している。それなのに、誰かに殺されたっていうのか?)

(そう、衝撃銃が現場にあり、撃った痕跡も残っている。だけどそれは、現場に他に誰もいなかったことを明かし立てる要素ではない)

(もう一人いたのか? まさか、としか言えないな)

 マチは映像投射装置のスイッチを切り、目の前の映像が消える。路地は元の、何もない、真っ暗な路地に戻った。機械を折りたたんで、ポケットに入れたマチは現場から引き上げつつ、ギブスンとは議論を続ける。

(一人か二人かは、知らないがね。いたことは間違いないというのが俺の勘)

(お前の勘をバカにできないのが経験的に分かってると、なおさら不安になるよ。それでマチはこれからどうする?)

(とりあえず、誰かがいた、と想定し、その誰かが衝撃銃を持っている、というのが妥当だ。その密造銃をわざわざ現場に捨てる理由はない。なら、まずは密造銃を探る)

 そこまで言って、マチは眉をハの字にする。

(しかしなぁ、衝撃銃は扱いが厳格に管理されるから、当たりを引くとは思えない。ギブスンは、現場への人の出入りと、トヨサキの衝撃銃について確認してくれ。所持と返還の記録、位置の追跡記録、使用履歴、ありとあらゆる記録を)

 ウインドウの中で唇を歪めるギブスン。

(それは、自然と行われるんじゃないか? 俺たちがやる仕事とは思えないが?)

(徹底的に裏を取ってほしいだ。どこかに穴があるかもしれない。ギブスンにはそういう迂闊さや間の抜けた行為がない、という信頼さ)

(わかったよ。やれやれ。できるだけやっておくさ。そっちも気をつけな。今からその探りとやらに行くのか?)

(いや、帰って寝る)

(おいおい、俺が夕方、帰る間もなくこの件に引っ張り出されているの、知っているか?)

(今度、何か差し入れるよ。給料が出るんだ、仕事も悪くないさ。じゃあな)

 通信を切って、ウインドウが閉じる。

 路地を出ると、光が押し寄せてくる。

 ビルの上、高い位置に巨大な男の顔の三次元映像が、はっきりと投射されている。ぐるぐると回転するその頭部の下に、輪になって文章が流れていく。

 来月に予定されている国会議員選挙の広報だった。マチの視線を受け、即座にチャンネリングされ、男がマチを見て力強く頷く。

 マチはすぐに視線をそらし、自分の部屋に戻ることにした。

 議員と呼ばれる存在は彼の中では、非常にはっきりしている。

 権力と金は持っている。良い服を着て、良い場所に住み、良いものを食べる。長い足と、長い手も持っている。

 だが、どうやら目は節穴だ、ということだ。


 翌日の昼過ぎ、マチが現れたところは、なんの変哲も無い雑貨屋だった。

 松代シティの中でも、中程度の収入の世帯が入居するような、そんな集合住宅が密集した地帯にある店だ。

 小さな店で、マンションの一階に店舗を設けている。外に日傘とテーブル、椅子がこぢんまりとしたスペースに並ぶ。飲食ができるそこに、今は人の姿はない。

 店に入ると、ドアについているベルが鳴った。電子音ではない、本物だ。

 今時珍しい人工的な灯りの店内で、レジにいた中年女性が新聞に向けていた目をちらっとマチに向けるが、すぐに新聞に戻す。いらっしゃいませとも何も言わない。接客用のアンドロイドがいないどころか、人工知能による接客音声も流れなかった。

 マチは店内を歩き回り、プロテインの小さな袋を手に取ると、レジへ向かった。

 ちらっと商品を見た女性が、

「三十アース」

 と、ぶっきらぼうな口調。商品の値段を覚えているのか、それとも視覚と決済システムを同期させて値段を確認したか、微妙な時間の目線だった。

 だが、マチはまんざらでもないようだ。むしろ嬉しそうである。

 不愉快そうに女性が顔をしかめる。

「三十アース」顎をしゃくって、電子マネーの決済機を示す。「そこだよ」

「おいおい、メアリー、そっけないな」

 穏やかに、マチが突然に女性に親しげな声をかけ、十アース硬貨を三枚、テーブルに置く。

「前にタバコを値切ったこと、根に持っているのか?」

 メアリーと呼ばれた店員が新聞を下ろし、マチをまじまじと見た。その目にあった疑いの色が、驚きの色に変わるのには、時間を必要としなかった。

「おや、まぁ、マチ? マチかい?」

「正解。二年ぶりだな。俺、そんなに変わったか?」

「いやいや、まさかね」メアリーがしみじみといった様子でマチを眺める。「その服装さ。背広とは、ねぇ。あのガキがそんな一丁前の格好をするとは思わなかったのさ。あーあ、驚いた」

 新聞を畳みつつ、メアリーが立ち上がる。

「話は奥で聞くよ、どうせここで話せないことだろう?」

「鋭いね」

 肩をすくめた彼女がドアに向かい、「本日休業」の札を出した。


 雑貨屋の奥の物置に椅子が二脚、用意された。片方にメアリーが座り、片方にマチが座る。そうすると様々な商品の在庫が迫ってくるようで、息苦しさを感じる。

「それで、マチ、今は何をしているんだい? フリーかい?」

「今はトヨサキに属しているよ。トヨサキ精機の企業警察」

 メアリーが身を乗り出す。

「トヨサキだって? へぇ。それはそれは、想像できないな。またどうして、会社勤めを?」

「色々あってね。保身もある」

「あのニジ・マチが保身とは、泣かせるね」

 大げさに嘆いてみせるメアリーに、思わず苦笑いを返すマチ。

「その企業警察様が、まさか、タバコを買いに来たわけでもあるまいね」

「その通りだ。タバコはもうやめた。あれは、かなりの金食い虫だよ。密造でもね」

 呆れを表情だけで見せてから、メアリーが少し身を乗り出す。

「本題を言いなよ、マチ。何の用だい?」

「今でも銃を商っているか? 銃器の密輸は続けてる?」

「それは企業警察の警官としての質問?」

「いや、友人としての会話」

 嫌悪感を含んだ顔のメアリーをじっとマチが見つめる。彼女も粘ったが、最後には観念したように、

「答えは、イエス」

 と、応じた。気安い感じでマチは質問を続ける。

「衝撃銃も出てくるか?」

「衝撃銃? 衝撃銃だって?」

 目を丸くしたメアリーのその表情で答えははっきりしている。それでもマチは先を促すために頷いてみせた。少しの情報、本命からかけ離れた情報でも欲しい。

「衝撃銃だ。新しい奴、そうでなければ古い奴でも」

「衝撃銃なんて、とてもとても、流れてこないさ。あれは管理が厳しすぎる。製品の全てに個人認証装置と、位置情報発信装置が組み込まれていて、全く自由に使えないからね」

 自由に使えない、というのは、もちろん、非合法に使うのに向かない、という意味である。

「そうか。それをごまかす方法もセットで、売られたりしないかな」

「ない、ない。ありえないさね」

 しばらくマチは思案していたが、頷いて、

「邪魔したね。感謝するよ」

 と、席を立とうとする。それをメアリーが呼び止めた。

「マチ、本当に、あんた、どうして企業警察に?」

 椅子から立ち上がったマチは肩をすくめる。

「諦められないことも、ある、からな」

「女かい?」

「そんな人間に見えるか?」

 鼻から息を吐いたメアリーが、頷く。

「女がいない男はいない。特にあんたみたいないい男にはね」

 苦笑いして、マチは手を振って裏口から外へ出て行った。

 メアリーは彼が出て行ったドアをしばらく眺めていた。そしてずっと握っていた、マチが支払いで使ったアース硬貨を眺める。

 三枚のうちの一枚は、収集家ならすぐ気付く、非常に希少な発行年のものだ。

 メアリーはマチが意図的にそれを渡したと考えたし、それは正解だった、と彼女は理解した。

 もう一度、彼女はドアを眺めた。


 次にマチが現れたのは、松代シティの外周にあるハンバーガーショップだった。チェーン店ではなく個人経営だが、明らかに繁盛していない。古びたドアを激しく軋ませて中に入ると、接客用の人工知能の声がスピーカーから流れるが、それさえもどこか錆びついて聞こえる。

 数人の客が異様な匂いの密造タバコを燻らせながら、酒のグラスを手に天井からぶら下がった旧式のモニターで、どこかの国のサッカー中継を見ている光景は、澱んでいると表現できる。

 時刻は夕方、もう少し賑わっていないと商売にならないように見えるが、今の客層を見る限り、普通の客は来そうにないのは明らかだ。

 マチは少しも臆さず、カウンターに一直線に向かい、仕事を放棄して、やはりサッカー中継を見ている店員に、

「店長はいるかな」

 と、素早く言いつつ、背広の内側からカードを少しだけ引き抜き、ちらりと見せる。衝撃銃を覗かせるのは、警官だと示すことと同義である。これが大昔の警察手帳の代わりである。

 衝撃銃を見ただけで店員は顔を青ざめさせると、カウンターの奥へ慌てて引っ込もうとする。

「あぁ、待てよ」マチが呼び止め、有無を言わさぬ口調で「どっちのチームに賭けている?」

 店員がギクシャクと動きを止める。蛇に睨まれたカエルそのものだ。

「賭けている……?」

「なんだ、賭けてないのか。てっきり、胴元の仕事をしていると思った」

 そう言いつつ、マチは動き出している。

「礼儀として、俺が奥へ行くよ。案内してくれ」

 勝手にカウンターに手をついてひらりと飛び越えると、マチは震えさえしている店員に導かれて、というよりは、導くように手振りで示しつつ、店の奥、事務室のようなところへ踏み込んだ。

 大柄な男がデスクに向かってぼんやりしていた。おそらく視界に何かを映していて、それに没頭していたのだ。

 没頭していたが、部屋に人が入ってきたことには気付いた。首をひねってマチを見ると、慌てて、腰に手を移動させる。店員は即座に逃げている。

 男の手が腰に触れるより先にマチが懐から先ほどのカードを取り出し、するとカードは刹那で変形して、銃のようなものに変化した。

 これが企業警察が所持する衝撃銃の仕様である。

「腰から手を離しな、ミック。いきなりズドンであの世に行きたいなら、続けてくれ」

 衝撃銃を構えたマチの言葉に、しぶしぶと腰の端末に届かなかった手を、ミックと呼ばれた大柄な男が移動させ、バンザイする。

 そうなってマチも衝撃銃をカードに戻した。

「別に取り調べでも検挙でもない、楽にしてくれ。聞きたいことがあって、来たんだ」

「頼むぜ、旦那。大人をからかうもんじゃない。企業警察の突撃訪問なんて、背筋が凍る。そういうのはバラエティのリポーターが、ネタを仕込んである家庭の夕飯時にやるもんだ」

 ミックが額を手の甲で拭い、椅子に身を預ける。深く深呼吸する彼を前に、マチは壁際に移動して寄りかかる。だが、いつでも動けるように準備はしていた。

「知りたいことは簡単だよ。最近、どこかに衝撃銃を売ったか?」

「なんだって?」目を瞬くミック。「うちは銃器を売るが、衝撃銃は扱ったことがない。あれは仕入れようにも仕入れられないし、売ろうにも売れないぜ。企業警察なら、知っているだろ?」

「作る方はどうだ? そのものもだが、部品だけでもいい。知らないか?」

 即座にミックは首を振った。

「密造は、まぁ、できないことはないが、正規品と完全に同じものは作れないだろう。衝撃銃は国の検査を通ったものしか登録されない、つまり世に出ない。そんな銃を偽造して、使ったり売ったりすれば、早晩、お縄になるだろうね」

 マチは瞼を閉じ、静かに考えを巡らせた。黙っているマチに肝を冷やしたミックが、言葉を続ける。

「衝撃銃は企業警察の方が詳細に把握しているはずだ。俺たちのような、裏の銃器屋よりも」

 何かに納得したのか、マチは背中を壁から離すと、

「ハンバーガーをもらって帰るよ」

「それは」ミックは椅子の上で脱力する。「毎度あり。オススメはミートボムバーガーだ」

「今時、自爆テロも流行らないのに、肉爆弾とは懐古的な名前だな」

 ミックが嫌そうな顔をしてマチを見た。

「で、賭けはやってる? やってない? あのカウンターの青二才はしてないようだが」

「あの青二才は今日限りでクビだが、口は堅いのさ」

 肩をすくめるマチを見て、ミックは顔をしかめる。そのミックに、

「穏便に失業者にしてやれよ。あの青二才を人間爆弾にするのは、オススメしない」

「豚の餌にさせたいよ。できることなら、あんたに食わせたいがね、マチ」

「俺が豚の餌を食わない方に、十アース」

 ミックが吐き捨てるように言った。

「俺だって、あんたが食わない方に賭ける。あんたが豚の餌を食うことになると、俺も困る」

「それもそうだな。食事には気をつけることにするよ。とりあえずは、おたくのハンバーガーを食べることにしよう」

「さっさと表へ行ってくれ。せっかくのハンバーガーが冷めちまうぜ」

「冷めたら豚の餌かい?」

 いよいよ呆れたミックが、無言で首を振った。





(続く)

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