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藤宮くん視点。



 最近はお手軽なリラクゼーションとして風呂の種類や設備が整っているスーパー銭湯が増えているが、戦前から続く創業100年越えの銭湯が歓楽街の奥にひっそりと暖簾を構えている。



 風呂無しの物件が減りつつある今、女性客が寄り付くこともなく十年以上前に男湯のみとなったのだが、意図したわけではないもののそれが功を奏し、夕方からの2時間、終電前の1時間は満員電車か!というレベルで繁盛してるらしい。



 まぁ、立地が立地だから便利なんだろう。

 男としてマナーのために清めておくのも、家に余計な匂いを持ち帰らないためにも。



 そんな風に繁盛しているのを、この界隈で知らない人間はいない。


 

 かく言う僕らも寝袋で意識を失うように睡眠を貪れば、まず目覚めて思うのが腹が減った事と、全身ベタつく肌や1晩過ぎて不快になったヘアスプレーを洗い流したいということだった。


 そこで誰が言い出したかわからないが駅近くの牛丼を流し込んだ後、店からもそう遠くはない徒歩10分圏内の銭湯へとやってきた。

 普段は混まないであろう時間帯は、湯船にも洗い場にも見知った顔ばかりで溢れている。



 「あー…やぁっと人間に戻れた気がするぅ~」


 誰に話しかけたというわけではない独り言に、誰もが頷いている。

 


 「いやー、俺らはまだマシですって!しかも八木さんはロープレちょっと参加しただけじゃないすか!」


 浅めのぬるい湯船に浸かって縁に頭を乗せつつも喋る元気があるのはミモザ組か。

 なんだかんだで余力があるのはあの店の人間だ。



 通常営業で数字を落とすことなく、他の店舗を心配する余裕がある。

 疲れたと言いつつ、学生バイトは講義サボってでも普段と一味違うこの数日を楽しんでいるのが窺える。



 因みに僕らの雪柳はギリギリだ。

 ギリギリアウトの方のギリギリだ。


 若干数字が落ちてこの2日は目標金額に届いていない。

 週末どうにか盛り返せるであろうマイナスなので、うちの店のスタッフも何も言わずうららに送り出してくれている。

 

 ついでに昨日は営業終わりに3階のロープレ地獄へと降りてきて今も洗い場で無言シャンプーをしている。

 …15分くらい洗い続けているが、そんなに辛かったんだろうか。いや辛いか。

 綺麗な王子顔の女性から、人間辞めたくなるくらいの罵詈雑言を受け止められるようなハートの強いスタッフはそう居ない。


 うちのキャストもそうとう無茶苦茶な人格破綻者が多いけれど、それは慕ってくれている、好意があるのが前提だ。

 普段は幼稚園の先生みたいなことをしているのに扉を開けたらそこは陸自のレンジャー養成訓練場でしたという、川端康成やJKローリングの作品も霞むような展開を無理矢理無料体験。

 

 給料なんて出ていないし、そんな金銭的な愚痴を言えば確実に授業料を毟り取られるが。


 

 「藤宮くん、お疲れ様。昨日は行けなくてごめんね」


 「真木は別に悪くないだろう」



 そもそも雪柳だってスタッフの人数が足りてるというわけでもない。

 気楽に始められるバイトなだけに、気楽に辞めていく人間も多い。

 

 誰にでも出来ると言えば確かに誰にでも出来るが、安心して店を、キッチンを任せられるのは真木だけだ。

 うちの店の営業終了後にわざわざうららの在庫も確認しに来て発注と片付けを済ませた真木は、普段入ることのないフロアのロープレ研修をガッツリ受けていた。



 岬さんも真木はキッチンメインだと知っているからか、フロアスタッフよりも手加減はしている。

 ただ、真木のほうが怯えながらもメモを片手に岬さんの近くをうろうろしていた。

 

 今までの真木なら考えられないような積極性。

 いや、もともと真面目で言われたこと以上に丁寧な仕事っぷりだったけれど、本やスマホで調べれば割と解決してしまうので、怖いと思っている相手にああも質問をぶつけていく姿は新鮮だった。


 多分今後もフロアに出る機会はまず無いとは思うが、「普段使わない筋肉を使った」と満足げに笑う姿を見ると置いていかれたようで、少し寂しい。



 ある程度、高水準で器用に仕事できる人間だと成長幅は狭く、得られる喜びは少ない。

 努力していないとは言わないが、不器用な人間が人並み以上に努力して人並みになり、さらに努力して上を目指せば、感動も喜びも得るものは多く、さらに実力は高水準ではなく最高水準となっていく。



 真木は確実にステップアップした。



 「ちょっとのぼせてきたかも~~。こっちのお風呂熱くない?」


 このマイペースさに救われもするし嫉妬もする。



 「じゃ、とっとと上がって戻るぞ。――綾瀬さんも授業終わった頃だろうし」



 綾瀬さんという名前に反応して火照った顔がさらに赤味を増す。

 

 真木に対し後輩扱いというか弟扱いというか…動物扱いか?と思うような感じで接してくる綾瀬さん。

 女性としてというより初めて裏表なく好意を示す人間と対峙して、未知との遭遇に思考が纏まらないんだろう。


 さらにこれから記号として知っている女性じゃなく、僕らとは違う、守るべき柔らかい別の生き物だと気付いたらどうなるんだろうな。


 

 愛だの恋だのプレイの一環みたいな現場がバイト先なのに、本気で堕ちていくところを見てしまうかもしれない。


 それとも…こっちが真木よりも早く、焦がれ堕ちていくのが先か。



 「…今夜のキッチンは任せた」


 「!!まっ任された!!!!」



 ただ、今夜は余計な事は考えず同じゴールへと突き進むだけだ。



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