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ご機嫌な稲葉くんに通学中も私からフレッシュな気持ちを吸い取られつつ、どうにか安息の地、聖なる学校へと辿り着けばまた昼に校長室へと呼び出しをくらった。
この学校は何があっても「教職=聖職者」だと盲目的に信じさせてはくれないらしい。
子どもから夢や希望を奪い取ることしかしないのに私立だから授業料もガッツリ奪っていく。
「どういうことですか、綾瀬さん」
「どうとは?」
「約束が違うじゃないですか…!」
何も約束した覚えはないんだけれど…。
どう考えても店のスタッフ扱いされているのでとりあえずお客様扱いになる。
「はぁ、何かこちらに不手際がありましたでしょうか?」
ここ学校なはずなんだけど、何故こんなとこでクレーム処理。
「昨日は私たち2人とも…3階にお邪魔させていただいたんですよ…!なのに…!!」
「あ、ご来店ありがとうございました」
clubうららと店名を出さないだけ、まだ理性や常識は死んでないらしい。
「何故…!昨日は通常通りの衣装だったんですか…!いやいつもと変わらず美しい佐保さんでしたが…!」
「…校長!校長はまだいいじゃないですか!!ニナもいつも通りでちょっと残念っていうかくっそエロい格好を期待していただけに俺のおあずけ感もさることながら…指名できないってどーゆうことだ綾瀬!!!」
「そりゃヘルプで行ってるだけなんでヨソ者は基本指名なしですよ」
と、言う建前ではあるがキャストがOKなら場内指名はアリである。むしろNOと言うキャストの方が少数派だけれど、そんな店のルールをお客様には教えられない。
「校長はほら、佐保さんがどうしても校長の席に行きたいっておねだりしたからじゃないですかね?」
「えっ」
顔を赤らめた嬉しそうなおっさんの出来上がりである。
攻略がチョロ過ぎる、これがうちの学校の代表、校長です。
ああ絶望に駆られて死にたい。
「校長ォ!騙されてはいけません!!!今夜!!今夜のこと聞くんでしょうがぁ!!!」
涙と鼻水を垂らしながら声を荒げ校長の頭を叩くバイオレンス男、これが担任です。
神様、コレ土に埋めて地球へと還しても問題ないんじゃないでしょうか。
はっと我に返った校長がこちらへ質問を投げかけてくる。
「イベントは3日間となっていましたが、店のホームページを見ても、…佐保さんにメールしても、明日3階はいつも通り定休日というのはどういう事ですか…!?」
「ああ、お気づきの通りシークレットイベントです。あ、多分2人とも入れないですよ」
「何故だ綾瀬ぇえ!!!」
…心の底から面倒くさいな…。
こういう客は佐保さんもニナさんも切ってもいいと思うんだけどなぁ。残す意味がわかんないな。
「全員同伴限定だからですよ。ミモザのキャストはもう全員同伴相手決まってますし、そうなると3階メインのキャストを口説かないと入れないんですけど…お2人とも昨日うららのキャストを1人でも口説いて連絡先交換してます?」
「「…ッ!!!!」」
そう、今夜は同伴限定。
どうしても参加したければキャストを口説かなければならない。
いつもならキャストがお客様に通っていただくために手練手管で口説き落とすのだろうけれど、2日間頑張ってくれたご褒美があってもいいと思う。
派手さで圧倒した初日、キャストとスタッフの成長で居心地の良さが増した2日目。
呼び戻された常連客の期待に、努力したキャストやスタッフに、応えてあげたい3日目がやってくる。
ボトルの切れ目が縁の切れ目と、きっぱり切れたお客様も多々いるだろう。
それに気づいていようが気づいていまいがキャストもスタッフもここから立ち上がらなければならない。
「別にどの店舗にも指名嬢作れって言ってるわけじゃあないですよ?」
「…じゃあ何だって言うんだ…!!」
店には店の色がそれぞれあって、それを楽しむために店に踏み入るんじゃなければ、無作法というか品がないように思う。
まぁどう過ごそうがお客様の自由ではあるけれど、品性のない人間に惹かれる女性がいるだろうか。
「呼んでもいない客が、土足厳禁の茶室にやって来たけれど、笑顔で対応する。黒髪の着物美少女がお茶を点てもてなしているのに、その客は靴も脱がず列席している金髪美女の体つきや外見しか見ていない。…それって黒髪美少女も金髪美女もどう思うと思います?」
はぁ。何故こんな権威ある校長室で教職者を諭さねばならないんだ。
酒の飲み方が下手な男は絶対モテない。
あの仕事をしていて一番よくわかったことだ。
逆を言えば上手に立ち居振る舞える男が甘い思いを享受することが多くなるのは当たり前だと思う。
『私!最終日同伴取れたから!――見てなさいよ!?』
尻の青い、子ども染みた宣戦布告をしてきたおサルさんは顔がとっても赤かった。
彼女はレイラさんと言うらしい。
名前負けしてないかな?なんか花子とかまる子とかもっと似合う名前がある気がする。
『すっぴんのほうが可愛いからって化粧せずに店に出ないよう見てますね』
『アンタ可愛くないわね!!!』
『えっ心外な。可愛い以外言われたことないですよ?』
まかないを振る舞いながらキーキーと絡まれたけれど、きっとレイラさんを捕まえた同伴者は切れ者だ。
向上心の芽生えた素直な彼女を上手に転がして、いい女へと仕立て上げていくんだろう。
そう、この2日間はお客様にとっても、チャンスだった。
他所の店舗から来た接客レベルの高いキャストとの違いを見せ付けられ、心が弱ったところをつけ込めた。
手間も時間も金銭も、普通に通うよりは最小限でキャストと絆が出来る。
今夜うららのキャストで同伴出勤してくるお客様の質は、高い。
そんなお客様の期待に必ず応えるための3日目だ。
「まぁ、先生たちは佐保さんやニナさんからもう少しお勉強させてもらうのがいいと思います」
正直、こいつらは他所のおうちに連れて行けるレベルではない。
ぎゃーぎゃー騒いだりおしっこ漏らしながら走りそうな子どもだ。
「仮にも先生っていう職で生きているなら、あの2人の恥になるようなバカな生徒でいないでくださいね?」
そう言って校長室を出ればもうチャイムが鳴る5分前。
ああ、貴重な昼休みがバカな大人のせいで潰れた。
私の中から溢れるフレッシュ感がゼロになった気がする。
あんなにすっきりした朝だったのに。
もう気分的にはサボりたいんだけど、サボったことないんだよねぇ。
あ、そういえばイベント初日はサボったっけ。
でもああいうのじゃなくてほんと何もしないでぼーっとしたいんだよなぁ。
まぁ性格的に出来ないんだけど。
仕方ないから教室に戻って、何事もなかったかのように授業に出た。
全然話せなかったみなみちゃんがブーブー言ってたから明日以降はたっぷり構わなきゃね。
腐った教職者の後で、みなみちゃんの女の子らしさに癒された。
あー可愛いは正義ってほんとそれ正解。




